(2)
ミルコは外に出るととにかく走った。ファイアに乗ってるお陰で補給地区まで早く辿り着ける。しばらく走っていると、ミルコのサーマルセンサー探知機が音を鳴らした。
「これは急がないといけないな……」
ひとりごちて、森の中を駆け抜けて行く。が、なかなか探知機の音が止まない。ミルコは顔をしかめながら、とにかく向かった。
数分経つと、前方にビーナスの姿を捉えた。ビーナスもミルコの姿を発見したようで、こちらに向かってくる。バキバキと地面に落ちている枝を折る音が連続する。ミルコは素早くファイアから飛び降りると、
「ゴー、ファイア!」
と叫び、それと共に、ファイアがビーナス目掛けて突進して行った。不審に思ったビーナスは身体を逸らそうとするも、それも甲斐なくファイアにがぶりと噛まれてしまった。
転がるビーナスの死骸。ミルコはそれを一瞥すると、ファイアに跨り、補給地区へと向かった。
そんな戦闘が補給地区まで辿り着くのに、四度、訪れた。ミルコは少々不安が募ってきた。今まで補給地区に食事しに行くだけでも、こんなに森の中にビーナスが経て続いて襲ってくることがなかったからだ。
「……とにかく急がないと」
ミルコはまだ止むことがない探知機の音に焦りを覚え、ファイアを走らせた。
補給地区に辿り着くと、正面入り口に管理者が険しい顔をして立っていた。いつも職務放棄のような居眠りばかりしている管理者なのに、今日は打って変わって、外をきょろきょろ窺い、真剣な表情を浮かべている。
管理者はミルコの姿を見つけると、声を掛けてきた。
「ミルコか! お前、今外から来たろ? どうなってる? 俺の探知機や村にいる者の探知機まで鳴り続けてやがる。外は今どうなってる? 比較的この辺りは安全だったのに、どうしてこんなに……」
額に汗をびっしょりと掻いて、管理者は言う。ミルコはやはりかと顎に手を当てると、
「……多分だけど、ここに来るまでに多くのビーナスと遭遇したんだ。もしかしたら、この辺でビーナスが大量発生しているのかも。原因は分からないけど……」
原因が分からない、そう言うしかなかった。おそらく、この辺りでビーナスが集中しているのは、イロハが裏切り者と通報されたからだろう。それを見つけるために、イロハや、洗脳をした人間を殺そうと躍起になった本部が送り込んでいると見て間違いない。
ミルコは管理者に、
「僕は買い物を済ませて外を調査してくるよ。みんなを守ってね、管理者さん」
嘘ではない。ミルコがそう言うと、管理者も何度も頷き、
「分かった。村のみんなの命は守る。それとミルコ、指名手配犯も以前この村に来ていた。そいつらについて情報があればくれると助かる」
「分かった」
言って、ミルコはどきりとするも、ファイアを連れて、村の中へと入って行った。とにかく買い物を済ませなければならない。おそらく、ミルコの家の辺りももうビーナスがうじゃうじゃと集まっている可能性は捨てきれない。
ミルコはガソリンとマントを買いに走った。
三時間ほど経ってミルコが帰ってきた。やはり、洞窟の周辺にもビーナスはいた。ミルコが家の中に入ると、ロキがそれに気づいた。
「ミルコ! 遅かったから心配したよ」
ロキは眉をハの字にしてミルコの持っている荷物を預かった。ミルコは緊張した面持ちで、
「……外、ビーナスに囲まれてる。ここはサーマルセンサー装置に探知されないとは云え、ビーナスが大量に発生してるから、すぐにでも出たほうが賢明かもしれない」
それからアディーの方を見て、
「アディーの様子は?」
と訊ねると、ロキは頷いて、
「アディーはよく眠ってる。もし、今すぐ出ないととなると、アディーの身体が心配だけど……。俺はバイクを運転できないし……」
「そうだよね……」
「でも」
そこでロキは力強く目を見開いた。
「もし、ビーナスに囲まれたら、俺が全員倒すから」
そう言った。そのロキの姿は先刻まで落ち込んで嘆いていた様子は払拭され、どこか自分を悔いるような寂しさも伴っている目だった。それを見たミルコは、
「……分かったよ。じゃあ、強めの鎮痛剤をアディーに打つから、それで移動しよう。僕も必要なものを用意するよ」
「頼んだ」
言うと、アディーの傍に行き、医療道具の入った箱から、注射器を取り出すと、アディーを起こした。
「アディー、起きれる?」
声を掛けると、アディーは「うーん……」と零すと、微睡からゆっくり目を覚ました。
「……ミルコか。帰って来たんだな。ガソリン買えた?」
「買えたよ。とりあえず、ビーナスが恐らくイロハや僕たちを狙ってこの辺りを襲っている。今すぐにでもD地区の補給地区まで進んで行かないとこの辺はもっとビーナスが増えると思う。だから強めの鎮痛剤をアディーに打つから、なんとかバイクで走って欲しいんだ」
いつになく目深に被ったフードから見える目は真剣なものだった。アディーはその眼差しを見て、危険であることを悟った。
「おーけー。しばらく寝れたし、体力は大丈夫そうだぜ。それしかないならそうしようぜ」
ニカっと笑うアディーを見て、ミルコはふっと笑みを零す。
「じゃあ、注射するから。予備の鎮痛剤も持っていくから、痛みが出たらすぐに言ってね」
「ああ」
言って、アディーに注射をすると、ミルコは医療器具を鞄に詰めた。アディーはベッドから降りると、ガソリンの入ったタンクを見つけ、バイクに補給した。ロキは、その様子を見ていたが、内心、恐怖もあった。
ビーナスと戦うと云ったものの、殺すことはしたくない。でも、殺さなければ、追手が増えていくのは確かだった。手に汗を握るも、ぎゅっと堪えて、ミルコたちの準備をただ待っていた。
全員の準備が整うと、ミルコが、
「僕はファイアの背中に乗って行くから、攻撃手段をアンダルシアにさせる。アンダルシアはこの鳥。ロキが壊したけど、なんとかこれも直せたから。この鳥は身体の中に弾丸が入っていて、それを撃つんだ。発弾回数が三十まで。連射が可能だけど、三十撃ってしまったら、補充しないといけないから、ロキ」
言われて、ロキがごくりと喉を鳴らす。
「頼んだよ」
「……分かってる」
言って、お互い頷き合うと、三人はミルコが買ってきたマントを羽織った。ロキはイロハにマントを羽織らせてやると、
「イロハ。ベレッタは本当に自分が危なくなったら使って。分かったね?」
「あう!」
言って、イロハもどことなく硬い表情をした。自分が通報されてしまったことに動揺しているのかもしれないし、事態が悪くなったことを感じているのか分からないが、イロハが緊張している姿はロキも初めて見た。
「じゃあ、行こう。D地区の補給地区までなら、途中に廃墟の戦闘フィールドがある。そこで一夜を過ごすことになるかもしれないけど、補給地区までそんな遠くないから。全力で走れば一日あれば着くと思う」
「おーけー! 飛ばすぜ! ミルコ、先導頼んだ」
言って、ミルコを先頭にして、部屋をあとにした。
外に出ると、一斉に探知機がけたたましく鳴り響いた。
「マジかよ……! 本当に囲まれてやがる!」
「アディー、運転に集中して! 俺がなんとかするから」
「あいよ!」
言って、アディーのバイクが走り出すと、ロキは手に木刀を握りしめていた。スタンブレードではなく、木刀の方だった。これで、致命傷になる箇所を殴打すると決めていたからだ。剣をぎゅっと握ると手に馴染むようで、自分がプロトタイプを剣で殺していたことをふと思い出した。それでもロキは木刀をしっかりと握りしめた。
先頭を行くミルコを追っていると、ミルコは道路が整備されている方向へと降りて行った。目の前に道路が広がる。後ろからアディーが、
「ミルコ! 道路に出て大丈夫なのかよ!」
言うと、それを聞いたミルコは、振りかえらず、
「もう、囲まれているなら、バイクが走りやすい場所のが良いでしょ! バカなの?」
相変わらず、辛辣に告げるミルコに、「バカバカ言うなし!」と返す。一方でそのやり取りを気にした様子もなく、ロキは辺りをしっかりと見渡していた。
すると、前方からビーナスが三体待ち構えているのが見えた。スピードの乗っている状態とはいえ、このまま突っ切るのは難しい。ファイアの方がバイクよりも遅いため、飛ばしているとは云え、バイクの速度もそこまで上がっていない。このままではミルコが標的になる。ビーナスは三体とも銃を構えていた。
「ミルコ! こっちに戻って来い!」
ロキが叫ぶと、ミルコもビーナスから身体を逸らすために、ファイアを素早く操作すると、ロキたちの方へと退避してきた。それとともに、
「ゴー! アンダルシア!」
と、叫び、カラスの形をしたそのアンダルシアはビーナス目掛けて発砲する。しかし、ビーナスは素早くそれを躱し、こちらへ向かってくる。ロキはバイクから飛び降りた。イロハが、
「ろき!」
と、叫ぶも、ロキはイロハにニッと笑うと、その場から走りだし、木刀を握りしめ、アンダルシアの発砲を避けて態勢が整わないビーナスの頭蓋を目掛けて薙ぎ払った。
「ぐ!」
と、ゴツリと鈍い音がして、一体が倒れた。それを気にも留めず他のビーナスがロキ目掛けて発砲する。ロキはその弾を身体を低くして避けると、発砲してきたビーナスの心臓目掛けて思いきり剣を突き立てた。木刀とは言え、強い力で心臓を突いせいで、その場にどさりと倒れる。それから容赦なく頭蓋を割った。残り一体。
ロキはもう思考を停止させていた。そうじゃないと何も出来ないと思ったからだ。
残りのビーナスがロキ目掛けて発砲しようとした瞬間。ロキとビーナスの目が合ってしまった。ロキははっと現実に引き戻された気がした。
ロキは、唸り声を上げた。
「うおおおおおおっ!」
言って、ビーナスの手に向かって剣を叩きつけると、ビーナスは銃をごとりと落とした。それからビーナスはおびえ切ってしまい、その場から逃げようとした。ロキはそれを見て、剣を構え直す。が、先刻青い双眸をしっかり見たのを忘れられず、ロキの足は重くなってしまった。ロキはなんとか足を動かそうとする。
しかし、ロキが足を止めているうちに、ビーナスは森のある方へと逃げて行ってしまった。ロキは、その場で立ち尽くす。全身から汗が一気に噴き出していた。
「ロキ!」
アディーの声がした。ロキははっとして、振りかえる。それから、顔をぐしゃぐしゃにして、涙を流していた。
「アディー……。ごめん。一体逃がしてしまった……」
「もう、良いって! 乗れ! 先に進むぞ!」
言って、ロキの手を握ると、後部座席にロキは乗り込んだ。イロハがロキの涙を見て、手でそれを拭った。
「ろき。だいじょぶ。やさしい。だいじょぶ」
言って、イロハがロキの膝の上に乗ると、ぎゅっとロキの腰に抱き着いた。ロキは勝手に流れてくる涙を袖で拭うと、じっとイロハの温度を確かめていた。
ミルコが、先頭に戻ると、
「ロキ! 辛いかもしれないけど、イロハの命はロキにしか救えないんだからね!」
言われて、ロキは鼻を啜ると、
「うん、分かってる」
そう、自分に言い聞かせるように答えた。
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