朝の光は眩しくて:4
個室が一瞬静寂に包まれる。かくいうソーラは何か過去のミスを恥じているかのように「あの時は大変だったね」と思い出しているようだった。
言葉をすべて鵜呑みにできるか、と言われれば否定。そもそもガルネリウスがなぜこのような話を持ちだしたかというと、二人の住んでいた故郷の村があった地域の「異常性」に着目してのことであった。
二人が住んでいたユマの村がある地方は険しく寒い地方で、とある事情もあって村の外部の人間、特に冒険者をあまり歓迎していないという評判がついていた。問題は、冒険者を受け入れていないにも関わらず、ユマの村によるモンスターの討伐報告が異常に多かったことである。
軍部でも都市伝説ような扱いで話をされている噂だが。通常ならば冒険者にも討伐が難しいとされているモンスター発見報告、それが異常な数あげられているユマの村。そしてそれらはユマの村に住む村人「だけ」で漏れ無く討伐されているという。問題はそれらが確かな事実であって、確かに記録として残っていることだ。
ソーラとミウがユマの村の出身であると知った時、ガルネリウスは不思議とピースが急に当てはまったような感覚を覚えた。すぐにリーズデビルが潜伏していると見抜く知識、そして三十匹以上という数を相手にまったく動揺せずにいた彼女たちの様子。彼女たちもまたユマの村の都市伝説の一端を担っていたのでは、という推測が浮かび上がる。
故に彼女たちに問うた。飛行型モンスターの大規模な群れが目撃された前回の件。ユマの村でも同じようなパターンを経験し、何か予感を覚えているのではないかと。ガルネリウスら軍部の上層陣が、近年のモンスター出現記録をすりあわせた結果、「飛行型モンスターの出没は大型モンスター出没の予兆である」と打ち出された仮説に信ぴょう性があるのではないかと。
その仮説は、ソーラたちの経験則によって裏取りされた。予想だにしていない武勇伝も聞くことになったが。
ミウが語った信じがたい話は一旦置いておくしかない。ガルネリウスはあえてその話をスルーしてやっと仕事の本題に移ろうと咳払いをする。理論的に話を進める彼でも、本題から脱線しかけるほどに衝撃的な話だった。マダムは何を思ってか、未だ口を開かず静かに話を聞き続けるままである。
「話題が大分逸れた。申し訳ない。やっと依頼の話に移ろう。私達軍部は、飛行型モンスターの大量出没が、大型モンスター出現の予兆であるという仮説を打ち出した。そこで、君たちにはモンスターが出没していると推測される場所への調査に同行してもらいたい」
「調査、ですか?」
「ソーラ君が、モンスターの知識を大いに有す、優秀な斥候だと聞いたからね。長いが、まだ話を続けてさせてもらうよ」
ガルネリウスは話が冗長になってしまったことに軽く詫びつつ、テーブルの上に地図を広げた。地図には赤いインクでバツマークが目立つ場所に書かれている。
「帝都が管理する定点観測所が多数あるのは周知の通りだ。これらは主に帝都へ侵入しようとするモンスターの接近を事前に察知し、魔術通信によって帝都に連絡をするのが仕事なのだが。――丁度一週間前から、この地点の観測所からの連絡が途絶えた」
その言葉にソーラとミウは今までにない緊張した面持ちになった。観測所の仕事は安全確認だけではない。ある意味、このように連絡が途絶えることで「危険が迫っている」と帝都に間接的に知らせるのも仕事の一つと言える。
「先日の飛行型モンスターの大規模迎撃作戦もこの件がきっかけでね。観測所の連絡兵らがモンスターにやられてしまい、連絡が途絶えたのだというのは容易な推測だ。だが、先ほどの話に戻る」
「その観測所の地点に、本丸――後続の大型モンスターがまだいるかもしれない」
「最悪の予想をするなら、そうだ」
ミウの冷静な言葉に、ガルネリウスは認識の合致を確認して悠々と説明を続ける。連絡員がロストした地点というものはほとんどのパターンで厄介なモンスターが絡んでいる。それは多くの前例たちがそうだと証明していた。
「そこで軍部は、本来の予定より早い段階で、この観測所コード『
ガルネリウスの本題がやっと着地をしたことを確認して、マダムはやっと口を開いた。紆余曲折に話は移り変わったが、依頼の本筋をやっと把握できたからだろう。
「長ったらしく話たのは、危険性を把握させるのと、二人が適任かどうかを確認するためかい」
「否定はしませんよ、マダム。話が長いのが玉に瑕と、妹によく言われているんですけどね」
「なら話が長くならないようにこちらから口を出すよ」とマダムがフォローがてらに二人に仕事の話を改めて切り出す。
「多少は物分りがいいあんたらなら分かってるとは思うが、連絡員がロストした地点(ポイント)の調査業務は当然に危険性(リスク)も高い。それを承知の上で子爵様はあんたら二人をわざわざ指名したんだ。――さて、やるかい?」
実質、貴族の直接指名とも言えるこの状況。身分差は歴然であり、拒否する権利もほぼないに等しい。それでもなお、マダムは二人の自由意志を建前で尊重した上で二人に是非を問うた。
二人の顔は、自由意志の上で覚悟を決めていた。
「私とミウが、役に立てるかもしれない、なら。あの時みたいに危険が迫ってるかもしれないならなおさらです」
「ねぇねと同じく。ねぇねがしたいことを手伝うのが私だから」
緊張感を持ちつつも、重い雰囲気を感じさせないはっきりとした返事。二人の気丈な姿勢が伊達ではないだろうと見たガルネリウスとマダムは、契約の成立を確認した。
「二人の協力に感謝する。調査の開始は三日後。二日後の正午に帝都を出発し、三日後には『砂漠の鏡』に到着する予定になる。あいにく、名前の通り、砂漠の中にある湖が目標地点なのでね。装備を整えて欲しい」
簡潔に注意点を述べ、その後に癖の咳払い。二人に個人的な声をかけるガルネリウスの視線は、期待半分と値踏み半分であった。
「調査は複数軍隊、そして一部冒険者による混合部隊で行う。是非、君たちの活躍を見せつけて来て欲しい」
ガルネリウスのその言葉に含みがあったものの、訝しげな目でガルネリウスを見るマダムをよそに、ソーラとミウは気にすることもないようだった。
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