朝の光は眩しくて:7

 ソーラの言葉に調査隊全体がどよめいた。不可視、それはつまり目には見えない状態のモンスターがいるということだ。

 様々な生態・特殊能力を持つモンスターらの中には、人の肉眼には見えない状態で奇襲するモンスターが存在するのも無論承知の上である。しかしそれを見えない状態で察知するなど常識ではありえない話だ。



「おいおい!? 見えない敵がいるってなんで分かるんだ!? まさか犬みたいに鼻が利くだなんて言わねぇよな!」



 そうしたモンスターの対処には専用の訓練がなされた犬を使うのが一般的であるが故、一人の冒険者がこのように突っかかる。まだ信用度が低く、調査隊の中でも年少であるソーラの警鐘は筋違いの狂言だと思われてしまっている。

 そんな状況下でも、ソーラの目には高速で空から接近してくるモンスターの姿が見えていた。そして距離が近づいたせいか、ミウの耳にもモンスターの放つ音を聞き取ったようである。



「距離200……100……やばっ、思ったより速い!」

「ねぇね、こっちも聞こえた。――まずい。みんな伏せて!」



 ミウが音の距離で間に合わないと察すると、全員に聞こえる声量で叫ぶ。まず最初に反応したのは第三班のメンバー全員。ソーラの目の良さに助けられたティスアはもちろん、二人の鬼気迫る様子に異常を感じた『バッドトラップ』の面子、そしてドロシーが最初に地面に伏せる。それを見た他の面子も、危機管理意識が行き届いている懸命なメンバーはひとまず地面に伏せ。

 最後まで伏せず、ソーラとミウの警鐘を薄ら笑っていたメンバーの数人が――直後、見えない何かに空から急襲され、身体を爪で抉られ血を流しながら悲鳴を上げたのは数瞬のことだった。



「いぎぃぁ!? ひっ!? どこだぁ!? どこから来やがったぁ!?」

「落ち着きなさい! 常識的に考えて! まず密集するのよ!」

「馬鹿野郎! 密集なんてしたら囲まれちまうだろうが!!」

「空から来る相手だ。まずは迎撃体制。三次元的に周囲を警戒するんだ。方円を組め」



 ティスアがいの一番に密集隊形を突発的に指示し、それに便乗してゲオルクも方円を組もうとヴェルナーとヘートヴィッヒに他面子の誘導を命令する。他の調査隊らがそれに急いで従い方円が組まれ始めると、ドロシーは方円の中心にソーラとミウを押しやった。



「ドロシーさん! 私達より怪我してる人を中心に!」

「いや! 敵を察知出来ているのは君たちだけだ! 君たちの存在が今の生命線になる!」


 状況を理解しているゲオルク、ティスアも同意見だったようで、怪我人はティスアとドロシーの二人で保護しながら、銃器隊メンバーの二人が怪我人のバリケードをする形で銃を構える。『バッドトラップ』のメンバーも方円の外側に勇んで飛び出し、三人全員が大砲やライフルを持ち出し迎撃体制を築く。

 今、調査隊の動向は飛行型モンスターを迎撃可能な銃器持ちと、察知可能なソーラとミウに託されていた。


 姿を見せぬまま飛行を続けているモンスターたちも、人間たちが思っていた以上に冷静に迎撃態勢を築いた様子を見て警戒しているようだ。最初の奇襲からは動きはなく、ソーラには空を飛びながらじっと自分たちを睨んでいるモンスターたちの姿が見えている。



「まだ円を描いて囲みながら飛んでますね。こちらが動きを見せたら襲ってきそう」

「差し出がましいようだが、モンスターの数は把握できるか?」

「丁度十匹ですね。サイズは2メートルぐらい。大きな翼……リーズデビルに似てるかな?」

「同系統のモンスターだと思う。高周波で会話してるし」



 ソーラには蝙蝠のような翼を広げるモンスターたちの姿が。ミウの耳にはリーズデビルと同じように音波レーダーによってこちらを把握しながら高周波で会話をするモンスターたちの声が聞こえている。

 もちろんソーラのような目も、ミウのような耳も持たないドロシーたちには把握し難い話ではあったが。少なくとも彼女たちがモンスターの位置などを詳細に把握できているというのは、先ほどの襲撃で否が応でも思い知らされていた。



「理解し難いな。どのような原理でモンスターを察知できた」



 調査隊たちの疑問を率直に聞いたのはゲオルクであった。暗に、原理を説明してもらわなければどのようにソーラたちを信用すればいいのか分からないだろう、といったニュアンスを含んでいるようで、そのニュアンスを理解したソーラとミウが簡潔に説明をする。



「姿を消せるモンスターは、光を捻じ曲げることで姿を見えなくしてるんです。光が当たらなければ、私達の目には見えません。私の場合は、光の動きを可視化して見ることが出来るので、光の揺らぎでモンスターの姿を把握できてます」

「私とねぇねは『光学迷彩』って呼んでる概念。最も、光を捻じ曲げるとあっちの視界にも私達は見えなくなるのが難点だけど。それをあのモンスターたちは『音』で解決してる。音の反響で周囲の環境を把握してるの。これ、私の目が見えなくても普通に歩ける理由と同じ」



 二人は当たり前の知識を述べるように説明はしたものの、それを端的には理解できたが、完全に理解するには彼らの場合時間が足りない様子であった。



「とにかくあなたたち二人ならモンスターの攻撃を察知できるってことはわかったわ! けどどうするの! 見えないとまともに迎撃もできたもんじゃないわ!」



 ティスアの言葉に調査隊の面子たちが同意の視線を送る。しかしその言葉も想定済みだったミウが軽い感じに返答した。



「大丈夫。素早く密集してくれたから、私を中心に全員がいるこの一定距離の空間だけ音波レーダーを無効化に出来る」

「はいティスアから質問! 原理の説明はこの際省いてくれていいわ! それをするとどうなるの!」

「音波レーダーが使えなくなると相手は私達を視認しようとする。でも|光学迷彩《ステルス)状態だと肉眼で視認できないから、光学迷彩状態を解除しないといけなくなる」

「俺たちでも視認できる状態にならざるをえなくなる、ということか」



 一段階理解の早かったゲオルク。その言葉にミウは頷く。ドロシーもまたミウの言いたいことを理解したようで、第一班、第二班のリーダーに簡潔に作戦を提案し、そして分も待たずにその作戦が可決されたようだった。



「彼女の提案に全方面で便乗することとなった。相手の隠密状態を解除し、それを魔術使いと銃器持ちで一気に叩く! 撃退さえできればこちらのものだ」



 ドロシーが方円を組んでいる調査隊メンバー全員に指示をする。それに全員覚悟を決めた顔をして肯定の姿勢。それを確認したミウは数秒だけ待ち、全員の息が整うタイミングを見計らって、声をあげた。



「音波レーダー、無効化開始します。臨戦態勢を」



 ミウがそう言ったおよそ十秒後。その間は調査隊たちに異常や変化は察知できなかったものの、モンスターたちにとってはよほどのイレギュラーであったようだ。今まで一向に姿を見せなかったモンスターたちは、一斉に光学迷彩を解除してその姿を現す。

 リーズデビルと同じように、蝙蝠のような翼を持っているが、違うのはその身体。蝙蝠がそのまま巨大化したようなその身体にふさわしくない、醜悪な人面のような顔を持つそのモンスターたちは、牙をむき出しにして一斉に調査隊たちの元へ飛びかかっていった。

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