(5)

「まずはDNA検査から始めよう。あんた、こっち来て」


 ミルコがロキを手招きし、手際よく手袋をはめると、注射器を傾けた。ロキは前に座ると、腕を消毒され、そのまま血を抜かれた。


「すぐデータがすぐ取れるようになってるから」

「わかった」


 ミルコは試験管に血を移すと、何かの機械にそれを設置した。ロキはその様子を見ていたが、このシェルターには様々な機械が揃っている。見渡す限り、機械や装置だ。あとロボットがおもちゃのように転がっている。アディーも痛そうにその採血を見ていたがロキの思っていた疑問を先にぶつけた。


「なあ、ミルコって、こんな大層な機械とかどうやって作ったんだよ。まだ十七だろ? ってことは、戦場に来て二年だ。なのに、こんな技術を習得してるなんてお前天才かよ」

「確かに、高い技術力があるっていうのは本当にすごいと思う」


 ロキも頷いて答える。ミルコは作業しながら、目線を手元から動かさず、どこかアンニュイな表情で、


「……博士のものなんだ。ここにあるのは……」


 ぼそり、と呟く。

 アディーが、「博士?」と訊ねると、ミルコは静かに頷き、


「……情報交換も条件だから教えておくよ。僕はこの先にあるD地区にいた。そこは所謂サイバーシティで、多くの技術者がいる街。そこに僕は十五で送られた。そのときに出会ったのが今の僕に知識と技術を与えてくれた博士なんだ」

「へえ。すごい人なんだな」


 アディーの素直な反応に、ミルコはどことなく誇らしげだった。ロキも続いて訊ねる。


「その博士は今もD地区にいるの?」


 すると、ミルコは静かにかぶりを振った。それから目を伏せて、


「……死んだ。僕をビーナスから守るために死んだんだ。多くの比検体を探す間、僕たちはビーナスの群れに囲まれた。博士は僕に逃げろと言って、ビーナスにひとり立ち向かって死んだ。だから僕はその技術を全て、D地区から運び出し、ここに隠れた。技術を自分のものにして博士の無念は僕が果たすと決めたんだ。だから僕はひとりで今まで戦っていた」

「そう、だったんだ……」

「だから僕はビーナスが憎いんだ……。強い人には分からないだろうけどね……」


 どこか悲壮感の溢れる声を響かせ言う。ロキはその言葉を聞いて胸が痛んだ。強い人に憧れる気持ちは分からないでもない。ましてや自分の大切な恩師を失った悲しみはこの世界では自分の親を殺されたのも同然。どこかミルコが鼻を啜る音が聞こえた気がした。

 ミルコがしばらく手を動かしていると、ロキの方を向いて、


「次は身体テストをする。あそこの器具の中に入って」


 言われてミルコの指さす方向を向くと、そこにはベンチプレスマシーンのような器具が置いてあった。


「そのバーベルは特殊なんだけど。負荷が勝手に対象に合わせてかかるようになってる。あんたの腕力を確かめるにはちょうどいいんだ。あと電極があるでしょ。それをこめかみにつけてくれる?」

「わかった。やってみるよ」


 ロキはそのベンチプレスマシーンの機械に横たわると、電極をこめかみに当て、バーベルを持った。


「じゃあ、思いきり上げてみて」


 言われて、ロキはそのバーベルを思いきり上げた。ミルコはコンピューターの前に行き、表示されるパラメーターを凝視した。パラメーターの数値がパチパチと点滅し、数値が表示された。そのときミルコは目を丸くした。


「え……。あり得ないんだけど」

「どしたどした? なんか変なん?」


 アディーも横からのぞき見すると、ミルコは小首を傾げて、


「……装置が壊れてるわけじゃないだろうし……。今、二トンって出てる。これってビーナスと同量の数値なんだ。それを普通の人間が……?」


 ミルコは難しい顔をしてコンピューターのキーボードを何やら打っている。ロキはバーベルを下すと、


「それってどれくらいなの?」


 忌憚ない意見を述べると、ミルコが、


「……実際の今のビーナスと同等の力。それと貨物用車両が追突したときの軽い衝撃くらいの力」

「へえ……」


 ロキが興味なさげに答えると、隣にいたアディーが、


「いや。待てよ。今のビーナスと同等の力はおかしいんじゃね? だって、殺戮の英雄であるロキは、実際、今のビーナスより強い上位互換のビーナスを万も殲滅したやつだぞ? 今は平常心だから少ないってことはあるんじゃないか?」


 言うと、ミルコが顔をしかめ、


「……一理ある。ブチっといくともっと強いって言ってたよね。それに記憶も無くなるって」

「うん。無くなる……」


 ロキが小さく答えると、ミルコは「ふうん」と呟き、コンピューターに何かを打ち込むと、


「……例えばなんだけど。そのブチ切れる、つまりバーサーク状態のあんたは、今よりもっと強くなるとして、前のプロトタイプの力よりも上回るとなると、四トン、いや、それ以上の力があんたには出せるってこと。これは大型貨物がスピードが乗ってる状態で人にぶつかるのと同じ状態だよ。人なんかペシャンコになって、潰れる」


 言うと、アディーが、


「そういえば、C地区で乱闘を起こしたとき、人間に対してブチ切れて、目にも止まらぬ速さでたちまち大勢をぶっ潰したよな。その力っていうのは身体能力全てに適応されるのか? スピードも」

「……おそらく。力の量だけでは単純に四トンと仮定してもその熱量をスピードに変換できるんだろうね。恐ろしいよ……。でも、研究素材としてはとても興味深い」


 ミルコがどこかにやりと笑った気がした。ロキは測定器から降りると、ちょこんと地べたに座っているイロハのところに行き、頭を撫でた。


「俺、やっぱ特殊みたいだ」


 そう呟いた。イロハは、「と、く、しゅ?」と反復すると、ロキはただただ苦笑いを浮かべた。

 すると、一通り、コンピューターを弄ったあと、ロキの方を向くと、


「……あんた。とりあえず提案なんだけどいい?」

「何?」

「脳派も見てみた。今は平常心だから脳波も安定してた。でも、その力を抑制する器具を作ったとして、制御できるのは今の平常心の状態にしておくのがベストだと思う。それ以下に抑えたら、恐らく脳にも負担がかかる。それにもう一点注意があるんだけど」


 ミルコが言いにくそうに言葉をそこで途切れさせた。ロキはこくりと頷き、


「正直に言っていいよ。何か問題があるの?」

「……じゃあ言うけど。バーサーク状態にあんたはなりたくないんでしょ? となると脳の制御が不可欠になるわけ。つまり、その器具は脳にも作用させなければいけない。人間としての意識を保ちたいんでしょ? となると、通常の戦闘ではその平常心で強パワーを使うだけで良いけど、もし、一回でもその器具を身体から外したら……。脳に大ダメージがくると思う。その代わり、抑制していた力が何倍にも膨れ上がって、一回だけ強大な力を得ることが出来るかもしれないけど。一回っていうのはなんでかって言うと……。わかるよね?」

「……脳にダメージを受けるから、俺は人としての正常な脳の活動ができなくなるからってこと?」


 ロキが神妙に言うと、ミルコは静かに頷き、


「……そう」


 それから沈黙が流れた。ロキはごくりと生唾を飲み込んだ。ミルコはソファーに座ると、


「あんたのことだから、あんたが決めればいいと思う。僕は僕のやれることをやるだけだから」


 言って、ペットボトルの水をごくりと飲んだ。アディーがそんな重い空気の二人を見て、


「なあ、ロキ。別に無理にブチっていくの止めることもねえんじゃねえの? 俺がなんかあったらショットガンで攻撃だって出来るんだ。お前にはスタンブレードもあるしよ。ビーナスを殺しても別にお前に非があるわけじゃねえ。それにアマテラスプロジェクトをぶっ潰すわけなんだし、無理して負担かけるよか、そのままでもいいじゃねえか! な?」


 気を遣ってか、明るく声を掛けるアディーに対して、ロキは、じっとイロハを見つめていた。


「……いや。制御してみせる。通常の状態でも現行のビーナスとの力と同等なら、力を加減すればなんとか殺さずには済ませられる。バーサーク状態にさえならなければ、俺は戦い続けられるってことなら、それが人間らしいと思う」


 きっぱりと言い放つロキに対して、アディーは、眉をハの字にして、


「ブチ切れることだって人間らしいって! 器具を取り付けたらもう、ずっとそのままなんだぞ? 本当に良いのかよ」

「うん。もう決めた」


 そう言って、イロハの肩を抱くと、アディーは思いきり嘆息して、


「ロキ。お前、そういうとこほんと頑固だよな。お前、ほんと、いい性格してるわ……。ええい、勝手にしろ!」


 アディーはまたため息を漏らすと、どかり、と胡坐をかいた。ミルコはその様子を見ていたが、DNAを検査する機械が止まったことに気づくと、そちらへ向かった。ミルコはそのデータを見た。


「ちょ……。はあ? 待って。どういうこと……」


 ミルコは驚きながら、後ずさりをした。ロキとアディーはそれを見て、


「何か変な結果でも出たの?」


 ロキが不安げに訊ねると、ミルコは言葉を失ったかのように呆然としていたが、少しずつ言葉を吐き出した。


「……あんたのDNA。ビーナスの染色体が混じってる。あんた……一体何者なの……」

「――え?」


 ミルコの怯えきった表情に、絶句するロキ。意味が分からないといった風にロキはミルコを見つめると、ミルコはごくりと唾を飲み込み、ゆっくりと、


「あんたの母親の型のDNAがビーナスのものと同一ってこと……。あんた、クローンの子どもだっていうことなんだよ」

「なんだって!?」

「だから、そんな力があるんだね……。でも、なんで戦場に……」


 ミルコはぶつぶつと難しい顔をして零していた。それよりも驚きのあまり、固まってしまっていたのはロキ自身の方だった。

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