朝の光は眩しくて:13

「ソーラ! 落ち着きなさい! 冷静になるのよ!」



 ティスアは迫真に焦った様子でソーラの肩を掴んで諭す。ティスアとしては、ソーラが深くなっていく毒と目の前のモンスターに錯乱してしまったのかと思ったようで、錯乱したソーラをどうにかしなければ、といった気持ちで制止したのだろう。

 しかし、ソーラは当然錯乱したわけではない。ソーラは透き通ったままの瞳で、ティスアの手を握ってティスアの言葉を否定する。



「大丈夫、私は冷静だよ。……多分、このままだと誰かが毒で死んじゃう。被害が出る前に、ここで倒したいの」

「出来ることを言いなさい! 私達じゃ避けるだけで手一杯よ! 大砲も爆弾も効かないのよ!?」



 ソーラとティスアが言い合っている間にも、ゲオルクたちが牽制しながらムベンベの足止めをしている。しかし毒の霧が濃くなるにつれ、徐々に彼らの動きも鈍くなりつつあるのは見て分かるほどだった。確実にタイムリミットが迫っていることに、諭す側のはずのティスアもソーラ以上に焦っている。



「でも今の状態だと難しいの。霧が立ち込めてると、光が散乱しちゃうから、威力が減衰されて倒しきれないかも。下手に傷つけるだけだと体内の毒が撒き散らされて毒が悪化する可能性がある。一撃で倒さないといけない……!」

「待って! ソーラ、待って……! あなた、自分が何を言ってるかわかって言ってる……!?」



 まるで、状況が整っていれば倒せる、といった様子で話すソーラに、ティスアは今までに感じたことのない違和感を感じてなおさら焦りを煽られる。錯乱した末の戯言にしか聞こえないのに、本人はいたって冷静に、正気でそれを語るのでティスアの方こそ錯乱しかけている。



「霧ね。霧を止めればいけるのね?」



 返事しあぐねているティスア。そんな中、ソーラの言葉に冷静に返事をしたのはヘートヴィッヒであった。



「はい……! 一時的でいいんです。霧の吹き出しを止めてくれれば、霧も薄くなります。霧が薄くなって、至近距離から『光』を放てば、倒せます……!」

「なら乗ったわ、それ」



 ヘートヴィッヒは軽いノリで、しかし真摯的な態度で作戦に便乗した。ティスアはヘートヴィッヒも錯乱したのか、とでも言いたげであったが、ヘートヴィッヒこそこの状況下で一番冷静であったかもしれない。第三班の面子がほぼ全員、目の前の脅威に動揺し、ただ攻撃を避けるだけで手一杯だったのが、ヘートヴィッヒだけはシビアに生き残る方法を模索し、思考を続けていた。



「私は詐欺師。人の嘘には敏感なの。この子は嘘を言ってないわ。それに、霧を止める方法を模索するのは生き残ることにも直結する。とても合理的だとは思わない?」

「それは……確か、に。常識的じゃないけど」



 ヘートヴィッヒの諭しに、ティスアはやっと頭が正常に回り始めた様子だった。そして三人のやり取りを聞いてさらなる提案をしたのはゲオルクである。



「霧は奴の口から吹き出し続けている。奴の喉にさっきの爆弾をぶち当ててやれば一時しのぎになるんじゃないか?」

「現実的じゃないわ! 超至近距離で爆発させて身じろぐ様子もなかったのよ!」

「外からじゃない。中に入れてやるんだ」



 ゲオルクの奇想天外な発想に、ティスアははっとした顔をする。回避行動を続けているドロシーの槍を見たティスアと、その意図を理解したゲオルク。それに至るまでのルートをはじき出せたようだ。



「私は光を集めるのに時間がかかります。霧を薄くして、用意する時間さえもらえれば! お願い、ティスアちゃん!」



 今のソーラの必死な姿を見て、ティスアはソーラへのイメージが変わっていった。『黄金竜』に居た時のソーラは、どこか弱々しい様子で、役に立てるか否かを気にしていたばかりだったと記憶していた。しかし今のソーラは、目の前の未曾有の脅威に対して、どこの誰よりも強かに立ち向かおうとする意志力の強さを滲ませている。

 ソーラのまっすぐな目に説得されたティスアは、半ばヤケクソ気味に行動を開始する。



「常識的じゃない相手には、非常識で立ち向かうしかないってことね……! ドロシー班長!」



 ドロシーが返事をする前に、ティスアはドロシーの投擲用の槍を手に取り、その場でテキパキと手早く作業をする。一分もしない内に、投擲用の槍はきつくにテーピングされていた。即席で、槍にティスアの爆弾を取り付けた形で改造したのだ。



「何を考えている! 説明をできるか!」

「雑に無茶振りするわよ! 今この槍に私の爆弾をくっつけたから! これをアイツが口を開けたタイミングでアイツの口の中に直接投げ込んでほしいの!」



 ドロシーもその説明を聞き、ティスアが今何をどうしようとしているのかを察した。しかし、槍の形状がいびつなものとなった上に致命的なデッドウェイトをくっつけた槍をコントロールして投げろ、と注文されたのだから。ティスアが無茶振りと形容するのも頷ける。

 無論ティスアもかなり無茶を要求していると理解した上でそれを言った。それを理解した上で、ドロシーは迷わず頷いた。



投槍ジャベリンの腕は『華槍隊』の中で私がトップだ。私ができなければ、つまりは全員が出来ないということになる。――そう侮られる結果は避けなければなるまいな」



 無茶な要求こそ応えるしかあるまい。ドロシーの負けずぐらいに火がついたのか、不敵な笑みでそのオーダーを受け入れた。

 しかし問題点もある。ムベンベが口を開けるタイミングは放水時だけ。放水攻撃をまともに受けるかもしれないリスクを考慮しながら真正面から投げ入れなければならない。しかしそれに関してもティスアには一案を考えていた。



「タイミングは私がなんとか作るから! ソーラに頼まれたんだもの!」



 ティスアの発案を聞き、ドロシーはつい「無茶をしてくれる」と言うが、それぐらいしか良いアイディアもないというのも事実ではあったようだ。タイミングを確認しあうと、ティスアは早速とばかりに飛行魔術を使って飛び立っていった。


 魔術学院の優等生であったティスアも飛行魔術の使い手である。ミウほどの超高等技術を持たないが、それはあくまでミウと比べてのことで、視界の悪い中を飛行するぐらいであれば問題はない。

 ティスアはムベンベの頭の少し下辺りから爆弾を投擲し爆発させる。変わらずムベンベにダメージは与えられていないが、飛行したティスアにムベンベの視線が釘付けになる。惹きつける目的は達せられた。

 ムベンベが放水したタイミングは、ミウが飛行した時だった。ティスアは「飛行する物体に反応して遠距離攻撃をするのでは」と推測しこのような行動に出たが、その予想はあたっていたようだ。


 ムベンベの口が大きく開かれ、空中のティスアに照準が固定される。それを確認したティスアは、放水される直前のタイミングで、地上で待機していたドロシーを魔術念動によって空中に飛ばした。

 魔術念動で空中に放り出されたドロシーを、ティスアのきめ細かな魔術念動のコントロールによって、投擲姿勢のまま空中に固定。ドロシーもそれに応えて、即席の爆装槍を正確に、確かにムベンベの口の中に投げ入れることに成功した。



「面食らうといいわ!」



 ドロシーを空中でキャッチしたティスアが投げやりにそう挑発しながら指パッチン。それをトリガーに魔術念動で起爆装置をオンにした。

 そしてムベンベの口の中で爆弾が爆ぜる――ことはなかった。面食らったのはティスアの方だった。



「まさか起爆装置が壊れた!? 常識的に考えられない! やっぱり即席で改造なんてするもんじゃなかったわ!」

「どうする! 二の槍か!」

「爆弾のストックがあれば、の話だったんだけどね……!」



 先ほどの牽制で使った爆弾。そして槍に使った爆弾。それらを最後にティスアの爆弾のストックもついに品切れとなってしまったのだ。

 作戦は失敗か。口の中に異物を入れても吐き出そうとすらしないムベンベが立ちはだかる。しかしムベンベは、空中のティスアたちから急に視線を逸らした。他に興味が移ったようだ。

 厳密には興味ではない。ムベンベはより一層強い敵意を示し、「それ」に視線を移した。自分に迫る危険を察知したように。視線の先には、その場でじっとしながら何かをしているソーラの方へと。



「まずい! 何かしでかす気なのを察知したのか!」

「ソーラ!! 逃げ――」



 ティスアは空から叫ぼうとした。しかしそれは轟音によって遮られた。ムベンベが突如、ゆったりとした動きから変化した。全長10メートル近いその巨体が、なんと地面を蹴り上げ、跳躍したのだ。

 跳躍し、地面を蹴り上げただけで地面が揺れ、轟音が鳴り響いた。そしてその巨体の前足は、異様に正確に、ソーラの頭上から落とされようとした。ムベンベは、危険を察知し、ソーラを押しつぶそうとした。その巨体から想像できない機敏で高速の動きに反応するまでには時間が遅かった。

 地面を揺らして豪快に着地したムベンベ。空中から見たティスアの視点からは、ソーラが一瞬で、無情にもその足に潰されたように見えた。



「ま、間に合わな……」



 ティスアの顔から血の気が引いていく。ムベンベの足元の、想像もしたくない光景を想像し、一瞬だけ飛行制御が崩れかける。

 しかし、ドロシーは、その足元がかすかに浮いていることを気がついた。



「いやまだだ! なんて無茶を……!」



 しかし、ドロシーは別の心配で只事ならぬ様子を醸し出していた。

 ムベンベの前足は地面に着かず、ソーラが押し潰される直前のところで、ミウがたったひとり、その細い腕でムベンベの足を押しとどめていたのである。

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