(7)

「ロキ! 起きてるか!」


 アディーはドンッと安宿の扉を開けた。満面の笑みを浮かべ、アディーは元気よく飛び出す。

 しかしまだロキもミルコも互いのベッドで寝ているところだった。ロキがアディーの声でのそりと布団を脱いだ。眠そうに目を擦りながら、


「なに、アディー? まだ眠いよ……」

「何言ってんだよ! もう朝の八時! 遅くねえって!」

「俺もミルコもG地区の監視で明け方まで起きてたんだよ。だからもうちょっと寝かせて……。久しぶりのちゃんとしたベッドだし」

「何言ってんだ! 良い情報手に入れたんだから、起きてくれよ!」

「良い情報? 何それ」


 ロキがまだうとうととしながらふわあ、と大きな欠伸をした。アディーがミルコの傍にも行くと、布団を剥がす。


「ミルコも起きろって! もしかしたら監視しなくても良くなるかもなんだぜ!」


 布団を剥がされ、寝起きの悪いミルコは「チッ」と舌打ちすると、不機嫌なままもぞもぞと起き上がり、


「アディーの大いびきがなくて熟睡してたのに、なに。朝からほんと暑苦しい……あと、布団返して」

「ダメだ! 俺の話を聞くまで返さん!」

「はー?」


 ミルコはアディーにジト目を向けると、ロキが昨日の喧嘩のこともあるし、アディーに向き直ると、


「監視しなくても良くなるってどういうこと?」


 ロキが冷静に訊ねると、アディーは待ってました、と言わんばかりに、


「昨日のカンザスっておっさんいただろ? あの人、俺の父さんで、しかもアマテラスプロジェクトの脱走者だったんだ! それで種馬で、雑用していたらしい!」


 一気に興奮して捲し立てるアディーに、ロキは「はい?」と顔をしかめた。


「ちょっと、アディー。情報が交錯してる。え、父さん?」


 ロキが頭を抱えながら言う。ミルコはまだ低血圧のせいでぼうっとしてどこかイライラしている。

 アディーは、


「そう、父さん!」


 嬉しそうに言うアディーに、ロキがアディーの言ったことを整理して、


「その、お父さんは、アマテラスプロジェクトで働いてたってこと? それで脱走してきたってこと?」

「そう!」

「で、種馬ってなに?」


 ロキは小首を傾げて言う。アディーは自分が寝るはずだったであろう、二人の前にあるベッドにどかっと座り、


「つまり、俺たち人間は、アマテラスプロジェクト内で、そういう種馬の男たちが女に子どもを産ませてこの世界に排出してるらしいんだ。そのカンザスの第一子が俺!」

「へ、へえ……。ミルコ、意味分かる?」


 ロキは相変わらず不機嫌な表情を浮かべていたミルコに振ると、ミルコはベッドサイドにあったペットボトルの水をぐびぐび飲んで、


「アホなアディーの説明で僕が全部理解できると思うわけ……? まあでも。そういう説があるのも僕は頷けるかも」

「だろ!?」


 アディーがにんまりと笑うと、指をミルコにさした。ミルコは、水を飲み終わると室内に併設されている洗面台に向かうと、顔を洗った。タオルで綺麗に拭うと、少し顔がしゃきりとしたように見える。


「その、昨日のカンザスって人がアマテラスプロジェクトで子どもを産ませるために種馬をしながらアマテラスプロジェクトで働いてたっていうなら、確かにその人はアマテラスプロジェクトの内部に精通してるってことだよね。でも、本当にその言葉を信じていいか分からないよ。昨日も言ったけど、そんな都合よくアディーの父親と名乗る人が現れるなんて信じられないけど」


 ミルコがどこか鬱屈した表情で言う。アディーは、ムッと表情を固くすると、


「父さんは父さんなんだよ! 俺の名前を付けてくれたって言ったし、十五歳から変わってないないとも言った! 少し背が伸びたなって!」

「そんなのバーナム効果なんじゃないの……」

「は? なに、なに効果?」

「思い込ませるようにあたかもそれらしい事を言って相手に信じ込ませるテクニックのこと。DNAのデータだって取ったこともないのに、僕はにわかに父親ってのは信じられない」

「お前、ほんっとーにひねくれてんな!」


 アディーとミルコがまた睨み合っている。ロキはそれを苦笑しながら「まあまあ」と言うと、


「ならさ。お父さんかどうかは置いといて、その人がアマテラスプロジェクト本部のことを知ってるのは確かだろ? その人がどういう意図で自分が父親だとアディーに言ったか俺らには分からないけど、利用させて貰えるならしたらいいんじゃないかな」


 ロキが言うと、アディーはロキにもムッとした表情で、


「父さんは泣いてたんだ! 俺が生きてたことを本当に喜んでた! 夜更けまで俺の言うことをずっと聞いてた! あんな涙を流す人が悪い人なわけないだろ!」


 アディーの剣幕に押され、ロキは「ごめん」と言うと、


「そうだね。あんまり人を疑うのもよくないか。もしもその人が何かを企んでいるなら、とっくに通報されてるよね」

「そうだそうだ!」


 アディーが拳を上げて言うと、ミルコははあ、と嘆息して、


「……分かったよ。で、その人はどこにいるの?」

「家にいる。もし、お前らがアマテラスプロジェクトのことを聞きたかったら連れて来いって。知ってること話すって言ってた」

「ふーん……」


 ミルコがまだ煮え切らない表情のまま答えると、ロキが、


「じゃあ、朝飯食いがてら話を聞きに行くか」

「あ、じゃあ、父さんに飯作って貰えばいいぜ! お前らも馳走になれよ」

「悪いよ」

「別に良いって! じゃ、行くぞ!」


 言って、アディーは外へ出た。ロキも慌てて顔を洗うと、外へ出た。ミルコはじっとしばらく立ち尽くしていたが、鞄の中にパソコンを入れると、それに着いて行った。


 カンザスの家に着くと、アディーは大きな声で中に叫んだ。


「父さんー! ロキたち連れてきたぜ!」


 言うと、ミルコが「声でかい……」と周りを気にして言う。ロキも、「俺の名前をでかい声で言うなって!」っとジト目を向ける。アディーはしまった、という顔をしてノックをした。すると、中からカンザスが笑顔で出迎えってくれた。


「おはよう。ロキにミルコだっけ。よく来てくれた」


 言われて、どうぞ、と中へ勧められるとロキたちはおずおずと中へ入った。中に入ると焼きたてだと思われるパンの匂いがした。


「どうせ何も食ってないんだろ? パン焼いたんだ。良かったら食ってくれ」


 カンザスはテーブルの上のカゴに入ったパンを指した。形は不揃いだが香ばしい香りにロキたちはぐう、と腹を鳴らす。


「俺もさっき食べたんだけど、うめえよ! 焼きたてのパンってなかなか売ってないしな」


 アディーは昨日から定位置のように決まっているローテーブルの前に座る。ロキも、


「それなら、遠慮なく頂きます。ミルコもこっちに来いよ」

「うん……」


 ミルコも鞄を抱えてソファーに座った。ロキはアディーの隣に座っている。カンザスがロキたちにパンを配ると、


「で。話はまとまったのか?」


 本題だ。アディーは頷くと、


「一応説明はした。やっぱり二人とも朝方までG地区を監視していたらしいんだ。で、どこにアマテラスプロジェクトの本部があるんだ?」


 アディーが訊ねると、ロキも、


「昨日ほぼ一日かけてG地区を監視していました。ミルコがビーナスの通信傍受でG地区あたりに通信先があるのは検討が付いていたんですが、どうしてもそんな場所があるように思えませんでした」


 カンザスがうむ、と腕を組むと、


「アマテラスプロジェクト本部は地下にある。そこには百年前の災害から守るために作られた大型シェルターがあるんだ。そのシェルターは日や大きくなっている。おそらく、ここ二十年で更に大きくなっている」

「地下シェルター……」


 ロキが驚いたように口を開く。それから、


「それは盲点だった」


 と、呟くと、ミルコがぼそりと、


「確かに施設には窓が無かった。外の様子なんて見ることができなかった。だから十五歳でこの地に出たときは驚いたのを覚えてる。こんな広い世界があるのかって」


 言うと、アディーも頷き、


「だよな! 別に狭いってわけじゃなかったけど、無機質な生活空間だったように思える。必要最低限のものしかなくて、運動場も、室内だった」


 ミルコはこくんと頷くと、


「その地下シェルターがあるとして、どうやって行けばいいの……?」


 カンザスに視線を合わせずにパンを齧っている。カンザスは、棚の方へ向かい、紙を一枚取り出すと、テーブルに置いた。それからG地区内を簡単に地図に起こした。


「ここがG補給地区の入口。で、この街は一応木工関係の製造することを主にしている街だ。あとは特に特徴のない街でもある。他の地区と離れているのもあって、必要最低限のものしか手に入らないし、人口もそんなに多くはない」


 言って、道筋のようなものを書き込んでいく。ロキたちはそれをじっと静かに見ていた。カンザスは街の地図を書くと、街の外周に木の絵を書いていった。


「この街は森に囲まれている。その森の中に地下シェルターに続く入口がある」


 言われて、ロキが口を挟む。


「あの、俺、ずっとG地区にいたんですけど、そこに出入りするような人不審者を見たことがないんですが。たしかに木こりのような人は森に入ってはいましたが」


 そこまで言って、ロキははっとする。


「その木こりが本部の連中ってことですか?」


 カンザスは深く頷いた。


「そうだ。このG地区には一般人と本部への立ち入りを許可されれいる者が生活している。……昨日アディーから聞いたんだが、ロキはビーナスの息子でプロトタイプを殺した殺戮の英雄なんだって?」


 ロキは言われて静かに頷いた。カンザスはそうか、と、どこか悲しげな顔をした。


「記憶もないらしいな」

「はい。俺は十八歳でG地区にいました。それ以前の記憶はありません」


 カンザスは置いてあったマグカップからコーヒーを飲むと、


「おそらく、プロトタイプのビーナスを排除する命令が君に下ったんだろう。それで監視しやすいG地区に置いた。プロトタイプの破棄のために」

「破棄?」


 ロキは顔をしかめる。カンザスは重い唇をやっと開けるようにして、


「……噂になっていたんだ。俺ら下層部の人間の中でも。ボスがプロトタイプの破棄を望んでいることが」

「なぜ……」


 ロキがぼそりと呟くと、カンザスは首を横に振った。


「それは俺ら下層部の人間には分からない。上からの命令をただ受け入れ、人間の繁殖をするだけだったからな」


 そこで今までの会話を静かに聞いていたミルコが、


「種馬って言ってたけど、そんなにそういうことをしてる人間が沢山いるの? き、近親相姦とかにならないの……」

「ならないように、仕分けをしている。君の親もアマテラスプロジェクト内にいると思うよ」

「僕の親……」


 消え入るような声で呟くと、ミルコは涙が出てきそうだった。アディーがミルコに、


「アマテラスプロジェクト内に行ったらお前の親も探せるじゃないか! 良かったな、ミルコ!」


 励ましたつもりだった。ミルコは途端涙をポロポロと流し始めた。アディーはぎょっとして、


「み、ミルコ。どうした……」


 言って、触れようとすると、それをパシンと振り払った。ミルコは叫ぶように、


「そんなのわかんないじゃん! どれが僕の親だか分かんないじゃん! そんな動物みたいな繁殖行為で僕のことなんかいちいち覚えてるはずがないよ! アディーは第一子でたまたま逃走までしてくれる父親がいたからいいものの、僕なんてそんなこと……僕なんてそんなこと……!」


 言いながらポロポロと泣き続ける。以前にも博士のことでロキに攻撃的になったときに陥ったような悲痛めいた叫び。うっうっと嗚咽を繰り返している様子は、本当に子どものようだった。ミルコはジェイドにも祖父がいたことを思い出していた。自分だけが身内に巡り会ったことがないことをただただ悲しくて涙が溢れてきていた。カンザスがそれを見て、


「俺がちゃんと君の親を探せるように、アマテラスプロジェクトの内部を案内するよ。俺が逃亡したのは向こうも知っているだろうが、人間相手なら俺はかなり腕が立つんだぜ」


 言って、キッチンの床下を剥がした。そこには色んな武器が入っていた。ショットガン、マシンガン、銃、それに剣まで入っていた。


「だから、きっと会える。そのビーナスちゃんが連れ去られた場所はアマテラスプロジェクトの本部。そう、ボスのいる区画だろう。俺たち下層部はそこには立ち入り禁止になっていた。でも場所は分かる」


 言うと、ミルコはやっと落ち着いたようで、ロキとアディーがそっとミルコの手を握った。ロキが、


「じゃあ、その場所に行くために計画を練らないとみけないね。ミルコ。君の力が必要だ」


 言われて、ミルコは鼻水を啜ると、


「……分かったよ。僕が完璧なプランを考える……」


 言うと、ロキたちは顔を綻ばした。アディーが、ふと思いついたように、


「ミルコ、時間があるときに俺と父さんの絵を描いてくれよ。記念に欲しいんだ」

「……別にいいけど」

「やったぜ! じゃあ、作戦会議でもしようぜ!」


 アディーが明るく言うと、ロキも頷いた。それからカンザスの顔をじっと見た。たしかに顔立ちが似ているように思えた。ロキは思った。自分も父親に似ているのだろうかと。

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