朝の光は眩しくて:12

「ミウ君! モケーレムベンベとはなんだ! 解説は可能か!」



 湖面から徐々にその巨体を顕にするモンスター。ミウが名前らしきものを呼んだことでドロシーは緊急的な説明を要求する。



「三十年前の記録に残っていた超大型モンスターです。推定全長10メートル程度。首長竜種だけど、周辺に強力な毒を撒き散らして、その毒を持って小国を滅ぼしたとさえ言われています。討伐記録はなし」

「三十年前の生き残りか!?」



 ミウから発せられた衝撃的な情報にドロシーは激しく動揺するが、それに呆気をとられる時間もないことは全員がわかっている。ムベンベは、目の前の第三班を「飛んできた羽虫」のような認識で軽く叩き潰そうと、湖から歩み出ようとしていたのだから。


 湖面から覗かせていたのは首であった。首だけで5メートル以上はあろうかという長さは、モンスターの中でも首長竜種と分類されるそれの特徴である。霧の中でその首の先を見上げて、ソーラはやっと気づいた。



「霧はこのモンスターが発生させてたんだ……!」



 モンスター――ミウがモケーレムベンベと呼んだそのモンスターが、口から黄色い霧を吹き出しながらゆっくりと地上に足を踏み出した。霧は湖ではなく、湖を根城にしていたモケーレムベンベが散布していたのだ。

 霧は防衛機構として働いていたようだ。自分のテリトリーである霧の中に人間の気配を察知し第三班を攻撃したことは事実で、無論言葉も通用するはずもない。

 ゲオルクはいの一番に大砲を発砲し、砲弾はムベンベの首元に着弾したが、ムベンベは一切リアクションを示さず、傷を負った様子も確認できなかった。ムベンベはそれに反撃しようとすらせず、ゲオルクの攻撃を「攻撃だ」とすら認識していないようだった。

 ゲオルクはすかさず装弾して二発目を放つ。胴体に着弾したそれも表面で爆発しただけで、ムベンベに効果がないことを認識した。



「ちっ、デカすぎるか! ハンドカノンが一切効いてる様子がない」



 ゲオルクのその言葉で、第三班に緊張が走る。単純な破壊力ではゲオルクのハンドカノンに勝る武器はない。それこそ帝都の固定式砲台でも持ちださなければならないことを示唆している。調査隊の今の手持ちではまともにダメージすら与えられないことを理解してしまった。



「ゲオルクさん! 右に!!」



 ソーラが叫び、ゲオルクもそれに反応して右に飛び込みながら前転して回避行動。直後にゲオルクの居た地点にムベンベの巨大な頭部が槌の如く振り下ろされた。最初に受けた攻撃と同じものだ。首は見た目より可動域が広く、加えて素早いようだ。鞭のようなその首は、霧を吹き出しながら不気味にしなり動いている。



「全員衝撃備え!!」



 ティスアのその声が響くと、ティスアは地面に着いたムベンベの首目掛けて何かを投擲した。投擲した直後にティスアが指を弾くと、ムベンベの首のそばで投擲した爆弾が爆発を起こす。ティスアの調合したお手製の爆弾だ。本来なら固定式に設置するそれを、投擲して起爆装置を魔術念動で起動させることで戦闘用に転用しただけだが、単純威力ならハンドカノン以上である。

 それをもってしても、ムベンベの赤褐色の肌が若干焦げ付いただけで終わってしまったようだが。



「地形破壊用の爆弾が通用しないとか常識的にありえないんだけど!?」



 ティスアの言葉も最もだった。数あるモンスターの中でも非常識的なサイズ。非常識的な肉体の硬さ。それらは第三班の面子に冷や汗を流させるにはあまりに十分。あの巨体を傷つけるにはドロシーの槍も、そしてミウの剣もあまりに小さいことは見るだけで分かる。



「撤退だ! 私達が相手できるものではない!」

「撤退って、このデカブツはどーすんのよ!」

「帝都に至急増援を呼ばなければ……! このような相手、『炎』の魔法使いでもなければ相手にならない!」



 ドロシーの言葉にティスアも「それもそうね……!」と悔しがるのと諦め半分にそれを肯定した。

 ドロシーは急ぎ第三班に指示を出す。が、撤退に賛同したはずのティスアがそれに待ったをかけた。霧の外で待機している残りの調査隊から魔術通信が届いたからである。



≪第三班! 至急応答求む!≫

≪こちら第三班のティスア! 大型が湖から浮上! 至急撤退を――≫

≪不可視状態のモンスターから襲撃を受けている! 昨日と状況が酷似している! 推定ジーナフォイロ!≫



 通信を聞いたティスアは眉間にシワを寄せて頭を抱えながら第三班にも情報を共有した。第三班の面子は頭を痛くしながらも同時に納得もしてしまった。大型モンスターに呼応して飛行型モンスターが出現するなら、この状況に陥るのは自然だと言えるし、再びジーナフォイロの襲撃を受けることは当然予測もしていた。

 

 しかし状況は芳しくない。到底倒せるものではない大型を前門に、後門はジーナフォイロの襲撃だ。ミウの力を使わなければジーナフォイロを退けることもできない。が、目の前にいるムベンベを放置すればどのような挙動をするか分からない。現にこうやって目の前に現れた第三班を積極的に攻撃してきたのだから、未来視できる最悪の想定はひとつ。



「ジーナフォイロとこのデカブツを同時に相手することだけは避けなければなるまい……!」



 ゲオルクの言葉に全員は同意した。第三班のやるべきことは目の前のムベンベを今の位置に固定するように足止め。足止めしている間に霧の外のジーナフォイロを撃破することだ。ジーナフォイロを退けなければ撤退すら望めない。

 それを当然、ミウは誰よりも把握している。



「ミウ! お願い! 外のみんなを守ってあげて!」

「……秒で終わらせてくる。ねぇね、無茶しないでね。みんなも」



 ミウはソーラたちの返事を待たず、亜音速で霧の外へと文字通り飛び出していった。ソーラとティスアは特にミウの強さを知っているし、ミウの能力がジーナフォイロには効果抜群であることを理解しているので、第三班は霧の外の安全をミウに一任して見送る。

 しかし、状況が動いたのを察知したのはムベンベも同じであった。



「――回避! 緊急回避!」



 ソーラは今までで一番焦った声で叫んだ。ムベンベの今までと違う挙動を見たからだ。ムベンベはその大きな口を開き、溜めの動作に入ったのである。

 全員は跳ね跳ぶように回避行動を取る。ソーラの感じた危機感は確かなものだった。ムベンベの口から、霧よりも濃い黄色をした謎の液体がホースのように放水されたのだ。勢いは尋常ではなく、放水で浅い穴が開くほどの強烈な放水。それも、液体の色から察せられるのは「毒の霧の原料である」ということだ。



「毒を噴射することもできるのでござるか!? あんなの受けたら身体がひしゃげるでござる!」

「毒死かしら、それとも圧死かしら。死に方も選べないなんてサービスがなってないわね」



 ヴェルナーとヘートヴィッヒも間一髪で回避したものの、冷や汗は止まらない。加えて状況は悪化していくことを嫌でも察知してしまうのはティスアだ。



「明らかに呼吸が苦しい。身体も重くなってきている。――『限界』が近いかっ」

「デカブツが吹いたり吐いたりするもんだから霧の濃度が異常上昇してるのよ……! ここの濃度はマスクの性能限界を超えつつあるんだわ……! なんて非常識的……!」



 ゲオルクは冷や汗と違う、冷や汗に交じる脂汗を拭いながら。ティスアはゲオルクの懸念を忌々しげな顔で認めた。ティスアお手製のガスマスクも万能ではない。マスクがなければとっくの昔に毒死しているであろう霧の濃さが、より第三班の視界を悪くする。


 このままでは誰かが毒で倒れてしまう――ソーラは決心した顔で第三班全員に宣言した。



「今、ここでこのモンスターを倒します! 手伝って……くれませんか!」

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