朝の光は眩しくて:5

 調査隊出発の日。帝都の門の前には軍隊、冒険者の選抜メンバーらが一堂に会していた。あらゆる不測の事態に対応するために、ある程度の功績を持つ冒険者や、エリートの代名詞である銃撃隊からも数名。男性メンバーがほとんどで、ソーラやミウはその若さや女性であることも相まってメンバーの中でも大分目立つ存在となっていた。


 目立つのは見ため上の話だけではない。二人には怪しい噂というものもつきまとっていたため、ちょっとした話題の種であったようだ。特にソーラだ。ソーラは冒険者ギルド内で「扱いに難のある役立たず」という噂が声高に流布されてしまっていたため、ただでさえソーラが、それもギルド内で「使える人材の墓場」と揶揄されている公職冒険者として参加していることに疑問が浮かぶ。役に立たない冒険者であったはずの人物に、わざわざガルネリウス子爵が名指しで協力を申し出たというのだからなおさら訝しい視線が痛くなるのも無理はないか。


 さらに異質なのはミウの存在だ。参加メンバーの詳細については事前に綿密な情報共有で承知の上となっているが、ミウは盲目である。通常ならば冒険者になるのも難しいはずの盲目の少女が、魔術学院を中退し公職冒険者として活動しているのだから。


 ソーラとミウ。この二人はメンバー内の一般認識において、あまりにもちぐはぐで、よくわからない存在として事前認知されていた。故に二人に集まる視線は奇異と疑念。好奇心。あるいは若く可憐な少女への少し下衆た視線であり、純粋に二人を仲間として見ている人間はほぼいないと言うのは過言ではないだろう。


 二人もそれらに気づかぬほど鈍感ではない。特にソーラは周囲に威圧感を放つ男性陣が多いこともあり、身が強張る緊張感を感じながら。ミウの手を握ってそれを顔に出さないように気丈を振る舞って待機している。ミウも当然ソーラの内情を察知している様子で、優しく指を絡めながらソーラの少し早い心臓の鼓動を聞いている。



「ねぇね、緊張してる。大丈夫?」

「うん。ミウが一緒だから」



 ミウは心臓の音や血の流れる音、呼吸音も細かく聞き分けられる。故に人の感情の動きにとても敏感であり、ソーラが悪い方に緊張しつつあるのは嫌でも分かってしまうようだ。悪い評判が流れる中でしばらく一緒に行動しなければならないのだから、ソーラが少しネガティブな方に気持ちが流れてしまうのも無理はない。


 そんなソーラに、あまりにも不意にその声が聞こえたのはその時だった。



「ソーラ! ほんとにソーラじゃないの!」



 その声は、懐かしいというには最近だが、ソーラにとっては聞けるとは思わなかった懐かしい声だった。

 声の方を見ると、かつて『黄金竜』で共に活動していたティスアがそこにいたのだから。



「ティスアちゃん!? なんでここに――あっ、もしかして調査班に!?」

「そういうこと。魔術通信が得意な魔術使いとして雇われたってとこよ」

「……もしかして、他の二人も……?」



 ソーラが更に不安げな顔になって周囲を見渡す。が、それに否定するように首を横に振ったティスアが「安心なさい」と遮った。



「『黄金竜』からは私だけよ。例の怒りっぽい誰かさんは只今入院中」

「入院……? イラさんが?」

「全治一ヶ月、命に別状なし。前回の飛行型モンスター迎撃作戦の時に下手こいてね。というか、ソーラがいなくなってから散々だったわよほんと」



 ティスアは散々鬱憤が溜まっていたようで、ソーラと話始めるや否や近況報告も兼ねた長々しい愚痴こぼしが始まった。


 なんでも、ソーラがいなくなって翌日にイラが代わりの斥候を連れてきたのだが。その斥候というのが、イラが口説き落とした風俗街勤めの女冒険者。自分を雇ってくれれば夜に付き合う仲になってもいいという甘言にまんまと乗せられ、イラがソーラの代わりにとしたり顔で連れてきたのだ。詰まるところ、ソーラはその後釜のせいで追放されてしまったのだと。


 それがまだ働ける人間であれば話はまだそこまでひどくはならなかっただろう。つまりはそういうことだ。斥候としてはもちろん、冒険者としてもとんだ素人であり、ソーラとは比べ物にならない。仕事にはいくつも大きい粗が散見され、明らかに付け焼き刃知識で身につけたであろう彼女には斥候は荷が重かった。特に『黄金竜』の斥候が受け持っていた仕事量は他と比べ多大なものとなっていたため、なおさら目についてしまった。

 

 さらにトドメは、件の迎撃作戦の日。危険度が高い仕事だとわかるやいなや、作戦の直前にいくつか窃盗事件を起こしてその後釜の女は無断でトンズラしてしまったのである。犯罪行為を起こしたメンバーの責任は、失踪した場合は当然リーダーが受け持つ。ギルドからのペナルティは免れないことに怒り散らかしたイラは冷静さを欠いた上、戦場の状況把握を担当する斥候の不在もあってモンスターの攻撃に重傷を負う。入院の理由はこれである。


 現在、イラは男爵である父親の援助を受けて病院にて一ヶ月の入院生活。リョーは動けないイラの代わりにギルドからの懲罰によるボランティア活動をしている。そしてティスアは懲罰処分を軽くしてもらうために交渉した結果、この調査班への参加を命じられたのだという。



「ギルドがリーダーを除く私達に同情的だったのが助かったわ……。まぁ、連絡員が失踪した地点への調査業務だなんて好きで受ける人いないしね。常識的に考えて」

「『黄金竜』でそんなことあったんだ……でもイラさんも命には別状ないんだよね。ティスアちゃんとリョーさんも無事みたいだし、それはほんとによかった」

「こっちもその言葉返すわよ。よかった、ソーラが冒険者やめてなくて。ほんとにドンファ通りで客引きしてるんじゃないかって不安で不安で」

「私には、ちょっとそれは難しいかな」



 お互い紆余曲折あったことを確認しつつ、それでも同じ冒険者としてこの場でまた一緒に仕事ができることを確認し合い、ソーラにやっと笑顔が戻る。

 それとは対象に、ティスアの方はソーラの隣にいるミウの顔を見て、かなり気まずげな顔をしながらミウに声をかけた。



「――まさかとは思ったけど、まさか本当に『あの』ミウだったなんて」

「私も声を聞いて驚いた。久しぶり。名前を聞いた時にもしかしてと思ったけど」

「なんでこんなとこに『絶対一位(アブソルート・ワン)』がいるのよ! しかもこの時期にここにいるってことは中退してるじゃない!?」

「あなたも同じでしょ、『万年三位(スキルフル・スリー)』。中退したのはそっちが先」

「卒業直前で中退してるあなたよりは多少マシだと思ってるわよ! 常識的に考えて!」



 以前から知っていた二人同士は、初っ端から軽い口調でお互いを言い合った。お互いに名前を聞いた時に「もしや」とは思っていたようだが、顔を見て、声を聞いて確信した。二人はそれぞれ魔術学院の優秀成績者として有名だった生徒であり、それぞれの異名で呼び合った。力関係としてはミウの方が上のようで、ティスアは「厄介な奴に出会ってしまった」と言わんばかりの気まずい顔のままでミウを見ていたが。



「ティスアちゃん、やっぱりミウと知り合いだったんだね。魔術学院にいたって聞いてたから、もしかしたらって思ったんだ」

「というかソーラってミウの知り合いだったの!?」

「うん。ミウとは幼馴染。ずっと一緒にいる家族みたいな感じだよ」

「人の縁ってほんと奇妙に狭い輪の中で成り立ってるわよね……」

「ところでさっきの『なんとかワン』っていうのは、んと、学院でのあだ名みたいなもの?」



 ソーラのちょっとした疑問に、ティスアは何かに気づいた顔でミウに確認する。



「もしかしてアンタ、学院で何やらかしてたか言ってないの……?」

「話すことでもない」

「入学時から三年生に至るまでずっと総合成績一位に居座り続けた挙句に競技決闘で無双しすぎて参加禁止令出された超異端児だってことも?」

「自慢する性格じゃない」

「アンタやっぱりいい性格してるわ……」



 ティスアとミウは魔術学院の同期である。そしてミウたちの世代は「入学時から最終学年までずっと成績上位者の順位が変動しないままだった」という異例事態が起こっていた伝説の学年であり、上位三名の癖の強さもあってそれぞれ『絶対一位』『不動二位』『万年三位』のあだ名が呼ばれていた。『絶対一位』はミウ、『万年三位』はティスアである。

 それを初めて知ったソーラは、すごい物を見ていたような声をあげたが、反応としてはそれだけで、特に気にする要素でもなかったようだ。それよりも「ミウ、頑張ってたんだね、すごい」と褒められ明らかに満足気な顔をしたミウの反応の方が上々であった。


 こうして若い少女がさらに一名追加されたことで、男ばかりの調査メンバーの中に三つの華が集ったわけであるが、三人を見る視線は若干刺々しさを増していた。

 ミウの耳は周囲の普通なら聞こえない程度の小さな噂話も漏れ無く聞こえてしまう



「あれが『黄金竜』の……。あのガキは窃盗なんてしねぇよな? 誰か見張りしてろよ」

「最近になって名をあげていた冒険者パーティだったが、調子に乗りすぎた結果だな。今回も懲罰人事に近い形らしい」

「あのパーティのリーダーにはムカつくことばかりだったしなぁ。――そういえばあのソーラってやつも『黄金竜』だったよな」

「蓋を開けてみれば問題児集団かよ」

「しかも目の見えねぇガキもついてきやがる。見た目は全員良いのに、問題児しかいねぇじゃねーか」



 ミウはその噂話らを聞き流してため息を一つ。ティスアも内容が聞こえてはいないものの、陰ではどのような噂が囁かれているかも推測出来てしまうほどに理知的ではあった。ソーラも二人より周囲の視線というものを感じ取っており、三人は肩身狭い立場に置かれていると嫌でも理解させられた。



「好き放題言われてるでしょうね。アンタは聞こえてんでしょ」

「噂話が付きまとうなんて、学院でも同じだった」

「確かにね。なら学院とやること変わらないわ。実力を見せつけて、黙らせる」



 ミウもティスアの言葉に深く同意し、頷く。ソーラは未だ自信なさげに二人を見ているが、ティスアはソーラの空いている方の手を強く握って励ました。



「大丈夫よ。ミウが杓子定規ぶっ壊すレベルで強いのも。ソーラがすっごく働き者で役に立てるのも。私はちゃんと知ってるんだから」



 ティスアの力強い言葉に、ミウは「いいこと言う」と感心した様子で。ソーラはほんの少しだけ心が和らいだ気がした。

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