(2)
バイクは南東へ向かった。二十分ほど走らせていると、前方に緑の生い茂った、農村のような場所が見えてきた。昼の蒸し暑い気候の中でも、山の高度が高いせいか、どことなくさっきより涼しく思えた。
「アディー、あそこが補給地区かな」
「ああ、おそらくそうだな。入るぞ!」
言って、ロキたち一行はその農村に向かった。外から見ると、その農村は、家畜を飼育している小屋のようなものが立ち並び、畑もあるようだ。小さなバンガローのような家も見える。山の場所にとても似つかわしいその場所の入り口を探す。そのときアディーが、入り口の手前で停車させた。
「なあ、正面から入っても問題ねえかな。俺ら一応手配犯だし」
言うと、ロキもうーん、と考えた。確かに、不用心ではある。
「でも、管理者の目を掻い潜って入ったとしたら、それこそ不審者じゃない?」
ロキが答えると、「まあそうか……」とアディーが言うと、バイクのエンジンを掛けなおして、
「とりあえず、正面突破するか」
「そうだね。なんかあったら逃げよう」
苦笑しながらロキは答えると、アディーも笑い返し、バイクで管理者が立っている正面入り口に辿り着いた。
正面に辿り着くと、ここのC地区、補給地区管理者はどこかぬぼっとした男が座っていた。アディーはバイクを停めて、男に話掛けた。
「すんません。ここ、バイク停める場所ある?」
一応、顔を伏せて言うと、管理者は「ああ」と零すと、気だるそうに、
「ここは農村だ。比較的治安がいい。だから、自己管理ってことで、中に勝手に停めればいい」
言うと、管理者はふわあとあくびをして、うとうととしだした。
「お、おう。さんきゅ」
言って、ロキとイロハがバイクから降りると、アディーは手押ししながら中へと入っていった。
中に入ると、だだっ広い村が広がっていた。入り口の付近には牛小屋があり、「モーモー」と牛の鳴き声がする。その隣には畑が広がっていて、男たちの往来も少ない。どちらかというと、年配の男たちが農具を持って、あちこちで作業をしている様子が見て取れる。
ロキは、ほっと嘆息すると、イロハの手を握って歩き、アディーはちょうどいい木陰を見つけると、そこにバイクを停めた。
「良かったね。普通には入れて」
「ああ、まだ情報が統制されてないのかもしれねえな。とにかくまずは食料を補給するか。店はどこだ」
言って、二人は歩きながら店舗を探した。本当に広い敷地内のため、家屋もばらけて建っており、同じような造りの建物が多いため、探すのが困難だった。
しばらく歩いていると、「雑貨屋」と書かれた看板が見えてきた。
「あ、あそこがそうみたいだね」
ロキが見つけて指をさすと、アディーも頷き、その店へと入っていった。イロハは「に、く?」とロキの顔をじっと見つめていうが、ロキは微笑み、「ジャーキーはあるよ」とだけ答えた。イロハは顔を綻ばせたような気がした。
「いらっしゃい」
店主がロキたちを見てそう言った。店内は食料から、武具、日用品に至るまで置いてある小さな店舗だった。ごちゃごちゃと整理されている様子ではない。
ロキとアディーは食料品が置かれている場所に行くと、水1ダースと、ジャーキー、乾パンを抱えるだけ抱えた。
「バイクに全部乗るかな?」
「うーん。俺一人旅だったら別に問題なかったけど、お前らが後部座席にいるからなあ。狭くなっても我慢するならいけるんじゃね?」
「うん、それくらいなら別に我慢するよ。いつ補給地区に入れなくなるか分からないし。食料も減るもんだし」
「そうだな。ってことで、ロキの奢りでヨロシク」
言って、アディーはレジまでその食料を持っていくと、ロキは「はいはい」と零しながら後に続いた。レジまで行くと、おじいさんの店主が「まいど」と言って、レジを打ちだした。そのとき、イロハがまだ着いてきていないのに気付いたロキが、店内を見渡すと、イロハはお菓子コーナーでじいっと立ち止まっていた。ロキはレジをアディーに任せ、イロハの元に行った。
「どうしたの? イロハ」
すると、イロハはチョコレートの詰め合わせを手に持っていた。ロキの姿に気づいたイロハは、今度はじいっとロキの顔を見つめた。
「もしかして、チョコ食べたいの?」
言うと、イロハはこくん、と頷いた。ロキはイロハの頭を撫でてやると、そのチョコレートの詰め合わせを持って、
「じゃあ、これも買おう。二袋買っちゃおう。チョコは栄養価も高いからあったら便利なんだよ。甘くて美味しいしね」
「あう」
イロハはどこか満足気な顔をした。ロキはレジにチョコレート詰め合わせを置くと、
「これもお願いします」
「お、チョコじゃん! 気が利くねえ、ロキくん」
「これは、イロハのもんだから、アディーにはやらないよ」
「なんだと!? イロハは俺にくれるよね~?」
「あう」
「えらい! 流石イロハ!」
アディーがイロハの頭を帽子を被っているのもお構いなしにガシガシ撫でてやると、イロハは、「うー……」と不機嫌な顔になった。アディーは「くはは!」と腹を抱えて笑った。
会計が済むと、大荷物で歩くのも大変だということで、バイクに荷物を置いて、村を廻ることにした。
「腹が減っては戦はできぬ」
「そうだよねー。どこか食事のできるところあるかな」
ロキたちは畑を通り過ぎると、そこはまた家畜小屋が見えた。今度はどうやら鶏小屋のようで、「コケー」と鶏の鳴き声が煩く聞こえた。その先へ進むと、「レストラン」と消えかかった文字で書かれた木造の平屋が見えた。この村ではまあまあの大きさの建物だ。
「あ、あそこがそれっぽいね」
「おう! 早く行こうぜ!」
言って、自然と足早になる三人は、その店へと入っていった。
店内に入ると、そこは閑散としていた。お客がほとんどいない。暇そうに立っているのは年老いた男性で、エプロンをしていたから、かろうじて店員だとは分かった。
しかし、その閑古鳥が鳴いている店内で、ひと際目立つ少年がいた。――そう。先刻出会ったあの少年だ。傍らに大きなロボットのオオカミを座らせて、オムライスを食べている。
それを見たアディーが、店内に響き渡る声で、
「あー! お前! さっきの!」
言って、その少年の方へ近づくと、少年は一瞥するも、構わずオムライスを食べた。少年のいるテーブルは大きく六人は座れる木のテーブルだ。少年の反応も気にせず、アディーが笑顔をたたえながら対面に座った。ロキは空気を読まないアディーにただただ嘆息した。イロハはオオカミを見て、素早くロキの後ろに隠れた。先刻、襲われたことが余程怖かったらしい。
ロキは「アディー! アディー!」と、顔を歪めて呼んだ。正体の分からない少年に警戒もせず近づくアディーの神経が分からなかったからだ。しかしアディーはその声に反応し、振り向くも、構わず手招きをした。
「大丈夫だって、来いよ」
言われて仕方なく不審がりながらもロキは、イロハの手をぎゅっと握り、おずおずと少年の席へと向かった。オオカミはどうやら今は何も反応せず、大人しく座っているだけだ。イロハは変わらず「うー……」と唸っている。
少年は対面に座られたアディーを無視し続けながらオムライスを頬張っている。しかしアディーはお構いなしに身を乗り出してその少年に訊ねた。
「なあ。お前、そのロボット、なに?」
単刀直入に言った。少年はスプーンを口から出すと、「だる……」とぼそりとジト目を向けて言った。それからロボットのオオカミを見て、
「これは、僕が作ったオオカミ型の対ビーナス用戦闘機だよ……」
「へえ! すげえな!」
アディーは感嘆の声を上げる。ロキはそれを聞いて、イロハを更に自分の後ろに下がらせた。するとそれに気づいた少年が、
「……その後ろの子。ビーナスでしょ……。なんで、あんたたち一緒にいるの」
訊かれて、ロキはごくりと生唾を飲み込んだ。それから、ゆっくりと、
「き、君には関係ないことだよ……。そのオオカミでこの子を攻撃しようとしたら君を殺す」
キッと少年を睨み付けてロキが放つと、少年は深くため息を漏らし、
「……別に、攻撃しようとなんてしてないでしょ……。今はセンサー切ってあるから攻撃しないし……」
それだけ言うと、またオムライスを食べ始めた。アディーがそのやり取りを見て、
「まあまあ。俺らも色々あって三人で旅してるんだ。俺の名前はアディー。こっちでイラついているのがロキ。その後ろにいるのが、イロハ。まあ、ここだけの話、元ビーナスだけど。イロハは特別な奴なんだ。気にしないでくれ。で、ここの店で一番うまいのはそのオムライスなん?」
アディーがじゅるりとオムライスを見つめる。少年は咀嚼すると、「ふうん」と零すと、
「……ここはオムライス以外は美味しくないから」
言って、傍らに置いてあった水をごくりと飲んだ。アディーがまだ緊張を離さないロキを手招きして、
「俺らもオムライス食べようぜ! 店長! オムライス三人前よろしく!」
大きな声で老人の店員に話掛けると、「あいよ」と言って、厨房に入って行った。アディーがロキの手を無理やり引っ張って、隣に座らせた。ロキはまだ訝し気に少年を見つめていた。イロハもロキが座ったから隣にちょこんと座るも、ロキの腕を掴んで離さない。
今度はロキが少年に訊ねた。
「ねえ、俺らのことは話したから、今度は君のことを教えてよ。なんでそんな兵器を持ってるの。作ったってどういうこと」
少しきつく吐くと、少年はまた「はあ……」とため息を漏らし、渋々と云ったように、
「……僕の名前はミルコ。年齢は十七になったばかり。僕はメカニックなんだ。僕には腕力がないし、ここで生きるためにはこういう兵器に頼らないとやっていけない。だから作ってる」
目線を合わせずに淡々と言うミルコに対して、ロキは少年の身体をよく見た。たしかに、肉付きもよくなく、全体的にほっそりしている。それに身長も高くない。顔は色白で、陽に焼けた様子もない。顔立ちは幼く、成人しているアディーやロキと違って、本当に小柄な少年という感じだ。健康的なアディーとは真逆のタイプと云っていいだろう。
ロキは続ける。
「君、そのオオカミ。対ビーナス用って言ってたけど、なんで離れた場所にいたサーマルセンサー装置を付けていないイロハのこともそのオオカミは反応したの? それが一番気になるんだけど」
言うと、少年はオオカミの鼻を優しい手つきで触りながら、
「……このファイアは特殊なんだ。犬の嗅覚の千倍はある。それにAIでビーナスの匂いや汗、つまりDNAだけを探知するように特化してある。だから、サーマルセンサー装置を付けていないビーナスのことだってファイアは分かるんだ」
「なるほど……」
ロキは、手を顎に当てて、頷いた。だからイロハに襲いかかってきたのかと。すると少年がジト目を向けて、
「僕のことは話したよ。今度はあんたたちのこと。なんでビーナスを連れているのってずっと聞いてる」
「……君のことをまだ信用できないから今は言えない」
ロキが言葉を選んで言うと、少年が「……あっそ」と、零すと、残っていたオムライスを全部平らげ、立ち上がった。アディーが、
「おい、もう行っちまうのか? まだ話そうぜ」
止めようとするも、少年はふいっと顔を背け、
「……僕の研究に役に立ちそうもないならあんたたちに用はないから」
言って、店員の元に行き、会計を済ませ、店から出て行った。オオカミも後ろからトコトコ付いて行った。
残されたロキたち。アディーが、少年に向かって「またな!」と手を振った。そのあとロキにジト目を向けて、
「ロキ。お前さあ。あそこまできつく言うことねえんじゃねえか? もしもあいつを味方に出来たらとか
考えねえの? 会ったときから思ってたけど、お前コミュ力ねえよ」
「うるさいなあ。イロハのこと見抜かれてるのに、仲良くなんか簡単に出来ないよ。アディーが特別に慣れ慣れしいだけだって」
「俺はそうやって生きてきたの! 情報得たいんだろ? だったら、話出来るやつとしていかなかったら意味ねえじゃん。お前それでどうやってアマテラスプロジェクトのこと入手しようとしてたんだよ。ちょっとは頑張れよ」
言われて、ロキはムッとするも、確かにこれから情報をもっと得にくくなる状態になるのに、このままではいけないような気もして、「そうだね。悪かった」と、素直にアディーに頭を下げた。アディーはロキの肩を叩き、
「良いって。またミルコに会えたらいいんだけどなー」
「……そうだね」
言うと、ちょうどオムライスが三人前届いた。オムライスは黄金色に輝く卵が皿の上に広がっていて、ケチャップが沢山掛かっている。甘い匂いが鼻孔を擽る。
「とりあえず、腹ごしらえだ! うん、うめえ!」
アディーがもぐもぐと口の中に放り込んでいく。ロキもイロハにスプーンを持たせると、
「これはオムライス。さ、食べてみて」
「おむ、らい、す? に、く?」
「肉じゃないけど、肉は中に入ってるかもね」
言うと、イロハは目を輝かせて、無造作にスプーン握ると、オムライスを頬張った。ロキもそれを見ると、オムライスを一口食べた。ケチャップライスがふわふわと口の中で蕩けるようだった。
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