第五章 海沿いの逃亡者
翌日、まだ目覚めないアディーと、それを看病するミルコを置いて、ロキとジェイドは買い物に出た。
ロキの身体はもう回復していた。ミルコにも言われたが、その回復力は異常だとのこと。ロキは外に出ると空気を思い切り吸った。肺にしっかりと流れ込んでくる。清々しさよりも、自分の異質さを痛感するばかりで気が晴れない。
ロキたちはカーショップに向かっていた。ジェイドが案内するとのことで、付いて来ているが、部屋の中にいても何も出来ることがないからと申し出たのだ。
「ここだよ。レンタルでも良いと思うのだけれど」
ジェイドが言って、カーショップの中に入って行った。そこには色んな型の車がずらりと並んでおり、ロキは初めて見るものが多かった。古めかしいいつの時代の車なのかというものや、真新しいものまで様々な車種が並んでいる。
ジェイドが車を品定めするように、一台一台眺めると、
「六人乗りの大きいのが良いよね」
言うと、ロキも周りを見渡す。
「そうですね。大きい方が良いですね。アディーの身体が休めれるような大きな車」
言って、どれが良いのかいまいち分からないロキは、車のウインドウから見える車内を吟味している。それを見たジェイドは、どこか心配するように、
「そうだね」
と、答えた。ロキが目覚めてからというもの、ロキは始終アディーの傍にいた。ただ傍にいてアディーの手を握りしめ、祈るようにしている。きっと、イロハのことも考えているのだろう。ジェイドはその真摯な姿を見て、声も掛けることが出来ず、ただただ心配するしかなかった。何も出来ないのは、僕のほうだ、とさえ思っていた。
ジェイドがふと視線を戻すと、ロキの姿が見えなくなっていた。あれ? と思い、ジェイドは車が並んでいる隙間を抜けてショップの奥に向かった。すると、キャンピングカーの前でロキが佇んでいるのが見えた。そのキャンピングカーはかなりの年代物で、車体の塗装は剥げているし、あちこち凸凹と傷が付いている。
ロキはその車体にそっと触れていた。まるで、慈しむかのように。
「ロキ君」
ジェイドが呼ぶと、ロキははっとして振り向いた。それからまたキャンピングカーを見つめると、
「これにしませんか?」
「キャンピングカー? いや、でも、古い車種みたいだし、二日三日使うだけだから、こんな高いもの買わなくていいと思うよ」
ジェイドはフロントに貼られている値段を見た。四十万ポイントもする。今のビーナス討伐ポイントのレートが一体で五十ポイントだから、かなりの値段である。それでもロキは、
「これ、中広いみたいだし、これならアディーも寝ていられるから」
「で、でも僕ここまで出せないし……」
「金なら俺が出します。それに金なんてもう、どうでも良いし」
ロキがそう言うと、ジェイドは苦笑して、頭を搔いた。ロキは店員を探しに行くと、
「あの、あそこの四十万ポイントの白い車、下さい」
店員は暇そうに掃除をしていたのを止めると、不思議そうな顔をして、
「あのキャンピングカーですか。まさか売れるとは思っていなかったですよ。キャッシュ? それとも振込にされます?」
「振込でいいなら今から銀行に行きます」
「かしこまりました。ではこちらに振込を」
言って、店員のIDを見せられた。それを確認すると、ロキはジェイドに、
「ちょっと振込に行くので、待っててください。たしか、来た道に銀行あったと思うんで」
「う、うん。分かったよ」
言って、ジェイドは手を振って見送った。
ロキは少し小走りになって銀行へと向かった。
銀行はカーショップを出て右折すると、その角にあった。IDを翳し、自動ドアを抜けると、中年の男が窓口に座っていた。ロキはサーマルセンサー探知機を取り出すと、
「ここのポイントをID 1089に四十万ポイント振込したいのですが」
「四十万ポイントですか。へえ、あんたかなりの猛者なんですね」
言われて、銀行員はサーマルセンサー探知機を操作して、自分の目の前にあるパソコンと繋ぐ。パソコンのキーボードに打ち込むと、画面に送金処理完了通知が出た。それから、一通り操作が終わると、
「まいど。あんたみたいな優男っぽい人でもこんなにビーナスが倒せるんだねえ。どうせなら殲滅してくれたらいいのに。殺戮の英雄みたいにさ」
皮肉を交えた言葉に、ロキは窓口に置かれたサーマルセンサー探知機を鷲掴みすると、男を睨みつけ、
「そう簡単に言葉にするな!」
思い切り怒鳴り付けると、銀行員はその剣幕に、「ひっ!」と声を上げた。ロキは目を伏せると、地を蹴るように銀行を出た。
しばらくしてロキがカーショップに帰ってくると、ロキは不機嫌な表情のまま店員の元へ行った。店員はロキの剣幕に押されるように、おずおずと、鍵を差し出した。
「ポイントの振込、確認致しました……。どうぞ、お持ち下さい。お買い上げありがとうございます」
「……どうも」
ロキは店員から鍵を受け取ると、ジェイドに渡した。ジェイドはあまり気を立てているロキを見たことが無かったのもあって、どう声を掛けようか戸惑っていると、ロキの方が、
「運転お願いします」
とだけ言うと、買ったばかりのキャンピングカーの方へ歩いて行った。ジェイドは、咄嗟に、
「りょ、了解だよ!」
と、微笑むと、二人は車に乗り込んだ。
ジェイドの運転する車がガレージの前に停まると、ロキとジェイドは車から降りた。ロキはまだ不機嫌な表情を止めないが、ジェイドはその空気をなんとか変えようと、明るい声で、
「ロキ君、なんとなんと、ここはガレージなんです!」
「……知ってますけど?」
「じゃなくて! ガレージっていうからには車が入らないとおかしいよね? というわけで、えい!」
言って、ポケットから小さな端末を取り出すと、それをガレージのシャッターに向けて押した。すると、シャッターがギシギシと音を立てて上がっていった。ずっとシャッターを上げていなかったせいか、埃も舞う。すると、中でソファーに座っているミルコと、ベッドで横たわっているアディーの姿が陽の光に照らされた。
「車入れるよー!」
ジェイドがミルコに向かって叫ぶと、ミルコは、目を細めて、
「でか……」
と、嘆息していた。ジェイドはロキを部屋の中に入れると、運転席に乗り、ガレージの空いていたスペースに駐車させた。ガレージがだいぶ狭くなってしまい、ミルコはひとり嫌そうな顔をしていた。
「よし、入れられたね! ちょっと埃臭くなっちゃったけど」
ジェイドが車から降りると、あははと笑った。ミルコがキャンピングカーを一瞥すると、
「こんなでかいのをサーマルセンサーに探知されないように工事してたら、日にちばかり経つのに……」
はあ、とまた深いため息を吐く。ロキはそれを気にもせず、アディーの傍に行くと、手を握った。
「アディー……」
言って、祈るように膝を着くと、アディーの手がぴくりと動いた。ロキはそれが分かると、顔を上げてアディーの顔を覗き込んだ。それから、
「アディー! アディー! 俺だよ、ロキだ。アディー、アディー!」
繰り返しアディーの名前を叫ぶと、アディーは瞼を何度か動かすと、目をゆっくり開いた。
「……ロ、キ?」
「アディー!」
言って、ロキはアディーの身体にしがみつくと、アディーは、
「うおっ、ロキ、痛えって……。ロキ、お前生きてたんな、良かったわ……」
「生きてるよ! アディー、ごめん、俺のせいでアディーまでこんな目に……」
「良いってことよ。って、イロハ、イロハはどうなった!?」
言って、身体を起こそうとする。「痛っ!」と、無理に起こそうとして身体を捩るアディー。それをロキは支えてやると、首を横に振り、
「……イロハは連れ去られてしまった」
「そ、そうか……」
言って、アディーはまた横になると、ロキは、唇を固く結んだ。それ以上言葉が出てこない。項垂れているロキの姿を見てアディーはミルコの姿を見つけると、
「……で。俺の寝てる間に奪還作戦でも立ててるんだろ? 聞かせてくれよ、ミルコ」
「分かってんじゃん……」
言って、アディーとミルコはニッと笑い合った。
ミルコはアディーに今まで決めた概要を伝えた。アディーはそれを一通り聞くと、
「分かった。俺はしばらく戦力になりそうもねえけど、そのF地区でアマテラスプロジェクトの本拠地を探してる間になんとか回復させる。足でまといにはなりたくねえしな。イロハだって、長い時間どこかに連れ去られたままじゃ不安だろうしよ」
言うと、ミルコは置いてあった鋼を黒く塗ったアンダルシアを取り出すと、
「うん。F地区に行ったら、G地区をしばらく監視したいんだ。このアンダルシアで」
ロキがアンダルシアを見て、
「アンダルシアを黒く塗っただけじゃないんだ?」
「そうだよ。アンダルシアにモニターを付けた。これで飛空させながら、ドローンのように偵察する。あんたたちが寝てたときに何もしないわけないでしょ、僕が」
「そうだね」
言って、ロキがやっと笑顔を見せた。それを見て、ミルコは、
「とにかく。一日も無駄に出来ないよ。イロハがどうなるのか分からないし、いつ僕らも狙われるか分からないしね。管理者が未だに静かにしているうちに動かないと」
言うと、全員が頷いた。ジェイドが、
「じゃあ、アディー君には体力付けて貰わないとだね。食事を用意するよ。何が食べたいかい?」
「肉が良いな!」
「消化に悪いからダメ~!」
「マジかあ……。ならなんか食ったことないようなもんが食いたい」
「うーん。じゃあ、ワショクってやつ作ってみようかな。レーシピ、レシピ」
言って、大きな本棚の方へとジェイドは軽やかに向かった。ロキはアディーの傍から未だ離れずにいる。アディーはそれを見て、
「ロキ、ぶっ潰そうぜ、この世界」
言って、拳を翳す。ロキはそれに自分の拳を重ねた。
「ああ」
二人は顔を見合わして、微笑んだ。
同時刻、イロハは裸にさせられていた。手錠をされたままで、シャワールームに来ていたのだ。虎柄の男も一緒だ。
「入れ」
言って、バスタブのある小さな部屋に入ると、そこにはビーナスではない大人の女がいた。イロハは初めて見る、ビーナス以外の女に驚きを隠せず、足を止めた。虎柄の男が、
「綺麗に洗え。それからこの服をあとで着させろ」
「かしこまりました」
女は丁寧に頭を下げると、虎柄の男は扉を閉め外へ出た。女は、
「バスタブの中に入りなさい。早く」
言って、足を動かさないイロハを思い切り引っ張りあげると、バスタブの中に入れさせた。それからシャワーのお湯を出すと、イロハに浴びさせた。女は、イロハの身体をスポンジで隅々まで洗っていく。イロハはびくりと身体を震わせながら、女に身体を触らせていた。
「もっと足を広げなさい。綺麗に洗わないとボスに失礼です」
言われて、嫌々ながら、女に洗われていた。ボス、と聞くとイロハは今まで自分がミッションで報告していた相手だと分かり、どこか拒否することができないでいた。身体を洗い終わった女は、イロハの髪もごしごし洗う。石鹸が顔にかかると、イロハは目を閉じた。ロキと離れて数日が経ち、ロキとはもう会えないのかもしれない、そう思うと、涙が溢れそうになる。
ジャーと、思い切りお湯を掛けられると、女がタオルでイロハの頭を拭いた。イロハは目の前の女の顔をそっと見た。すると、その視線に気付いた女が、
「……ビーナス以外の女がいないと思ってたのでしょう。私たち人間の女は存在するのですよ。さあ、今度はこの服を着てください」
言って、白いワンピースのドレスを手に取った。ホルターネックのワンピースだ。足元から潜らせると、首元でリボン結びをして留めた。胸元にフリルが付いていて、高級な仕立てのようだ。
全ての作業が終わると、女は扉の外に出た。そこには虎柄の男がいた。
「滞りなく終わりました」
言って、女は恭しくお辞儀をする。虎柄の男は汚れが落ちたイロハを一瞥すると、ふん、と鼻を鳴らし、
「行くぞ」
言って、イロハを連れて長い廊下を歩き出した。イロハはただそれに従うように付いて行った。もう、自力ではこの男を拒否することが出来なくなっていた。
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