(5)
ジェイドに付いて行き、しばらく街を散策していた。行き交う人々は二十代から三十代といった風貌で、比較的に若い。それにスタイリッシュな恰好をしている人が多い。
ジェイドは白衣を着ているが、ザ・科学者といったふうで、白衣のポケットに両手を突っ込んで歩いている。
アディーは物珍しそうに、人間観察をしていた。自分とは違う人種がいるようで、興味深いようだ。ロキは少し目線を低くして、ジェイドに付いていっている。イロハもロキの横にぴたりとくっついて辺りの賑わいが少し怖いのか、きょろきょろと周りを窺っている。
ジェイドが、隣にいるアディーとロキの方を向くと、
「ミルコって、可愛いでしょう?」
言って、頬を赤らめて言う。それを見て、アディーが、うーん、と考えると、
「まあ。可愛いか可愛くないかって云えば、可愛くないな」
「なんてことだい! ミルコの可愛さに気づかないなんて、人生損してるよ、アディー君! ロキ君は可愛いと思うよねっ?」
「えっと。そうですね。可愛いんじゃないでしょうか」
「なんだい! 曖昧な発言は! 僕はね、博士が亡くなってから、ミルコが絶望してしまって、立ち直るか心配だったんだ。ああ見えて、ミルコは繊細だからね。当時僕たちは同じラボにいたんだけど、博士の残した機材を持って、ひとりになりたいって言いだして。僕は、こっちで商売をしていたから、動くことが出来なかったから。まだ子どものミルコをひとりで別の場所に送るのは少々きつかったんだ。でも、立派にやってるみたいで安心したよ」
言って、柔らかく微笑む。ロキも少し笑って、
「……俺も、ミルコの研究があったから、自分がビーナスの息子だってわかりましたし。それまで自分はなぜこんなにも狂暴な力が備わっているのか不安で仕方なかったですから。そういう面ではミルコに感謝しかないです」
「そうだったね。ロキ君はビーナスの息子なんだよね。プロトタイプを殺した殺戮の英雄の話は、D地区でももっぱらの噂だったよ。でも、プロトタイプって成熟した女性の身体をしたビーナスだよね。僕も見たことがあるよ。でも、どうして、今のビーナスは全て少女の形をしてるんだろうな」
言って、ふむ、とジェイドは顎に手をやる。今度はアディーが、
「そういえば、二年前のプロトタイプ殺戮事件以来、ぱたりと出てきてないもんな、プロトタイプは。アマテラスプロジェクトもなんの陰謀で、こんなことをしているのかさっぱり意図が分からんな。兵器としての強さを求めるならプロトタイプのままで良いだろうに」
「そうだねぇ。たしかに、兵器としてはプロトタイプの方が優秀だと思うよ。僕もプロトタイプの研究をしたことがあったけど、今のビーナスはある程度戦闘慣れしている人なら、誰でも倒すことはそんなに難しくないしね。僕の商売のひとつなんだけど、腕力のない人に補助器具を作って、ビーナスに対抗できるようにしたり、ロボットを売って、それを兵器代わりにしたりといったことを提供しているんだ。他の地区からの買取が結構あるんだ」
「へえ~。ジェイドってすげえな。ミルコもすげえけど、ミルコは商売にはしてないもんな」
言うと、ジェイドが苦笑いをして、
「僕は博士に恩はあるけど、別に生活に不自由していなかったから。この世界がどうなろうとあまり興味がなくてね。でも、ミルコはビーナスを恨んでいた。この世界を恨んでいたから、遠くに行ってしまった。そういう意味では、君たちと意気投合したのも納得がいくんだよ」
言って、ジェイドはどこか寂しそうな顔をした。アディーは遠くに光るビルの窓を眺めるように目線を細くすると、
「まあ、俺も、自由になりたいとはずっと思ってたけど。B地区は結構話が合う奴ら多かったから、何不自由なく生活していたし。そういう面では、ロキと出会って、俺も変わったのは確かだな」
言って、ふっと微笑むと、ロキは、口角をそっと上げ、
「……俺も、アディーがあの時助けてくれなかったら、命を粗末にしたまま、死んでいたかもしれないし」
言うと、アディーはロキの背中をバシっと叩くと、
「これも運命ってやつだな!」
「うん」
二人は顔を見合わせて、微笑んだ。ジェイドがそれを見ていて、どこか満足そうな顔をした。それからイロハの方を見ると、
「そういえば、そのビーナスの子に名前付けてたよね。イロハちゃんだっけ。なんでイロハなの?」
言われて、イロハは、どきりとして、ロキの後ろにさっと隠れた。ロキがイロハの頭をポンと叩くと、
「この子は、No168なんです。だからイロハ」
「なるほど。語呂合わせでイロハちゃんなんだね。この子はだいぶロキくんのことがお気に入りみたいだね」
「はい。なんだか、母親っていうより、妹って感じで」
「まあ、そうだよね。少女の姿をしているし。ショートカットもよく似合っているよ」
言って、ジェイドは、訝し気に見ているイロハに笑顔を向けた。イロハはまだ人に完全に慣れていないようだった。
しばらく雑談をしながら歩いていると、「Department store」と大きく看板が掲げられたビルが見えた。明るい照明が付いている。ジェイドが、それを指さし、
「あそこで何でも手に入るんだ。日用品から、工具、食料品に、衣料まで。ケーキが食べたいんだったよね。食料品売り場に行こう」
言って、立派な柱で支えられたそのビルの一階にある自動扉の前へ進んだ。アディーは初めて入るビルに高揚し、軽い足取りで付いて行った。
中は昼間なのに煌々と明かりが点いている。一階はどうやら日用品売り場で、色んな雑貨が売っていた。見慣れない風景にロキは辺りを見回した。
「なんだか、俺が見てきた雑貨屋とかと違って、なんていうか、人工的ですね」
「そうだね。D地区は百年以上前にあった建造物がそのまま再現されてるんだ。科学者たちの力でね。文献も多くはないけど、地主様が色々かき集めてくれたお陰でこの街があるみたいだよ。地主様って分かるよね?」
言われて、ロキが頷くと、
「えっと、たしか、ジェフ・マホーンとか云う……」
「そうそう。彼も科学者だったんだ。彼はその知識を駆使して、このユートピアを再建された。今のアマテラスプロジェクトの傘下になってしまったこの国は、ユートピアという言葉とはほど遠いディストピアになっているけれど。それでも、僕ら科学者はこの国の発展のために色々日々研究をしているんだよね」
「大変ですね……」
ロキは頷きながらそう言った。ジェイドは、はは、と笑うと、
「とは云っても、地主様みたいな政治ができるような科学者は本当に少ないと思うよ。何せ、アマテラスプロジェクトの統治下になってからは、情報規制がひどくなったから。色んな過去の文献も取り上げられてしまったし」
「そうなんですね……。全く知らなかったです」
言うと、ロキは、この世の中のことをほとんど知らなかったことに落胆した。何も知らないまま、アマテラスプロジェクトを潰し、この世界を変えたいと思っていたが、その先のことまで何も考えていなかった。もし、自分の出生のことがもっとわかって、この世界を変える勇者となりえるなら、ジェイドのような科学者や、ミルコのような少年、アディーのような世界を楽しみたい人間たちがどうやったら平和に暮らせるようになるか。そこまで考えておくべきかもしれないと、この時初めて思った。
ジェイドたちは、エスカレーターの前に立った。動く階段が目の前に現れて、アディーは大仰に驚いた。
「うおおおお、なんだこれ! 階段が動いてるぞ!」
慄くアディーを見て、あははと笑うジェイドは、エスカレーターに足を踏み入れると、
「これは動く階段で、エスカレーターって云うんだ。アディー君たちも乗ってみなよ。歩かなくても、次の階に送ってくれるから」
「マジか……! 科学者すげえな!」
言って、アディーもエスカレーターに乗り込む。ロキも初めて見るエスカレーターにドキドキしながら、乗り込んだ。イロハはカタンカタンと揺れる階段が面白かったのか、興味深そうにじっと見ていた。ロキが乗り込んだからイロハもぴょんとそこに乗ると、エスカレーターはイロハの身体をすうっと運んで行った。
地下一階に行くと、そこは食品売り場だった。食料品がところ狭しと並んでいる。
「ケーキはあっちだね」
言って、ジェイドが進むと、アディーは店内に充満している食べ物の香りに鼻をひくつかせる。
「なんか、旨そうなものが沢山あるんだな、D地区は!」
「そうだね。科学者が多いのもあるけど、ここは職人が多いんだ。だから、他の地区にはないような食品も売ってるんだよ。ああ、ここ。これがケーキだよ」
言って、ショーケースの中に、宝石のような小さなお菓子が並んでいた。アディーはショーケースに張り付くと、
「ロキ! 来てみ! これ、ケーキだってさ! なあ、どれにする?」
「アディーの好きなやつにしたらいいよ」
「マジか! イロハ、イロハはどれが良い!?」
テンションが最高に上がっているようで、アディーはイロハを横にしてケーキを選んでいた。イロハが、チョコレートの色をした四角いケーキを指さすと、
「あで、ちょこ。ちょこ」
「お~! じゃあ、それと、こっちの白いやつも欲しいな! あと、この緑色しているのは食べ物なのか? これも、買ってみるか! すんません!」
アディーがショーケースの向こうに立っている店員に話掛けた。
「はい、どれにされますか?」
「この、チョコみたいなやつみっつと、白いやつみっつ、あと、この緑のふたつ、それとオススメふたつちょうだい!」
「かしこまりました」
言って、店員は丁寧な所作で、ケーキを取り出すと、箱に詰めてくれた。
「合計で、六十ポイントになります」
「あいよ! じゃあこれで」
アディーが自分のポケットから金を支払った。ロキは自分の金を出そうとしていたから、
「アディー、俺が出すよ」
言って、金を店員に払おうとすると、アディーがニカっと微笑み、それを制すると、
「ここは俺の奢りで良いって。ロキにお礼もしたいしな!」
「アディー……」
言って、ロキはアディーに抱き着いた。アディーは身体を逸らし、ジト目を向けると、
「久しぶりに出た、ロキの抱き着き。マジ、それはいらね」
言うと、ジェイドは声を上げて笑っていた。
「良いね、君たち面白いよ! ミルコが君たちと友達になれて本当に良かった」
言って、どこか安心したように微笑むジェイドに、ロキは救われる思いだった。
それから、ロキたちは、着替えの服や、カレーライスの食材を買って、デパートを出た。
「すっかり、ショッピングを楽しんでしまったね。ミルコ怒ってないかな」
もうガレージを出て四時間も経ってしまっていた。外に出ると、アディーがケーキの箱から白いケーキを自分の口に入れ、オススメされたフルーツの乗っているケーキをロキに、チョコのケーキをイロハに渡すと、
「食ってみ! くそ、うまいぞ! ふわふわして、初めて食べる感触だぜ!」
言われて、ロキも口にした。もぐもぐと咀嚼すると、フルーツの酸味とケーキのクリームと馴染んで、口の中が蕩けるようだった。
「うん! 美味しい! へえ、ケーキってこういう食べ物なんだ。イロハ、どう?」
イロハもぱくりと口に入れると、口の周りをチョコ色に染めて、頬張ると、
「あう! ちょこ! うまい!」
全身で跳ねるようにアディーに言う。アディーはイロハの頭を撫でると、
「そうか、そうか! うまいか! イロハもしゃべれるようになってきたな! えらいぞ~!」
「あう! いろは、うまい!」
言って、嬉しそうにはしゃいでいた。
そんな平穏な時間が流れていたときだった。帰り道、外はすっかり茜色になってきた頃。前方から全身黒ずくめの黒装束を纏った男たちがぞろりと道路を塞いでいた。
「なんだ?」
アディーが訝し気にその男たちを見た。男たちはロキたちの姿を捉えると、素早くこちらに移動してきて、ロキたちを囲んだ。総勢二十人弱はいるだろう。黒ずくめの男の一人が、ロキを見据え、
「洗脳されたビーナスをこちらに寄越せ」
低い、険しい声で言う。ロキは咄嗟にイロハを自分の身体の後ろに隠すと、
「……お前たちは何者だ」
「それはお前たちには関係ないことだ。そこにいるビーナスを寄越さなければ、ここにいる人間たちを片っ端から殺していく」
「っ!」
ロキが、苦々しく男を見ると、その男が、他の男に顎で合図をした。すると今まで建っていたデパートの一階から大きな爆発音が響いた。ロキはその方を見ると、一階の部分が大破していた。火がごうごうと上がっている。通行人たちが、それを見て逃げだしていく。男が、
「今度は、あそこにいる通行人を射殺する」
言うと、囲んでいる男がマシンガンを取り出した。それを通行人に向ける。慄き逃げる通行人の一人を射殺した。ロキはそれを見て、奥歯をぎりりと食いしばった。
「渡さなければ、この街全てを破壊するぞ。我らにはその権利がある。大人しく渡せば、これ以上の被害は出さないでやる」
冷ややかな目で睨まれるロキは、イロハを更に後ろに下げると、
「お前らを殺せば問題ないことだろう!」
言って、ロキは男目掛けて拳を振りかざした。男はそれを躱した。ロキの攻撃を躱すことが出来る人間がいるのにロキは驚いた。だがロキは素早くすり抜けた右手の拳を引くと、左の拳で男の顔に殴打した。男はどさりとその場で倒れ込む。そのときだ。他の男たちがロキの身体を拘束するように、取り囲んだ。それを振りほどこうとするロキに、ひとりの男が太い注射器でロキの横腹を刺した。
「ぐっ! な、なんだ、これは……」
ロキは、注射されると、意識が混沌としてきて、目が回った。それから手を上に上げると、
「い、ろ、は……」
と、言葉をなんとか吐き出すと、その場で倒れ込んだ。アディーが、
「ロキ! ロキ! おい、てめえら! 何するんだよ!」
言って、ケーキの箱をどさりとその場で落とすと、ロキに駆け寄った。アディーは白目を剥いて倒れているロキを見ると、キッと男を睨み付け、殴りかかった。
「てめえら! ロキに何をしたあッ!!」
黒ずくめの男のひとりに殴りかかるアディーだったが、後ろにいた男が銃で、アディーの背中を撃った。
「ぐはあ!」
「アディー君!!」
アディーは、その場で血だまりを作って倒れた。ジェイドはそれを見て、ただただ震えるだけ足が動かなかった。イロハはロキとアディーが倒れているのを見ると、ベレッタを構えて、男に発砲した。
「ろき! あで!」
パンと、弾かれた弾丸。狙われた男は心臓を撃ちぬかれ、口から血を吐き倒れた。イロハは他の男にも目掛けて撃つ。が、
「そこまでだ」
ロキに最初に話しかけた男がイロハの後ろに廻って、イロハにスタンガンを打った。ビリリ、とイロハの身体が痺れ、イロハは、「う!」と、唸ると、男の腕に倒れた。男は、他の黒ずくめの男たちに、
「ミッション完了だ。あの方のところに持っていくぞ」
「はっ」
他の男たちが膝まずくと、男たちは通りかかった一台の大きなトラックに乗り込み、イロハを連れ去ってしまった。
残されたジェイドは、しばらく呆然としていたが、アディーがひくひくと痙攣しているのを見て、
「た、助けないと! 早く……!」
言って、ポケットから小型のトランシーバ-のようなものを取り出すと、
「ミルコ! 反応してくれ! ロキ君とアディー君がやられてしまった!」
叫んだ。ジェイドは、アディーの止血をしようと、自分の白衣を傷口に当てた。ロキの方にも駆け寄ると、脈を測った。……なんとか微弱だが反応はある。ジェイドは冷や汗を流しながら、ミルコの到着を待った。
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