第四章 discover traitor
まだ泣き止むことのないロキに、イロハは慌てて駆け寄った。
「ろき、ろき。だいじょぶ、だいじょぶ」
何度も反芻して言葉を投げかけ、頭を撫でてやる。すると、イロハの付けていたサーマルセンサー装置から音声が響いた。
「discover traitor error error」
その音声はどこか壊れたようにエラーを吐き出していた。イロハはハッとして、そのサーマルセンサー装置を外し、その場で素早く足で踏み壊した。
それから動けずにいるアディーを担ぐと、
「ろき、ろき、ゴー。ゴー」
言って、ロキの蹲っている背中を何度も叩く。それでも微動だにしないロキに困り果てたイロハは、
「うー! ろき! ゴー! ゴー!」
言って、思いきりロキの腕を引っ張り上げ、二人を担ぐような形になりながら、イロハはひとり待っているミルコの方へと歩いて行った。
森を掻き分け、イロハは大人の男を二人も担ぎ、歩いていると、前方からミルコがファイアを横に連れて歩いてくるのが見えた。
イロハはそれを見つけると、
「あう! みるこ!」
と、叫んだ。その声を聞いて、ミルコもイロハたちの場所に気づき、走ってきた。男二人を抱えているイロハの顔はどこか悲し気で、ミルコは何かあったのだと一目瞭然だった。
「イロハ! これ、どういうこと? ……アディーは怪我をしてるね。ロキはなんで泣いてるの。ねえ、ロキ、何があったの? 通信も切られてしまうし、ビーナスと鉢合わせた?」
ミルコが鼻を啜り、まだ呼吸も整っていないロキの姿を見て、肩を揺する。すると、アディーがなんとか咳をひとつすると、目を開け、
「……ビーナスと遭遇して、ロキが殺した。そのせいでロキはパニックになってる」
アディーはまた咳を繰り返すと、ミルコはキッとロキを睨み付け、
「ロキ! あんたの仕事はアディーとイロハを守ることだったでしょ? こんな事態も想定内だったんだ。こんなことでいちいち落ち込むなんて、僕たちのことをバカにしてるのと一緒だよ! 分かってんの? 自分の手を汚さずに僕たちばかりにやらせるのは間違ってる」
言われて、ロキはやっとミルコの目を見て、深呼吸をした。
「……わかってる。わかってるよ……。でも、どうしても、どうしても自分がいけない存在に見えてしまって。それに、俺は母さんを殺したってことに……」
「だからそんなことは誰もが百も承知なんだって! それより、アディーを怪我させたことに対して反省してくんないと、この先一緒になんてやってらんないよ。あんた、この世界を終わらせたいんでしょ? それくらいの覚悟なかったら、ロキには無理だよ!」
正当な理由だ。ミルコの言っていることはロキも理解ができる。自己嫌悪にまみれた自分が、仲間を怪我させてしまった。こんなことではこれからもっと大きな陰謀に近づいていくときに、自分の判断ひとつで仲間を犠牲にしてしまう可能性がある。
そう思うと、隣で必死に自分の身体を支えているイロハにも、ぐったりとしているアディーにも、申し訳ない気持ちがどんどん沸いてきて、ロキはまた泣き出しそうになる。それでも、両足でしっかり地面を立ち、支えてくれていたイロハの身体から離れると、アディーを抱えた。
「ごめん。俺のせいでアディーに怪我させてしまった……」
言うと、アディーは脱力したまま笑みを零すと、
「良いってことよ。俺の不注意でもあるしな」
「ごめん」
と、何度も謝るロキ。それを見ていたミルコは、嘆息すると、
「……とりあえずなんだけど。まず僕の部屋に行こう。それから話そう。アディーの治療もしないとだから」
「わかった」
ロキは頷くと、抱えているアディーの身体の重さが、命の重さのように感じて、一歩ずつゆっくり歩いて行った。
ミルコの部屋に戻った一行は、アディーを簡易ベッドに横たわらせると、ミルコが殴打された箇所を処置していた。
ロキはイロハと一緒に並んで座ると、イロハをぎゅっと抱きしめた。それから、ミルコに向かって、
「ミルコ。通信が途中で出来なくなったのは、多分、イロハが裏切り者だって通報されたからなんだ」
言うと、ミルコは処置していた手を止めると、目を丸くして、
「え? じゃあ、僕が通信を傍受していたのも辿られたかもしれないね……。まずいな」
ミルコは固く唇を結ぶ。今度はアディーが、
「確かに、俺は聞いた。イロハの通信機からエラーが吐き出されていた。だからイロハが通信機を壊した。つまり、通信を探知していたのなら、逆に向こうも居場所を探知できてるってことにならないか?」
「あり得るよ。となるとなんだけど、ここにいるのはまずくなったわけだよ。くそ、だからイロハは通信機を壊したんだね。それは正解だったよ。だけど、もう遅いかも」
重くミルコが言うと、ロキが、
「じゃあ、ここから離れたほうがいいってことになるよね」
「うん。僕の家でこれからロキの制御装置を作ろうと思ったけど、それは無理だね。すぐにでもここから離れたほうがいいと思う。ただアディーがすぐに動けるかどうか……」
言って、処置といっても、消毒と炎症止めの処置くらいしかできなかったアディーの身体が回復するのは日にち薬だ。ミルコが心配そうにアディ―を見る。
アディーはそんなミルコを見て、よっこいしょ、と身体を起き上がらせると、
「俺は大丈夫だ。バイクを転がすくらいなら少し休めばできると思うぜ。その代わり、ミルコ、俺のバイクの給油だけしたい。そのガソリンだけ手に入れてきてくれないか? その間だけ休ませてくれ」
「いいよ。それくらいならC地区でできるから。とりあえず、ここでロキの制御装置が作れないとなると、僕のつてを辿って、D地区に行くのが賢明だと思う。そこには博士の弟子でもあった仲間がいるはずだから。今でも移動してなければだけど」
ミルコが言うと、ロキも頷いて、
「じゃあ、D地区に行こう。イロハが裏切り者だと通報された以上、俺たちも手配犯だし、普通の恰好でD地区に入るのは難しいし。何か顔を隠せる外套とか手に入ると良いんだけど。ミルコ、そういうものもC地区で手に入るなら買ってきて欲しい。お金は全部俺が持つから」
「良いよ。マントみたいなもので良いならあると思う。じゃあ、僕はすぐに買ってくるから、しばらくアディーは安静にしていて。あと、イロハ」
「あう?」
イロハが小首を傾げてミルコの方を見る。ミルコは顔を掻きながら、
「……あんたの取った行動は正しいよ。あんたを裏切り者として本部に狙われるような危険な目に合わせた借りは僕も返すから」
そう言って、ふいっと顔を逸らすと、
「じゃあ、行ってくるね」
「うん、よろしく」
言って、ロキは札束をミルコに握らすと、ファイアの背中に乗って、ミルコは外へ出た。
残された三人。しばらく重たい空気が流れていた。
アディーはベッドにまた横になると、痛む身体が障るようで、顔をときどきしかめ、態勢を何度も整えると、ロキに向かって、
「ロキ、お前の判断も間違ってないぜ。そりゃあ、自分の母親を殺したと思うかもしれねえけどさ。でも、今のビーナスはDNAが一緒なだけで、お前を産んだってわけにはならねえだろ。あんま深く考えんな。じゃねえと、俺たちがいなくなったらお前、どうすんだよ」
「アディーたちがいなくなるとか、そんなこと考えたくないよ……。俺も矛盾してるってことは分かってる。人間らしくいたいなら、アディーやミルコみたいに考えるのが妥当だし、変に難しく考えてしまう自分に自己嫌悪だってする。でも、イロハまで巻き込んでしまったし、どんどん俺がみんなを巻き込んでいってしまってるのは確かだから。その分、俺がしっかりしないと、とは思うよ」
言って、ロキは下を向いた。申し訳なさそうに目を伏せるロキを見て、アディーは、「アホ」と、言い放つと、
「てか、ロキ。お前、悲劇のヒロインぶってんじゃねえよ。アホか! 俺たちだって、お前の考えてることに共感して付いてきてんだぜ? だったら一人で背負うようなことしなくていいんだっつーの。難しいこと抜きにして、俺もお前たちにできることを提供する。ロキも俺たちにできることを提供する。それでWINWINだろ? それだけだっつーの!」
言って、ふいっと身体を横にして、アディーが、
「俺、ちょっと寝るわ。まあ、ロキ、あんま悩むな。助けてくれてさんきゅな」
言うと、そのまま寝息を立てた。ロキはそのアディーの粗暴でありながら、優しさに溢れた言葉に、救われる思いになり、
「うん。有難う、アディー」
言って、やっと笑顔を作ることができた。隣にいるイロハの手を握ると、
「イロハも有難うね。俺、もうこんなみっともない姿、絶対見せないって誓うよ」
「あう。ろき、あで。すき」
と、イロハが微笑んだ。その言葉にロキはまた涙が零れそうになるも、そっとイロハを抱き寄せた。身体に伝わる温度が固まったままの心を解いていくようだった。
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