(6)
アディーは安宿を出ると、まだイライラしているようで、がに股でのしのしと歩いて行く。カンザスもそれに着いて行くと、カンザスの家にすぐに着いた。カンザスは鍵を開けると、アディーは不機嫌なままだった。
まだテーブルに置かれた料理から湯気が立っているのを見て、
「おっさん。なんかごめん」
と、謝った。カンザスは食器を棚から取り出すと、テーブルに持って行き、
「良いってことよ。俺こそ、なんか喧嘩させてすまなかった」
「別にあいつらの世界が狭いだけだ。人と交流していかいと、生きていけないような世界なんだぜ? いちいちこいつは危なそうだ、とか、こいつとは関わりたくないとか、はなっから思ってたら、こんな世界でひとりぼっちになる」
言うと、カンザスは皿やカップに料理を取り分けるとアディーの前に置いた。アディーはそっとスプーンを持つと、料理を食べた。さっきのアジフライも旨かったが、ジェイドの作る完璧な料理と違って、大味だった。それでもそれが妙に美味しく感じられた。カンザスが自分も料理を口に運ぶと、
「まあ。助け合いの精神は素晴らしいけど、あそこまで怒るのも、お前を心配してのことだろ? いい仲間じゃねえか」
言われて、アディーはごくんと料理を飲み込むと、少し黙ってから、
「いいヤツらだよ。だけど今気が立ってるのはアマテラスプロジェクトのせいだから。俺、ずっと怪我してあいつらに迷惑しかかけてなかったから、ちょっとでも空気を明るくしたかっただけなんだけどな」
アディーは、はあ、とため息を吐いた。アディーはアディーなりに考えていたようだ。
「それに、俺が釣った魚も食べさせたかったし、ここずっとあいつらがまともな飯食ってないの分かってたし……」
言うと、カンザスは柔和な顔をして、
「アディー、お前は優しいな」
「別に……。そんなんじゃねえけど」
言って、少し頬を赤くした。カンザスはスプーンを置くと、
「アマテラスプロジェクトのせいって言ってたが、なんかあったのか?」
神妙な面持ちで訊ねる。アディーは少し考えてから、
「俺とさっきのロキは指名手配犯なんだ。色々あって、仲間になったビーナスがいたんだけど、そのビーナスもアマテラスプロジェクトに連れ去られた。それにロキはこの世界を潰そうとしてる。俺もこんな世界クソだと思うし、それに異議はない。でもさ、あいつら真面目に足生えたようなヤツらばっかだし、たまには息抜きしてもいいと思うんだよ。こんなせっかく綺麗な場所にいるんだしさ」
「指名手配犯なのか、お前ら」
驚いた様子で話す。アディーは、こくりと頷くと、
「まあ、そのビーナスを守るためにやったことなんだけど。そのビーナスもすげえいい子でさ。俺たちに懐いてたし。まあ、俺らのせいで捕まっちまったようなもんだし。早く助けてやらないといけないのは分かってる。でもそのアマテラスプロジェクトの場所もどこか分かっていないから、余計苛立ってるんだよ、あいつら」
言って、スープを掬って飲んだ。カンザスは、手を擦り合わせると、ゆっくりと話し出した。
「……この世界にどうやって人間が送られてくるか分かるか?」
「え? いや、知らないけど。俺は気が付いたらB補給地区にいたし」
「その前の記憶はあるよな?」
「ある。なんか施設みたいな場所で集団生活をしていた。そこには子どもの女も男もいた。勉強みたいなこともさせられていたし、ただ、施設の中でしか行動は出来なかった記憶はある」
言うと、カンザスは頷いて、
「その施設はアマテラスプロジェクトの本部にあるんだが、そこで一通りの子どもの能力を上層部が振り分けて観察している。女は十五歳になると別の施設に送られて、子どもを産む準備をする」
「へ、へえ……」
「それから男は十五歳になると、強い麻酔を打たれ、適材適所に送られる。それはここ二十年の間変わらないはずだ」
真剣に話すカンザスの話が全く見えないといったふうに、アディーは首を傾げる。
「おっさん、妙に詳しいんだな……」
ごくり、と固唾を飲む。カンザスはふう、と嘆息すると、少し目を伏せて、
「俺はアマテラスプロジェクトの脱走者だ。アマテラスプロジェクトの本部で働いていた男だ」
「え!? なんだって!?」
アディーは仰け反るように驚くと、目を見開いた。カンザスは、寂しそうに微笑むと、
「俺は、所謂種馬だ。アマテラスプロジェクトの本部での雑用をしながら、女に種を撒く。そういう男だった」
アディーは口をあんぐり開けて、何をどう言えばいいのかまるで出てこないといった様子だった。カンザスは続ける。
「それでも俺の子どもたちは別の女に何人かもうけられた。でも、俺はほとんどの女に愛情というものを向けれなかった。だけど、ひとりだけどうしても忘れられない子どもがいた。それは初めて俺が交わった女の子どもだ。初めて俺の腕に抱いた子どもだ。その子どもだけは俺は今でも忘れられない」
言うと、カンザスは宙を見つめた。感慨深い表情を浮かべ、思い出に浸っているようだった。アディーは、やっと身体を戻すと、
「その子ども、いくつになるんだ?」
「そうだな。二十歳になってるな」
「俺と同い年……」
言うと、こくりとカンザスは頷いた。それから、
「俺は嫌だった。他の女との子どもを無理に増やすのが。でも、アマテラスプロジェクトは人口を増やすのを止めなかった。なら、この世界に自由に女を放てばいいのだが、それをしない。何故だと思う?」
アディーは首を横に振った。カンザスは重い声で、
「俺もたまたま知ったんだが、所謂ボスと呼ばれているアマテラスプロジェクトの頭の奴が、女を自分の所有物として扱っているかららしいんだ。全くイカれている奴だ」
「所有物……? 意味が分からない」
「まあ、その頭の男は自分の理想郷を作りたいのかもしれんな。ユートピアというこの大陸の名前はそもそも地主様が、最後の理想郷にしようとして名付けられたものだ。それを自分のエゴで固まった理想郷にしようとしているってことだ。本当にクソったれな奴だぜ」
「じゃあ、それが嫌でアマテラスプロジェクト本部から脱走してきたってことなのか?」
カンザスは深く頷くと、
「そうだ。俺ら種馬は一度だけ本部を抜け出す機会があるんだ。それは自分の子どもが十五歳になったとき、その子どもを地区にまで届ける役目。生まれたときと、その十五歳のときだけ会える。俺は一年前脱走した」
「そう、だったのか……」
「ああ。どの子どもにも罪はない。今生きてるかどうかも全員のことを把握できていない。でも、俺は一人の子どもの生存を確認出来ている」
「マジで? それは良かったな!」
アディーが満面の笑みを零すと、カンザスはそっと立ち上がり、アディーの傍に近付いた。それからぎゅっと抱き寄せると、
「アディー。お前だ」
言って、一筋の涙を零した。アディーはゴツゴツとした優しい腕の中で、身体中の血液が熱くなるのが分かった。それからはらりと涙を流すと、
「おっさ……。と、父さん……なのか……」
言って二人はそのまましばらく身体を震わせていた。アディーは初めて自分の親の存在を知り、自分が愛されていたことを思うと、涙が止まらなかった。
カンザスは涙を拭うと、明るく微笑み、
「お前の名前は俺が付けたんだぜ。初めての子どもだったし、付けたかったんだ」
「そ、そうなんだ」
「ああ。それに一目見て分かった。お前、十五歳からほとんど変わってないんだな。ちょっと背が伸びたか」
「うっせ。これでも立派な大人になったんだぜ。もっと褒めろよ。色々試行錯誤して身体も鍛えてたしよ」
「そうだろうな。俺のDNAを受け継いでるんだからな」
言われて、アディーはふいっと目を逸らす。気恥しいのだろう。カンザスはそれから、
「さっき言っていた、アマテラスプロジェクトの本部が分からないとのことだったが、俺なら協力することが出来ると思うぞ」
言われて、アディーはくるりとカンザスに向き合うと、テーブルをドンと叩き、
「マジで!?」
言うと、カンザスはこくりと頷き、サムズアップすると、
「マジだ」
言って、ははは、と互いに笑い合う。アディーは立ち上がると、
「ロキたちに教えてやらないと! おっさ……じゃなくて父さん」
「別に無理してそう呼ばなくていいぜ。照れるしな」
あはは、と頭を掻くと、アディーはかぶりを振り、
「俺が父さんって呼びたいから呼ぶだけだ。ここで会ったのもきっと運命なんだよ! ……こんなこと言うの、変か?」
ちらりとカンザスの顔を覗く。カンザスは満足そうな笑みを零し、
「全然、変じゃねえぜ。俺もロマンティックなとこあるし、お前もそうで嬉しいぜ」
「そうか? はは! よっしゃ、ロキに伝えに行くかな!」
「お前ら喧嘩してたのはもういいのか?」
「あ。そうだった。ちくしょう、あいつら中入れてくれっかな」
言って、どかりと胡座をかくと、カンザスは、残った料理を差し出し、
「まあ、大丈夫だろうな。飯だけ食って、宿に戻ればいいさ」
言われてアディーはテーブルに向き直ると、食事をかきこんだ。それから部屋を見渡して、
「でも。父さんともゆっくり話たいかも」
「そうか。なら、朝イチで謝罪しに帰ればいい。俺のところに話がついたらいつでもアマテラスプロジェクトのことを聞きに来てくれ。力になる」
「ありがとうな! 父さんが父さんみたいなやつでほんと良かったわ!」
ニカっと破顔するアディーは、心から喜んでいるようだった。カンザスは棚から酒の瓶を持ってくると、アディーに勧めた。
「お前もどうせ飲むんだろ? 夜は長い。色々お前のこと、教えてくれよ」
「ああ! いいぜ!」
言って、二人は日が変わっても話続けていた。カンザスは久しぶりに会えた息子の話を始終楽しそうに聞いていた。アディーも、今まで自分がしてきたことや、ロキたちのことを自慢するかのように、明るく話していた。この夜がずっと続くようにと、カンザスは願っているように見えた。
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