朝の光は眩しくて:9

 調査隊は緊急的に、モンスターと戦闘が発生した地点をキャンプ地としてテントを設営し、夜をその地で過ごすこととなった。想定外の罹患者の発生で予定より早いキャンピングとなってしまったが、到着予定時刻のズレは許容範囲であろうというドロシーの判断である。


 負傷者、及び謎の症状を訴える罹患者は専用のテントの中で寝かされ、軍医の診察がされている。そのテントの中には軍医だけでなく、軍医から罹患者の症状を聞くティスアやミウの姿もあった。罹患者をこうした例のモンスターに心当たりがあったからだ。



「モンスターの攻撃で負傷した患者は激しい吐き気、呼吸の乱れ。またモンスターの体液を受けたり、接触した人はひどい咳などが見受けられます」

「やっぱりあのモンスターは『ジーナフォイロ』だったのね……。学院の資料でしか見たことないわよそんなモンスター」



 ティスアは愚痴るように呟く。ジーナフォイロは蝙蝠に似た姿を持つモンスターで、そのモンスターと接触した人間は激しい咳や吐き気に襲われるという記録が学院に残されていたのをかすかに思い出したようだ。見た目や状況も合致している以上、先ほど襲ってきたモンスターはジーナフォイロで間違いないだろう。



「症状は内部被曝……でも記録によると大きな後遺症が残ったことはない……崩壊の周期が早い放射性物質……?」

「ねぇミウ。学院でもそうだったけど。聞き慣れない単語垂れ流して一人で思考の世界に入るのは常識的な説明をした後にしてほしいのだけど」

「ごめん。それで、薬の用意はできそう?」

「何の薬かオーダーさえしてくれればね。私は魔術使いだけど、その前に薬師だもの」



 二人が患者の収容テントにいたのは、二人の知識を用いて患者への対処薬を用意するためであった。ティスアは『黄金竜』でも優れた薬師として活躍しており、医療の知識もある程度有しているのだ。軍医が用意していた薬ではこの未知に近い症状をどうにかできる可能性が低かった故にティスアに協力を仰いだ経緯である。

 ミウは改めて、患者の乱れた呼吸音を聞き取って、ティスアにオーダーを述べた。



「ジーナフォイロによる毒の症状は、長引かない。だけど、咳や嘔吐、下痢、発汗などで体力を削がれて、それが原因で死んじゃうケースがあるみたい。だから――」

「つまりは症状を抑える薬ね。咳止め、下痢止め、栄養剤ってところ?」

「そんなところ。即効性があるやつ。特に負傷してる人は怪我でかなり身体弱ってるはずだし」

「学院では無茶振り三昧だったアンタにしては優しいオーダーじゃない。とても常識的で結構」



 オーダーを聞いたティスアは軍医に薬の持ちあわせを確認する。遠征のために下痢止め、栄養剤は用意されていたが、即効性のある咳止め薬はないようだった。ティスアは仕事を確認すると手早く専用の調合セットを広げ、別のテント内で早速と咳止め薬の調薬を開始した。


 時間はあっという間に過ぎ、砂漠は夜を迎えていた。砂漠の夜特有の冷たい空気がティスアの息を白くする。ティスア本人はその寒さにすら気が付かないほどに集中していたようだが。一息吐くと、ティスアの目の前には予定より若干多めに用意された咳止め薬が梱包された状態で並ばれていた。



「お疲れ様、ティスアちゃん」



 ティスアが小さな灯りの中で居たテントに入ってきたのはソーラである。防寒用の斥候服を着ていたので、どうやら哨戒の帰りにそのまま寄った様子だ。



「おつかれ。哨戒は?」

「交代だって。私とミウでずっとやってたからいい加減休めー、ってドロシーさんに怒られちゃった。私達が、ってよりは、他の班の人たちがって感じだったけど……」

「ソーラとミウに任せれば確実だもの。任せたくなるのもわかるわ」



 ソーラの目や知識に助けられた経験が多いティスアは同感しながら背伸びをする。夜闇でも昼と差異なく見渡すことが出来るソーラに加え、夜でも関係なく音で探知するミウまで揃っているのだ。二人が揃えばセキュリティレベルが他と比べ物にならないことは、二人を知るティスアが誰よりも知っている。


 そして薬師ティスアによって助けられていたソーラもティスアのありがたみをよく知る一人である。並べられた梱包薬を見て、ソーラは感嘆の声をあげた。



「すごい量……。出先、それも即席でこんなにすぐお薬用意できるなんて。やっぱりティスアちゃんすごいよね」



 実際、ティスアの薬師としての腕はかなりのものだが。加えて、それを工房ではなく野外のテントで、簡易的な専用装備のみを使って調薬できるのはティスアぐらいであった。そもそも冒険者で薬を自分で作るという話はほとんどなく、薬は買う物というイメージが強い。簡易的な傷薬を作る手法は斥候の間では知られているものだが、ティスアはそれと比べ物にならないほどに専門的なものである。加えて『万年三位』というあだ名が付けられるほど魔術にも長けているとなれば、ティスアが優れた冒険者であることは明白であろう。



「まぁ所詮私は日陰者の努力家だもの。今日の功労者は間違いなくソーラたちよ。常識的に考えて」

「私はモンスター見つけただけだから。すごいのはミウの方だよ」

「二人とも、だって。人には見えないものが見えるのもすごい。人には聞こえないものが聞こえるのもすごい。おかげで私達みたいな常識的な一般人の命が拾われたってわけだし。二人がいなかったら壊滅的な被害を受けてたわ、間違いなく」



 ティスアはソーラに自信を付けさせる言い方でしゃべりながら、二人で第三班が待つテントに向かう。テントに入ると、ゲオルクたちが夕食をよそいながら二人を迎えた。ミウも既に席についてソーラたちを待っていたようだ。ドロシーは哨戒を交代し引き受けているので、テント内にはドロシーを除いた第三班の面子が円を囲んで揃っている。



「ごめんなさい。お待たせしました。待たせてごめんね、ミウ」

「遅い。待った。危うくヴェルナーに食べさせられるところだった」

「勝利の女神様に奉仕したいと思うのは必然の摂理でござるよ。いやはやお待ちしておりました。席は暖めていたでござるよ!」



 ヴェルナーは媚びた低姿勢で二人を迎えて席へ案内する。低姿勢ではあるが下卑た卑しい態度というのは感じられなかったのでおそらく元来の性格によるものだろうとは察せた。夕食を用意したのはゲオルクたち『バッドトラップ』の面子のようで、鍋には彩りが豊かな煮込み料理が湯気を上らせている。



「あら、美味しそうじゃない。意外と料理できるのね」

「ざぁんねん。私達がやったのは温めただけ。親分の娘さんが用意したのを持ってきたのよ」



 ティスアが関心するのをヘートヴィッヒが注釈を挿して、ティスアとソーラも「なるほど」と頷きながら。



「薬に使える薬草も混じってるわね。規範的に考えて、いい遠征食だわ」

「優しい娘さんなんですね」



 ゲオルクはティスアとソーラの言葉にかすかに微笑しながら、「俺たちにはもったいない娘だ」と自嘲気味に呟きながら、全員に夕食を分配する。ソーラとミウ、ティスアの分の夕食の量が他よりかすかに多めだったのは気のせいか故意によるものかはゲオルクのみが知るものである。


 全員がそれぞれ食事の挨拶をして、各々に食事を進め始めた。ミウはいつも通りソーラに食べさせてもらい、ティスアはそんな二人の様子を眺めながら小さく口に運ぶ。『バッドトラップ』の面々は日頃の生活の癖なのか、かき込むように食事を平らげて数分で食事を終えている様子だった。



「今日の件、二人には感謝する。正直な話、二人を侮っていたことを謝りたくてな」



 食事途中のソーラとミウへ唐突にそう切り出したのはゲオルクであった。



「侮っていた、というのは能力や噂のことではない。お前たちがいざとなった時、木偶になるのではないかと思っていた。だが状況に入った際、お前たちは率先して動き、冷静に、的確に行動を示し、実力を示した。緊急時にパフォーマンスを遺憾なく発揮していた。その点を誰よりも評価したい」



 ゲオルクは圧の強い顔のままながらも、最初よりは穏やかさを滲ませる目で二人を見た。二人の優れた魔法や能力を讃える、またた畏怖するような声は調査隊のあちらこちらから上がりつつあった。しかしゲオルクはそれよりも、二人の戦闘時の冷静な活躍こそ素晴らしいと讃えたのだ。

 恐ろしい隠密能力を持つだけでなく、多くの冒険者が軍人が手を焼く飛行型モンスターを相手にも動揺せず、恐れることもなかったことにゲオルクは関心していたらしい。事前評価では「役立たず」と評されていたソーラ、そして盲目という事情でまともに戦えるかも疑わしかったミウが相手であったからなおさらそう思ったのだろう。

 いざという状況になった時。役立たずと呼ばれたソーラが誰よりも早く敵を察知し、的確に助言をして。ミウは誰よりも速く、誰よりも果敢にモンスターに立ち向かったのだから。



「厄介者の寄せ集めが第三班。だが、今に至ってはこの面子でよかったと思っている。明日もよろしく頼んだ」

「親分が素直に褒めた! 明日は雹が降るでござる!」



 ヴェルナーの様子を見るに、ゲオルクがここまで人を手放しに褒めるのは珍しいことであるらしい。


 ゲオルクの賛辞に何回も頷いて肯定していたティスア。あまり興味なさそうにご飯を咀嚼しているミウ。そしてソーラはその言葉を聞いて、やっと緊張感から解放された、綻んだ顔をしていた。

 パーティのリーダーで、怖い印象が付きまとっている苦手な男の人として認識していたゲオルク。その男の口で、イラからずっと聞けなかった「役に立った」という言葉を聞けたことで、ソーラは『黄金竜』では感じられなかった安心感や達成感を得られたのだ。



「どこぞの誰かと違って、こっちのリーダーはちゃーんと褒めてくれるんだからね。やっぱり見る目がないわ、『黄金竜』のリーダー様は」



 ソーラが言いづらい内心の本音を、ティスアが代弁する。その話題に食いついたのはミウと、そういった類のゴシップが好きなヘートヴィッヒであった。その後は流れで、ティスアが『黄金竜』でのソーラの話をして、夕食の場はその話題で少し盛り上がった。


 結論、ソーラ以外は満場で「ソーラを追放した『黄金竜』のリーダーは阿呆」という意見が面白いぐらいに一致したという。ソーラはそれに若干申し訳無さそうに苦笑するだけであった。

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