第三章 機械仕掛けの歯車

 林を抜けると、そこは山道だった。

 でこぼことした足場に、バイクはあちこち揺れ、山道をとにかく走っていた。ただ目的もなく走っているわけではなく、電子方位端末をもとに、C地区の補給地区を目指していた。

 電子方位端末をアディーの運転の代わりに、後ろでロキが見ながら、声を少し大きくして、


「あと十キロくらい先にありそうだよ。お昼には食事にありつけそうだ」

「おーけー。このままビーナスにさえ捕まらなければなんとかなりそうだな」


 言って、アディーのバイクは木々をすり抜けながら、進む。その時だった。やはり、このまま自由に行かせてくれるわけでもなく、二人のサーマルセンサー探知機がけたたましく鳴る。アディーは、チッと、舌打ちすると、後ろを少し振り向いた。


「ロキ! お前の命は俺次第だって言ったよな? その命令、今する! ビーナスが追ってきたら、必ず攻撃するんだ! 分かったか!」


 キッとロキを睨むアディーに、ロキはどこか脱力した感じで、「はいはい」と云うと、腰から弾薬を取り出し、


「これでけん制するよ! それで文句ないよね? アディーも捕まらないように走れよ!」

「わかってらあ!」


 言って、装甲バイクは唸りを更に上げた。ブルンブルンと排気音が大きな音を立てて、森に反芻する。しかし、いくら走っても、サーマルセンサー探知機の音が止むことがない。


「くそ! 逃げきれてねえってことかよ!」


 アディーが苦虫を噛んだような顔をして、バイクのエンジンを吹かす。すると、ロキが背後をじっと見ていたときに、人影がみっつ現れれたのに気づいた。


「アディー! ビーナスが三体もいる!」

「なんだってえ!?」


 言って、アディーは思いきり速度を上げた。しかし、これ以上この森でスピードを上げるのは事故を起こす危険がある。ロキは弾薬に火を点けると、それをビーナスたち目掛けて放り投げた。


 ドカン、という音が森林の中響く。しかし、その弾薬のせいで、木々に火が点いたようだ。煙が風に吹かれて、ロキたちの方へと舞い上がってくる。


「ロキ! 何してんだよ!」

「弾薬使うなとは言われてない!」


 冷静に考えれば、こんな燃えやすいものがある中での弾薬は山火事を起こす原因にもなるよな、とロキは後から自分の思慮が欠けていたことに落胆した。イロハが、「こほこほ」と口に手を当てて咳込んでいる。それからイロハはロキに向かって、


「ろ、き。じゅう」


 と、声を掛けると、ポケットからベレッタを取り出していた。ロキはそれを下げさせると、


「イロハはもう戦わなくていいよ。なんとかして今を……ってああ! ビーナス怪我してもお構いなしに追いついてくるよ! もっと速度上げらんないの、アディー!」

「出来てたらとっくにしてるっつーの!! 俺のショットガンで撃ちぬけよ!!」

「やだ!」

「こんの、分からずのアホおおおおお!」


 言って、アディーは急ブレーキを掛けながら、進行方向を変え、進んだ。そのときだ。ロキの目の前に銀色に光る鉄でできた何か大きなものが通りすぎた。

 その大きな影はよくよく見ると、動物の形をしている。それもかなり大きい。2メートルほどはあるだろう。そう脳内で処理が追いついた瞬間、ビーナスたち三体が、一気にその鉄の動物に噛み砕かれたのだった。ビーナスたちの断末魔が響く。

それからその鉄の動物がビーナスたちを蹂躙すると、のしのしとロキたちの方へと近づいてきた。

 よく見ると、それはオオカミのようなフォルムで、鋼鉄で出来ているものだった。

 ロキは初めてみる動物のロボットに驚いた。ロキが黙っていると、アディーがビーナスの悲鳴を耳にして、背後を振り返ると、


「ロキ、やったのか!?」


 そう訊ねると、ロキはかぶりを振り、


「いや、なんかロボットが現れて、助けてくれた」

「は?」


 そう言っているのもつかの間。そのオオカミのロボットは急にロキたちのバイク目掛けて走り出してきた。瞬間、イロハを目掛けて、その大きな口を開けた。


「ろき!」


 言って、パンと、ベレッタを放ったイロハだったが、その弾丸は無力に弾かれてしまった。バイクはアディーの咄嗟の機転で地面すれすれに反らして躱すことができた。ロキは落ちそうになるのをイロハを抱きかかえこらえた。


「なんだ、このロボット!」


 アディーがそう叫ぶと、森の奥から「ストップ、ファイア」と声が響いた。男の声だ。その声とともに、ロボットのオオカミは動きを静止しさせた。


「……なんだ?」


 ロキはその場でお座り状態になったロボットのオオカミをじっと見ると、アディーの視線の方向からフードを被った少年がそろりと出てきた。手には何かのコントローラーを持っていた。その少年が続けて、


「カムヒア、ファイア」


 と言うと、オオカミはその少年の元へ、トコトコと歩いて行った。それからアディーが、しかめっ面で、


「おい、お前。そのオオカミ、お前のものなのか?」


 そう言うと、少年はフードを目深に被り直し、


「そうだけど。あんたら、ビーナス連れてるだろ……。それ、なに……」


 気だるそうに言う少年に、ロキは、バイクを降りて、スタンブレードを構えると、


「君に関係ないだろ」


 端的に言うと、「あっそ……」とだけ少年は返した。それからオオカミに向かって、


「レッツゴー、ファイア」


 それだけ言うと、森の中に入って行った。ロキたちは呆然とした。この少年は自分たちを助けてくれたのか、それともただポイント稼ぎにビーナスを倒したのか。しかし、なぜロキたちと一緒にいるイロハのことが分かったのか。謎が深まるばかりだった。

 その少年がしばらく歩いていくと、


「あんたら、ここ、火。回るよ……」


 それだけ言うと、少年はオオカミの背中にぴょこんと乗ると、素早く森の中を駆け抜けて行った。

 残されたロキたちは、後ろを向くと、火がすぐそばまで迫ってくるのにやっと気づいた。


「うおおお、やべえ! ロキ! 乗れ! とにかくここを抜けるぞ!」

「あ、ああ!」


 言って、その少年を追うかのようにバイクは駆けだした。あの少年は一体なんだったのだろうか。ロボットを従える人間なんて今まで会ったことがなかったロキは物珍しさとイロハへの攻撃にただただ疑問が湧くだけだった。



 しばらく走っていると、出たのはアスファルトで舗装された道路だった。


「え? 道路? ってマジかよ。ここ、ちゃんと車やバイクが通れる山だったのかよ……」


 アディーが肩を落とすと、ロキが回りをきょろきょろ見ているイロハの帽子を被り直してやりながら、


「まあ、肉の仕入れが楽なら、こういう道があるのもうなずけるよね」

「たしかに! くそ、盲点だったぜ!」

「アディー。どうやらこの南東に補給地区があるみたいだよ。道路にも出られたし、すぐに辿り着けるんじゃないかな」

「まあ、そうだな。案外C地区はB地区に近い場所にあるんだな。良かったわ」

「そうと決まれば、イロハのお腹がさっきから鳴ってるから急ごう」


 言うと、イロハが「に、く?」と小首を傾げて言うから、ロキは笑顔で、


「ああ、肉だ!」


 言って、バイクは南東へと向かって走り出した。もう昼の一時を時計の針は指していた。今日は蒸し暑い。後ろではまだ山の方から煙が上がっていた。

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