(7)
アディーのバイクは月の光を頼りに進んで行った。
途中で幾度か、サーマルセンサー探知機の煩わしい音が響いていたから、方角を気にせず、とにかく前に進んでいた。空に浮かぶ星が綺麗だ。荒野に咲く花が煌めいているかのようで、イロハはロキの膝の上で蹲り、空を見上げていた。
ロキは腕時計を見た。もう深夜の零時だ。イロハも眠いようで、うとうとと舟を漕いでいる。こうやって普通に見えるイロハも、まだ病み上がりなのだ。ロキはアディーの背中を叩くと、
「なあ、アディー。だいぶ荒野も抜けてきた。草も木も生えてきているから、どこか遮蔽物のある場所で今日は野営しないか?」
バイクの風を切る音で、少々聞こえにくかったが、アディーは前を向いたまま、
「そうだな! 俺も流石に眠いわ。ちょっと林の方に入ってみる。足元が悪くなるかもしれないから多少揺れるが我慢してくれ!」
「わかった!」
言って、アディーは林のある方向へと向かった。気温も下がり、ずっとバイクに乗っているせいで、余計に寒さを感じる。イロハが起きないように、ロキはそっと抱きしめた。イロハの温度が流れてくるようだ。子どものようなイロハを見ていると、日々の戦闘で出会うビーナスたちは一体何を考えているのか、気になってしまう。
しばらく林の中を探索しているアディーだったが、ちょうど、足場も整っている野営を張れそうな場所を見つけた。
アディーは長い時間走り続けていたバイクを停めると、背筋を伸ばした。
「よし、ここなら火も炊けるんじゃないか? 今日はここにしようぜ」
言うと、バイクを降りて、バイクを固定した。ロキもそれから寝ているイロハを持ち上げると、ゆっくりとバイクを降りた。
「イロハ、眠っちゃったよ」
ロキが笑って言うと、林で月の光が翳り、どこか哀愁が漂っているように見える。
「まあ、走行中の揺れって意外と心地いいからな」
アディーも微笑むと、
「じゃ、薪拾ってくるわ。ロキは、イロハ横にならせたら、俺のバイクの中に多少の水はあるから、それ用意しといてくれ。もう喉カラカラだぜ」
「わかった。すまない、俺があんなことさえ起こさなければ、俺も補給できたんだけど……」
イロハをそっと葉っぱのベッドに横たわらせると、伏目がちで言う。アディーは、はは、と苦笑すると、
「まあ、やっちまったもんは仕方ねえって。とりあえず、火の用意も頼むな」
言って、アディーは林の中で薪になりそうなちょうど良い枝を探していた。
ロキはバイクの後部座席に乱雑に置いてある荷物の中からミネラルウォーターのペットボトルを三本取り出すと、ちょうど視界に入ったブランケットも取り出した。
イロハのいる場所に戻ると、イロハはすやすやと心地よさそうに眠っていた。それにそっとブランケットを掛けてやると、イロハはころりと寝返りを打った。
「ロキ、薪これで良さそうだぞ」
言って、腕に抱えれるだけの枝を持ってくるアディーに、「有難う」と告げると、それをイロハから少し離して、組み上げた。そこに枯れ葉に火を点けると、少しずつだが火が灯ってきた。二人で扇ぎながら火を起こす。しばらくすると薪にしっかりと火が点き、温かな赤い光が輝いた。
しばらくロキとアディーは何も言葉を交わすことなく、各々ペットボトルの水を飲んでいた。先に口火を切ったのはアディーだった。
「ロキ。あんときとったお前の行動は間違ってないと思うぜ」
言って、手を焚火に翳すアディー。言われて、ロキは唇をぎゅっと噛んだ。それから、
「……でも。俺、人を殺してしまったかもしれない」
ロキは水を口にして、その言葉を飲み込むかのように喉に通した。
「でもさ。仕方なかっただろ? イロハが見つかっちまったし。それ覚悟で補給地区に入ろうと思ったんだろ? まあ、管理者に攻撃しちまったし、もう俺らは指名手配犯になっちまったけどさ」
はは、と乾いた笑いをする。ロキは、「ごめん」と呟くと、アディーが「でも」と前置きを零した。ペットボトルの水を飲みながら続けた。
「どっちにしてもさ。俺らこれからアマテラスプロジェクトに殴り込もうっていう気なわけじゃん? だったらどっちにしても指名手配犯になるんじゃね? なら少しでも前向きにいようぜ」
言って、今度はニカっと歯を見せて笑った。ロキは、その笑顔に負けた、と云わんばかりに、
「そうだよね。ただ、次の地区で俺たちが捕まらないように情報収集をするのが困難にはなったのは確かだし……。今、ここはB地区からかなり東に来てるみたいだけど、こっちの方角だとC地区が一番近いのかな。アディーは行ったことある?」
「いや、ないな。でも、情報は知ってる。伊達にB地区で酒場や賭場にいたわけじゃねえからな。たしか、C地区は耕作や農業がメインの地区だって聞いたことがある。その恩恵で、B地区では肉も手に入りやすいって聞いた。そんな場所だから人口もあまりいないだろうけど、何かアマテラスプロジェクトの情報を手に入れられると良いんだけど、難しいかもな」
「そっか……。どっちにしても食料は調達できそうなのは間違いないね」
「ああ。それとロキ……」
頷いてからアディーはロキの瞳をじっと見つめた。ロキはその視線を感じるとそっと目を伏せた。アディーは言いにくそうに何度か言葉を逡巡していたが、
「ロキ、お前、ああいう状態によくなるのか?」
やっぱり、その質問か。そうロキは思うと、ゆっくり頷き、
「……なる。感情が高ぶったときとか、自分の危機管理に制御ができなくなると、ああなってしまう。記憶も抜け落ちるんだ。気が付くと、そこには死体だらけになっていて、だからもう、俺は人の死を間近に感じたくなくて。そう、そうなんだ……」
何度も自分を言い聞かすようにロキは呟いた。アディーは「そっか」と端的に言うと、
「よし! 今日は寝ようぜ! どっちにしてもここは戦闘フィールドだ。二人のサーマルセンサー探知機が同時に鳴れば嫌でも飛び起きるだろ。だからロキも寝ろよ。まだどれくらいで次の補給地区に辿り着くかわかんねえんだからさ」
「うん、そうだね。なんか、ごめんな、アディー」
言って、眉を下げ苦しそうな表情を浮かべるロキだったが、アディーはそれを見なかったようにその場で転がると、
「良いってことよ! じゃ、オヤスミー」
「ああ、おやすみ」
アディーがロキに背を向けて横になったから、ロキはイロハの隣にそっと寄り添い、横たわった。相変わらず、可愛らしい寝顔をしている。白い肌が闇に溶けて透明にさえ見える。ロキは「イロハ、また明日」とそっと言うと髪を撫でてやった。
今日も月は高いところにある。
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