朝の光は眩しくて:6

 帝都を出立した調査隊が向かうのは、『砂漠の鏡』と呼ばれている砂漠地帯の中にある湖である。その砂漠というのも昔の地図では砂漠地帯として記録されていなかったのだが、突如として砂漠化してしまい、残ったのは鏡面のように空を反射する湖だけだったのが名前の由来となる。砂漠化の原因はモンスターの暴走ではないか、という仮説も立てられているいわくつきの土地であるため人は滅多に寄らず、それこそ帝都の定点観測所があるぐらいであった。


 曰くつきの土地で、連絡兵が突然失踪したのだから、大きな危険が潜んでいる可能性が重々にあるのは予想も容易く。言ってしまえばこの調査隊は「死んでもおかしくはない」というリスクが重くのしかかっている。その重さを伝えるように、調査隊が砂漠に差し掛かると、寂しい風と、足が沈む砂の大地が調査隊を歓迎した。


 そのような事情もあり、調査隊の面子も、仕事の危険性を事前に把握している者だけが集められている。

 調査隊は複数の冒険者パーティ、複数の軍隊による選抜で構成されているが、厳密には選抜の上での最終的な志願制である。軍隊からの選抜メンバーはともかく、冒険者の面子は言ってしまえば玉石混交の面子であり、良くない評判がついて回っている面子があちらこちらに見受けられていた。懲罰処分中のパーティ所属であるティスアが駆り出されている点でもそうだ。この仕事もまた「貧乏クジ」の類であるのが面子内の共通認識である。


 そんな面子の中でも一際怪しさを醸し出しているのが、無名ながら悪評と疑いが渦巻いているソーラ。「自殺志願者か」と心配を通り越して厄介扱いされつつあるミウ。懲罰処分中でただただ苦労人ポジションを押し付けられたティスア。

 そんな三人の他に、主に軍隊メンバーから厳しい視線を受けていたのが、目つきの悪い男ゲオルクが率いる冒険者パーティ『バッドトラップ』の三人だ。


 『バッドトラップ』は数ある冒険者パーティの中でも一際異彩を放つパーティである。元軍人ながらも問題を起こし軍を追い出された経歴のあるゲオルクをリーダーに、面子のほとんどが犯罪行為や問題行為を起こしているのだ。元居た冒険者パーティから追放された冒険者や、前科者が食い扶持で冒険者になるしかなかった人間を率先して受け入れている、俗にいう「ならず者集団」と呼ばれるパーティである。


 そんなゲオルクと部下が男女一名ずつ。ソーラ、ミウ、ティスアは道中で同じ班として移動していた。


 調査隊は三つの班に班分けされたのだが、事情アリの面子と率先して関わろうとする物好きも当然いない。そのため結果、曰くつきの面子たちで一緒くたに班分けされ、それらの面子を監視する女軍人ドロシーをリーダーに第三班として活動することとなった。



「前アリの野郎どもの監視。加えて厄介者共の子守とは。あの女も損だねぇ」

「まぁあの女がいる『華槍隊』も前回の作戦ではてんでひどい結果だったようだ。こういうところでしか役に立てんとでも思われてるんだろうさ」



 デリカシーのない冒険者と軍人の噂話はミウの耳だけに届きつつ。


 結成される経緯もあって、第三班の雰囲気というものは決して良くない。特に荒々しい男を苦手とするソーラには『バッドトラップ』の三人は近寄りがたい存在であり、ソーラはすっかり萎縮し、ティスアとミウの二人で自然とバリケードを形成しながら。第三班の中で3:3:1のチームが溶け込まないまま動いている形を出発の時から変わらず続けていた。


 そんな中、とある男がソーラとミウを帝都を出立してからずっと見つめている。『バッドトラップ』所属のヴェルナーという背丈の低い太めの男である。その視線は好奇心半分、下卑た何か半分の奇異な視線だったこともあり、敏感に反応したのはソーラだった。自分のことはともかく、ミウに何かがあるといの一番に身体が動くのはソーラの性格である。



「……ミウに、何か御用ですか?」

「へへっふ。イヤですな。しばし気になっていたことがございましてね。挨拶がてらちょっと質問してみたいなと思った次第でございますよ、ええ。ええ」



 若干早口気味のヴェルナーは返事を待たずミウに質問をした。



「あのロリコン疑惑のあるガルネリウス子爵殿と寝たからこの仕事もらったという噂は真でござるか?」



 発言後、秒を待たずにティスアがマジギレしてしまう前にその男に天誅が下ることとなる。槍の柄の先で股間に痛い一撃を喰らい悶絶するヴェルナーを見下していたのは槍の持ち主であるドロシーだった。



「気をつけろ。その男は覗き見、痴漢、公然わいせつ、強姦未遂。あらゆる性犯罪に手を出していた色情魔だ」



 それを聞いたミウとティスアは咄嗟の身のこなしでソーラをディフェンスするように距離を取る。



「ヴェルナーは性犯罪を起こしたら首と一緒に一物をぶった切って晒す契約になっている。俺の目が黒い内は安心しな」



 咄嗟にフォローしたのはゲオルクであった。ヴェルナーはと言うとそれを聞いて股間に手を当てながら泣きそうな顔になっているが。トドメにゲオルクが「マリアに言いつけるぞ」と付け足すと颯爽とソーラたちに深々と謝罪したので、とてもわかり易い男ではある、とソーラたちは認識できた。



「ちなみに軍内ではセクハラも度が過ぎれば懲罰対象だ。軍人でなくてよかったな?」

「興味でござるよ……。好奇心でござるよ……。ぶっちゃけ、この調査隊の面子のほとんどが気になってるでござる」

「お前それ、貴族様のスカートめくりした時も同じようなこと言ってたと記憶しているが?」



 ドロシーは以前から散々ヴェルナーの相手をしているらしい。そういえば『華槍隊』は軍内でも唯一の女性のみで構成された軍隊であり、帝都の性犯罪取り締まりも仕事だった、とティスアはふと思い出しながら。



「二人はガルネリウス子爵様の直々の指名だ。怪しい経緯などない。二人は先日の戦果を評価され、実力ある冒険者としてここにいるに過ぎない」



 軍部では二人のことは承知されているようで、ドロシーは「子爵様の指名」という部分を強調しながらヴェルナーを諭した。それを聞いても納得していないのは『バッドトラップ』の三人全員であるが。

 それに突っかかってきたのは、ゲオルクの腕に抱きつきながら歩いていた赤髪長髪の細い女性であった。



「ふふ、でも、気になっちゃうのは気になっちゃうわねぇ。先日の迎撃作戦の現場に私達いたけど、現場に二人はいなかったわよ? あ、そこのお嬢ちゃんは怒るしか能のないお坊ちゃまに振り回されてる様子は観てたわ。うふふ」



 スレンダーで艶な色気をを醸し出している女性。ヘートヴィッヒと呼ばれていたその人間は細い目つきで三人を観察しているようだった。

 ヘートヴィッヒの方こそミウに観察されていたことに気づくのには少し遅かったようだが。



「じゃあお互い気になる点を聞いていく? 例えばあなたが女装している理由とか」



 ミウの言葉を聞いてヘートヴィッヒは口笛を吹いて関心した様子でミウを見た。どうやら女装している男であることは確かなようで、ソーラとティスアはまた驚いた様子でヘートヴィッヒを見ていたが。



「なんでわかったのかしら? あなた、目が見えてないんじゃないの?」

「目が見えなくても人より分からないわけじゃないから。男女だと歩く時に発生する『音』に違いがある。それにあなた、歩き方まで女の子に寄せてる。無理やり膝を内側に動かしてるから骨の動く音にも普通と違いがある。声も練習して女の子に寄せてるけど、私の耳には元の男声が聞き分けられる」

「なるほど。それが『音』の魔法ね。騙しがいがない子ねぇ」



 ヘートヴィッヒは女の振る舞いを崩さないまま、関心と退屈を交えた声で「つまんない」と一言。



「ヘートヴィッヒ氏は元詐欺師でござるよ。官憲に捕まるまで男だとバレなかった生粋のプロでござる」



 ヴェルナーのそれを聞いてティスアはますます臭いものを見るように『バッドトラップ』を眺めた。なるほど、これは確かに関わり合いたくなくもなると否が応でも理解させられたとばかりに。

 同時にソーラとミウには、このような癖の強い面子を従えているゲオルクという男に若干興味が湧きつつもあるのだが。

 先が思いやられる、とため息を吐くドロシーを先頭に第三班は調査隊の真ん中で移動を続ける。そんな時、静かな移動を続けていた中でソーラがふと声をあげた。



「遠方! モンスターの群れを確認しました!」



 その声に足を止める調査隊。すかさず調査隊全員がソーラの示した方向に目を向けるが、彼らの目にはそのような物は見受けられない。



「モンスターは見受けられないぞ! 詳細を説明せよ!」



 ドロシーがソーラに声をあげる。ソーラは真剣な様子で言葉を続けた。



「『不可視状態』のモンスターが接近してきています!」



 その言葉は、ミウ以外の人間には理解し難いものであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る