(2)
しばらく走っていたが、どうにかビーナスを捲けたと思ったロキは、ポケットから電子方位端末を取り出した。このまましばらく慎重に歩いていけば、補給地区にたどり着けそうだ。
それにしても、今日は暑い。空を見上げると雲ひとつない空。腕時計を見てみると、今はちょうど昼の一時。気が緩んだせいか、ぐう、と腹が鳴る。
「くそお、ジャーキーくらい取っておけばよかった……」
ロキは、はあ、と嘆息すると、首を項垂れる。腹をさすりながら、周りは錆びついたビルが立ち並ぶ街を歩く。さっきまでいた砂丘のような場所から離れられたことだけが安堵できる。早く水が飲みたいと乾いた喉を少しでも潤わすように唾を飲む。
ここは地球に霊長類ヒト科の人間が誕生してから、とうに二億年後の世界。百年前、天災、自然災害がひどく起こってしまったこの地球は、もうこの「ユートピア」と呼ばれる島しか存在していなかった。地震で大陸は沈み、大きな海に浮かぶのはこの島たったひとつだ。
ここが昔は日本だったのか、アメリカ大陸だったのか、アフリカ大陸だったのか、今はもう知る由もない。人がそれでも少数だが生き残り、存在した。それはよかったことなのか、神の試練なのか、それさえもわからない。
食糧危機にも瀕しており、少なくなった人類の中でも少子化は進んだ。
特にその原因となっているのも、この二十年前から始まった、ユートピアを統治する組織、「アマテラスプロジェクト」が存在してからだった。
それまでは、こんな廃墟ばかりの世界ではなかった。もっと、木々、花、水の溢れた島だったのだ。それが、今になっては、謎のクローン人間の少女たち、ビーナスという存在におびえる日々へと変わった。
追われるのは決まって、男のみ。女はクローン人間であるビーナスしかいない。人間の女は隔離され、どこかの施設に子どもを産むために保護されていると噂されている。それが本当かどうかは、ロキにはわからない。気づいたときにはもう、このビーナスに追われる日々が始まっていたのだ。
同じ顔、同じ声、感情のないビーナスは、サーマルセンサーを駆使して、男たちを見つけ出し、蹂躙する。中にはその戦闘で命を失う男たちもいる。なぜそんなことをビーナスたちがしてくるかは、追われる男たちは何もわからない。ただ、その原因は確実に「アマテラスプロジェクト」であるということだ。
ロキは一息つきたいと思い、ビルのちょうど涼しそうな鉄筋コンクリートでできているビルに入った。こういう人がいない場所でも、この島では水が出たり、電気が点いたりする。おそらく、補給地区が存在すると同時に、戦闘フィールドであるこの廃墟でも生命維持をわざとさせるためにライフラインが整っているのだろう。ロキも最初はそれが皮肉でしかなかったが、今となっては有難くいただくだけで、当たり前のことになっていた。
入り口付近に手洗い場があった。トイレも併設している。ラッキーだ。水は蛇口を捻ると簡単に出た。ロキはごくごくと勢いのある水の流れに口を付けた。数時間ぶりの水分は体を潤してくれる。
ついでに顔も洗うと、ロキは頭から水をかぶり、左右にわさわさと振って水気を飛ばす。ロキの目鼻立ちの良い顔を水分が滴っていく。
「ふう、生き返る! にしても、このB地区は今日は誰もいないのかな。だれかいると補給地区まで歩かずに食べ物を分けてもらえるのに……」
言って、また腹をさすった。ぐう、と相変わらず間抜けな音が鳴る。ロキはトイレで用を足すと、水場で靴を脱ぎ、足を洗うと、ペタペタと裸足で、ビルの二階に上がった。
ロキの荷物は背中に背負っている大きなバッグだけ。あとは軽い着心地のシャツに、汚れたチノパンツ。服の砂埃だけついでに払い落とす。
ビルの二階はパイプベッドがある部屋がすぐに見つかった。窓もある。窓に近づくと、窓を開け放ち、新鮮な空気を入れる。かび臭いがもう、それは気にもしない。それからパイプベッドに横たわった。
「ビーナスが接近すれば、こいつが鳴るだろう。とりあえず腹減ったし、寝て忘れるかな。いつかはだれかに会えるだろう……ふぁあ」
独りごちて、ベルトにつけている、ビーナスが所持しているサーマルセンサーに反応する手のひらサイズのアンテナ機器をコツンと指ではじくと、ロキはそのまま目を瞑った。静かに寝息を立てて、少しでも安らぎがある夢の中に落ちていった。
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