朝の光は眩しくて:2

「ありがとう! ほらカー君もお礼!」

「どういたしまして。カラスもそうだけど外が混雑してるから気をつけてね」



 ソーラに手を振る、カーバンクルの飼い主もとい依頼主の少女が案内所から出て行く。小綺麗な服は見る人が見れば高級な生地が使われていると分かるもので、少女の育ちの良さが見える。

 仕事の達成を確認したマダム・フローレンスが硬貨を2枚テーブルの上にそっと置く。今回の仕事の報酬だ。金額としては「子供のお小遣いには多いが、冒険者のお駄賃としては安すぎる」程度のものである。



「あんな歳だが上客には違いないんでね。迅速な仕事を評価してキリの良い値段に切り上げといたよ。元々あんたらの伝手で受けてきた仕事ってのもある。これで外の屋台でうまいもんでも食ってくるんだね」



 案内所などの公的な役所は祭りの日も関係なく、最小限人数で稼働を続けている。最も案内所の職員など所長フローレンスと案内嬢スピカ、そして公職冒険者ソーラ、ミウの二人で全員なのだが。四人は人などよほどでないかぎり来ないはずの案内所の中で片手間の書類作業を進めているだけだった。



「お祭りはー、あまり興味ないので」

「聴覚セーブしてても人の喧騒が五月蝿いから疲れるし……」

「ミウもこうなので、私達は静かな場所でお仕事の手伝いしてるのが性に合います」



 ミウのこういった事情もあって、ソーラはミウと一緒に過ごしていた。マダムは興味なさそうに「そうかい」と一言だけ述べて書類仕事を続ける。マダムにとっては本人のプライベートはあまり考慮せず、仕事の成果と態度を重視しているので、二人が歳不相応に生真面目でワーカーホリックなのも気にする要素ではない。

 もっと気にするべきところは別にある、と書類仕事すら片付いてしまって屋台のお菓子をひたすら食べ続けているスピカが唐突に声をあげる。



「もー! 二人は真面目に仕事してるってのになんで世間はやれ子爵様だ剣子隊と! そもそも別働隊で潜伏していたリーズデビルの大群を一日で発見して殲滅したのは全部二人の成果なのにいつの間にか剣子隊の成果で噂が流れちゃってるし! 二人の名前はてんで聞かないじゃないですか! 評判うなぎ登りでチヤホヤされるかと思いきやここ数日で受けた仕事は『屋台の修繕』『食材の運搬』『ペット探し』! 冒険者ってよりこれではただの苦力と変わらないです!!」


「なんであんたが怒るんだい。大体公職冒険者ってのは便利屋と変わらないじゃないかい」

「所長はなんでそんな悠長なんですか! 二人共話を聞くにめちゃくちゃ強いのにこれじゃあ才能の持ち腐れです!」

「いや、私は強くないですし……」

「ねぇねは強いって。悪い癖、それ」

「どう見たってミウの方が強いもーん……」



 結論を言ってしまうと、あのリーズデビル討伐の件の後も、ソーラとミウの二人は無名に近いままだった。前者二つの仕事に至っても厳密には直接案内所に投げられた仕事でもなく、緊急的に「こういうのが得意な人がいないか!」と祭りの準備に忙しい役人の声に応えた結果、なし崩し的に仕事を受けただけである。


 ほぼ一から用意するレベルだった屋台の修繕は手先が器用なソーラ。大漢が腰を砕くほどの大量な食材の運搬は魔術念動が得意なミウがそれぞれ担当した。屋台の修繕に至ってはレーザービームによって高速かつ正確に物を斬れるソーラが大活躍。ミウは魔術飛行と魔術念動の合わせ技によって迅速に終わらせてしまった。才能が持ち腐れている、というほどではないかもしれないが、それでも実にもったいない使い方をされているのは事実だ。

 今回のペット探しも、高所から帝都を全距離「視る」ことができるソーラと、音を殺して高速でかつ小回りを効かせて飛行できるミウだからこそ迅速に終わらせることができたと言える。


 しかし、その類まれなる戦闘力こそ評価されるべきだというスピカの声も、公職冒険者としては一理ある。それこそ前回のような、軍隊が手を焼く厄介なモンスター案件を片付けるのも公職冒険者の仕事だからだ。

 しかしだね、と所長は満を持していたようにスピカに尋ねた。



「じゃあ質問だ。あんたはこちらの事情を何も知らない公衆だ」

「はい。あ、一応食いしん坊でおしゃべり好きの、ということで」

「あんたはふとした時こんな話を聞く。『三十匹を超えるリーズデビルの群れを一晩、それも二人だけで駆逐した冒険者がいるらしい』。それを聞いたあんたの反応は」

「……信じられませんね」

「そういうこったよ」



 所長はため息を小さく吐きながら窓に腰掛けた。



「最初はヴォーダンの残党狩りとでも思ってたんだがね。蓋を開けてみればこれだ。それを法螺話みたいな勢いで片付けちまったんだからね、正直『やり過ぎ』だったわね」

「噂が流れても、荒唐無稽な話だから誰も信じてもらえてない……!?」

「剣子隊がやっつけた、っていう話のがよほど信ぴょう性があるだろうね」



 スピカは事の真実にやっと理解を得ると、ひょろひょろと力なくテーブルに項垂れて、張本人である二人を見遣る。そんな二人はその話を気にする素振りが一切ないようで、書類にペンを走らせているソーラにミウがスピカからもらった屋台のドーナツを食べさせている。

 二人にとっては結果的に一緒に居られればそれでいい、と言わんばかりに「いつも通り」な二人である。



「本来、公職冒険者ってのは仕事が少ないぐらいがいいのさ。世が程々に平穏だという証拠になる」

「それは確かにそうなんですけど」

「大小なれど、公職に投げられる仕事はおおよそが厄介事さ。下手に『使える』と知ったら変なトラブルまで背負い込むことになるだろうさ。雑用係に悩む時間を噛みしめるといい」



 テーブルに項垂れながらチュロスを齧っているスピカにマダムは意味深なセリフ。そのセリフの実感を得られる機会が、まさか直後に起こることも知らずに。


 一番最初に気づいたのはミウ。その耳が「外から歩いてくる足音」を察知すると、数秒後に案内所の扉が開かれた。扉を開けたのは濃く長い白ヒゲを携えた白髪、長身の男性。目元はフードを被っているためよく見えないが、お世辞にも整っているとはいえないボロの作業服が男性の近寄りがたさを醸し出している。

 当然、見知らぬ、それも堅気とは思いにくい見た目の男性の来訪にスピカは訝しげな顔で出迎えるが、それを「変装だ」と見抜いたソーラとマダムはなおさら怪しげな視線を。そしてその正体も一瞬で見破ったミウは驚いた顔で男に声をかけた。



「ガルネリウス子爵? なぜこのような場所に?」

「へぇっ!? 子爵様!?」



 スピカのお手本のようなリアクションをよそに、白髪の男性はそれを聞いて「見えてもいないのに一瞬とは、御見逸れしたよ」と若干気障っぽい口調で返す。声は若い男性のもの。男はフードを脱いだ後、流れるようにウィッグと付け髭を外すと、確かにそこにはガルネリウス子爵の顔があった。



「貴族様の変装にしては随分と捻くれたチョイスだね」

「だからこそ変装として成り立つんですよ、マダム・フローレンス。とはいえ、彼女の前では関係ない話だったよ。しかし、ここに入って数秒で見破られるとは」



 ガルネリウス子爵は三秒ほど考えた顔をしながら、ふと自分の足を地面にタップして、やっと合点がいった顔でミウに答え合わせを請う。



「『足音』かい?」

「正解。外から『あなたの足音』が聞こえたから」

「報告には聞いていたが予想以上だ。まさか全員聞き分けられるのかい」

「聞いたことがある足音なら。後は人間かそうでないかの判別と。聞いたことがない足音でも、年齢、性別、体格ぐらいなら七割方推測できる」

「なるほど。さすがは『音』の魔法使い。見えずとも人より世界を知る、か」



 ガルネリウスはミウから視線を外し、その後ろで車椅子を押しているソーラに視線が移る。品定めするような細い目つきで目を見合う。ソーラもまた、今までに出会ったことのない男性のタイプであるが故に、緊張して無言のまま。特に相手が貴族様、それも爵位の繰り上げが噂されるほどの人物であるならば、田舎娘にはなおさら接しづらい相手である。

 そんなソーラの面持ちを見て、咳払いをしながら「失礼」と軽く謝り、ガルネリウスは挨拶をした。



「君は初めまして、だね。失敬、己の名前を言う前に少女の顔ばかり見てしまうとは。礼儀がなっていなかった。名はガルネリウス、子爵を務めている。どうぞよろしくお願いするよ」

「そ、ソーラ、です。ミウの幼馴染で――確か、ミウを助けてくれたお方ですよね」

「ああ、その話は一旦置いていただけると助かる。ソーラ君か。君が『光』の魔法使い」

「一応、そうです。あまりそういう風に呼ばれたことはないですけど……」

「用事があるのは君たち二人なんだ。居てくれて助かった。――マダム・フローレンス。二人を公職冒険者として力をお借りしたい」



 返事を確認したガルネリウスは、案内所にいる全員に言い聞かせるような振る舞いで所長にそう言った。

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