朝の光は眩しくて:11

 黄色い霧が視界を覆い、3メートル先に何があるかさえも見えるかが怪しい中を第三班は進んでいく。全員の顔面にはゴツいマスクのようなものが装着されており、マスク越しの鈍く響くティスアの声が聞こえてくる。



「毒薬調合用に作っておいたガスマスクがまさかこんなところで役に立つなんて思わなかったわよ。常識的に考えて」



 第三班のメンバーたちが装着しているのは、ティスアお手製のガスマスクである。ソーラは『黄金竜』に居た時に、ティスアが見せてくれたこれを思い出したのだ。効果は確かなものようで、毒の霧は濃くなる一方であったが装着者の身体に変調は起きていない。



「本当に自作したの? 薬師って細工師の真似事も仕事の内だったかしら?」

「もちろん自作よ。こんなの細工師に注文したら財布がぶっ飛ぶわ。自炊自作は貧乏人の特技ってこと」

「ティスアちゃん、色々なもの自作してるんですよ。パーティで使ってるテントとか、お鍋も」

「学院でもバッグとか自作してた。伊達に『万年三位スキルフル・スリー』って呼ばれてない」



 ヘートヴィッヒが関心しているのを、ティスアは自嘲気味に応える。ソーラも手先は器用であるが、ティスアはさらに手先の器用さを物を作るDIYに特化していた。学院で呼ばれた器用万能スキルフルは魔術使いとしてだけではなく、大体の物は自作できるという意味も込めて呼ばれていただけはある。



「軍に常備したいな……」

「『バッドトラップ』にも欲しいものだ。俺たちは仕事の場所を選べんからな」

「代金さえ払ってくれれば作るわよ。あ、友達価格とかそーいうのないから」



 常用を検討しているドロシーとゲオルクにもさっくりとした様子でティスアも応える。こうした会話も出来る程に短い期間で第三班の雰囲気は親しいものになりつつあったが、今の状況はいつ危険が迫ってもおかしくないものである。



「仕事の場所を選べんというのはほんとでござるなー。第一班と第二班は霧の外で待機。第三班だけが霧の中に突っ込んで調査とは。やはり貧乏クジでござるよ」



 ヴェルナーの愚痴も最もだが、この状況は第三班、特にソーラが望んだものである。


 ティスアが用意していたガスマスクが第三班の人数分のみ。そして霧で視界の悪い状況の中で頼りになるのはミウの音探知。先日の戦闘で実力も確かであると証明されている。加えて毒の霧、そして「大型モンスターがいるかもしれない」という情報にたじろぐことなく行動できる。そういった条件を鑑みて、霧の中を調査できるのは第三班ぐらいである、というのは調査隊の総意であった。

 ソーラを先頭に第三班が率先して調査を引き受けたのは、残りの面子も「押し付け合いにならずに済んだ」とさぞ安堵したことだろう。



「ごめんなさい。みんなにも付き合わせる結果になって。最悪、私だけでも、とおもってたんですけど――」



 ソーラも、言わずともついてくるミウはともかく、ティスアや残りの第三班メンバー全員が調査に賛同し同行するとは思っていなかったようだ。ワガママに付きあわせた、とソーラは責任感を感じているようだが、ドロシーがそれを否定する。



「若い少女の冒険者が率先して危険地帯に足を踏み入れると言うんだ。軍人がたじろいでは間抜けに等しい。……それと、噂には聞いていただろうが私の居る『華槍隊』は先日の迎撃作戦で大きなミスをしてしまってね。今後の評判のためにも私がまず身を粉にしなければ」



 私達も同じ、とヘートヴィッヒが話を続ける。



「私達みたいなアウトロー集団が冒険者としてそれなりにやっていけるのは、『どんな仕事にもノーは言わない』っていうお約束があってこそなの。こういう明らかにリスクが大きいことにもね。それに、女の子が頑張るのを応援するのがレディーの仕事でしょ?」

「男だろ、お前」



 ゲオルクの冷静なツッコミには「兼ねて男なのよ」とヘートヴィッヒもこだわりを感じさせる返しをしながら。そのやり取りにソーラも少し笑ってしまいながら、気がつけば当初に抱いていた『バッドトラップ』の面々へのイメージも大分柔らかいものとなったようだ。


 「それに」と大事なことを付け足す、とティスアがソーラの肩を叩く。



「ミウはともかく、攻撃手段がないソーラを放っておけるはずないし。常識的に考えて」

「え? あー、うーんと……一応ないわけじゃないんだけど、ないわけじゃあないんだけどー」

「ああ、前に言ってた『光を集めて~』ってやつ? あのね、ソーラ。確かにソーラの『光』はめっちゃ便利だけど、光は集まっても目潰しぐらいにしかならないわよ?」



 ティスアはソーラに対する『光』のイメージは変わらずのようで、ソーラはそれに苦笑するしかなく。ミウもそれを聞いて「なるほどこういう感じだったのか」と、珍しく困った顔をしているようだった。ドロシーやゲオルクたちも同じようで、護衛がミウだけでは不十分であろうという気遣いもある。


 会話をしながらも、ミウは音探知によって周辺を警戒しながら歩みを進めている。そしてミウが第三班の足を止めるように指示を出した。



「水の音。到着した」

「いつの間に。視界が悪いせいで、湖がどこかさえも分からないぐらいだな」



 ドロシーは足元を見てやっと理解した。確かに水がそこにあり、湖の淵へと到着したことを第三班全員が確認した。湖の水は霧と同じように黄色く変色している。お世辞にも触れたいとは思えない。

 しかしティスアは湖の空気に触れて、怪訝な顔をした。



「――この霧、どこから湧いてるの?」

「どこから? 湖からではないのか?」



 ドロシーは何を当たり前のことを、という様子で答えるが、ティスアはそれに首を振った。



「空気が冷たくないのよ。霧ってのは冷たい空気が水面に流れて発生するのが常識的。これじゃあ湖から霧が発生するのはおかしい。いや、発生源が他にあるっていうの?」



 博学なティスアはわかりやすく説明する。第三班の面子は水面に手をかざすと、確かに空気の冷たさは感じ取れなかった。しかし霧は湖を中心に濃くなっているのは確かで、それがますます状況の不可解さを助長させる。


 そして、彼らに迫る危険を察知するのにも一瞬の時間がかかった。



「――まずい。霧で音が誤魔化された。呼吸音――上? ――上! 全員散開!!」



 ミウの咄嗟に上げた必死な声に、全員が同時に反応し、何か反応を示す前に身体が動いて全員がその場を散開する。そして直後、全員が居たその場所に大きな何か・・が勢い良く、まるで大槌のように振り落とされ、その地点にクレーターを作った。

 地面が揺れる。轟音が鳴り響く。超重量の何かが襲いかかった。幸いその一撃に負傷したメンバーはいないようだが、霧の中から現れた何かの正体を見て、ティスアは戦慄した。



「顔!? いや……首!? 首が長いわ!? ありえない!!」



 振り落とされたのは、巨大な顔だった。その顔は、太く長い首の先だった。その顔は地面に着けたまま回避した第三班のメンバーたちを確かに見て、明らかな敵意を滲ませていた。



「首長竜……! ネッシーか!」

「ううん、違う。そうか、強い毒性を持つ首長竜――モケーレムベンベ……!」



 ドロシーが一瞬、首長竜で最も有名なモンスターであるネッシーの名前を叫ぶが、ミウはそれを即刻否定した。モケーレムベンベと呼ばれた首の長い竜は、赤褐色の巨体を湖面から覗かせ、第三班に対峙した。

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