(2)

 ロキはカンザスの家を出て安宿に向かっていた。安宿に着くと先に辿り着いていたアディーの声が響いてきた。


「やめろ! おっさん! 引き金を引けば俺があんたを撃つぞ!」


 安宿のエントランスに入ると、アディーがマシンガンを宿の店員に向けていた。店員は細い身体で護身用と思われる拳銃をアディーに向けていた。


「う、うるさい! 貴方たちがここに泊まっていたのも私の運命なんだ! 貴方たちを捕まえれば私は一攫千金を狙える!」

「チッ!」


 アディーは冷や汗を流しながら牽制を続ける。そこにロキが入って行くと、店員は素早くロキにも銃口を向けた。


「くそ! 他の仲間も帰ってきたのか……! うおおおおお!」


 言って、店員が目を瞑り、ロキに向かって引き金を引いた。弾丸がロキの肩をすり抜けて行く。瞬間、ロキは思い切り床を蹴ると店員の首を目掛けて手刀を入れた。


「うっ」


 と呻きながらロキの腕に倒れ込む店員。ロキはそっとその場に店員を転がすと、ポケットに入っていた金をフロントに少しだけ置いて、


「行こう。早く荷物を外に運ぶぞ、アディー!」

「ああ!」


 そのとき、ミルコもエントランスに駆け込んで来て、転がっている店員を一瞥すると、部屋に向かった。


 ロキたちは荷物を全部エントランスまで運ぶと、ミルコはファイアの上に乗って、


「とりあえず、カンザスさんが用意してくれてる車を探そうよ」


 言うと、ロキとアディーは頷き、エントランスから出ようとした。そのとき、もう街の人々が集まって来ていた。各々銃を構えている。住人のひとりが、


「いたぞ! 銃声が聞こえたのはやはりここだ!」

「いいぞ! 捕まえろ!」


 五人の住人たちが安宿の外を包囲していた。アディーはマシンガンを住人に向け、


「俺らを見逃せば多少の金はやる! その銃を下ろせ!」

「多少の金なんざ、いらねえんだよ! あんたらを捕まえれば俺たちはビーナスと戦わなくても大金が入るんだ! 大人しく捕まれ!」


 更に力が入った住人たち。アディーが、


「おい、ロキ! なんとかしてくれよ!」


 隣にいるロキに視線を飛ばすと、ロキは手に握られている剣をぎゅっと握った。やるしかない、と思ったときだった。


「ゴー! アンダルシア!」


 ミルコの声が響いた。アンダルシアは弧を描くように住人たちの前に飛び出し、足元に銃弾を連続して撃ち込んだ。バババババッと地面が抉り出される音がする。住人たちは、


「ひいっ!」


 と、慄き、その場でへたり込む。ロキはミルコに、


「ありがとう、ミルコ! とにかくカンザスさんを探さないと!」

「ここは僕に任せて! ロキとアディーで見つけに行って!」

「分かった! 行こう、アディー!」

「あ、ああ!」


 言って、二人はカンザスの家の方へと走って行った。荷物を見張るために安宿に留まったミルコは薄ら笑いを浮かべると、


「僕はあいつらと違って、容赦ないからね……。どこからでもかかってきなよ」

「ひいっ!」


 住人たちは、飛空したままのアンダルシアを見て、その場から逃げて行った。ミルコはそれを見送ると、何かが引っかかるようで考える形になった。


 ロキたちはカンザスの家に行くもカンザスがいなかったため、とにかく街中を走っていた。ロキたちの顔を見付けると、やはり銃を向ける住人が襲ってくる。


「いたぞ! こっちだ!」


 住人がロキたちを見付け、声を荒らげる。ロキはふう、と息を吐くと、剣の柄を住人に向け、そのまま突進する。ドンっと内臓に押し込むように柄をねじ込む。住人は唾を撒き散らしその場で倒れる。ロキは、他の住人を睨みつけると、


「大人しくしてくれていれば、俺たちは貴方たちを殺しはしない。どけ!」


 言って、柄を構える姿勢を取る。ブレードの部分は鞘に入れたままだ。住人のひとりが、


「ガキが舐めやがって……!」


 言って、ぎりりと歯を噛むのが見えたとき、後方からアディーの威嚇射撃が住人の足元に放たれた。ズガガガガッと連射が響く。


「どけえっ!」


 アディーがマシンガンを放つと、住人はその場で仰け反る。苦々しくアディーを見つめる住人たちをよそに、ロキが、


「ありがとう、アディー! カンザスさんは一体どこに行ったんだ! アディー心当たりは!?」

「分からん! でもでかい車を探しに行ってるんじゃねえのか!?」

「でかい車か……」


 言うと、ロキは目線を周りに向ける。ここは十字路になっている。右折すると、大きなマーケットが見えた。ロキが、


「もしかしたら!」


 言って、思い切り右折をした。アディーもマシンガンを住人に向けたまま走り出す。ロキがマーケットの前に辿り着くと、思った通り、大型のトラックがそこに停まっていた。運転席には気絶した男が乗っている。ロキは後ろの荷台に目を向けると、カンザスの姿を捉えた。中の荷物を外に出しているようだった。


「カンザスさん!」


 ロキが叫ぶと、カンザスは顔を上げた。


「お前ら! 今トラックの荷物を外に出して荷台を空けてるんだ! 手伝え!」

「はい!」


 言って、野菜や雑貨が入った箱を外に出す。アディーは、マシンガンを抱え、人が近付かないように警戒態勢を取ったまま、


「父さん、早くしないとミルコが宿に残ったままなんだ! あいつ、力ないから早くしないと!」

「分かった! ロキ、どうだ、中はこれくらいあればファイアってのは乗るのか!?」

「そうですね、もういいと思います!」

「了解!」


 言うと、カンザスは運転席に伏せている男をずるりと外に出して放った。それから運転席に飛び乗ると、


「お前たちも乗れ!」


 その声で、アディーは助手席に、ロキは荷台に乗り込んだ。ブルンとエンジンが掛かる音がして、トラックは安宿に向かい走って行った。


「飛ばすぞー!」


 カンザスがハンドルを切り、ロキは荷台に立ち、外を見た。四角い空間にロキは立つ。それを見付けた住人はロキ目掛けて発砲する。ロキは剣の鞘を抜くと向けられた弾道にその剣を向けた。パキン、とそれを弾く。目をしっかりと見開き、向けられる弾丸をじっと見つめる。仁王立ちしてその剣を振るう様は、住人から見たら、末恐ろしい悪鬼のように見えていた。


 カンザスの運転するトラックが安宿に着いた。ロキは荷台から飛び降りると、ミルコをエントランスで見付けた。そこには住人がひとりもいなかった。もちろん、死体もない。


「ミルコ! 無事で良かった!」

「うん。僕は無事だよ。トラックを見付けたんだね。荷物を入れて。早く」

「分かった!」


 ロキが荷物を荷台に詰め込むと、アディーも降りて来て、それを手伝った。


「アディー、身体大丈夫?」


 ロキがアディーに心配そうに声を掛ける。アディーは頷くと、


「ハイになってんのかもしんねえけど、今んとこ大丈夫だ!」

「アディー、これ飲んでおいて」


 ミルコが鞄の中から薬を取り出す。アディーはそれを受け取ると口に入れた。ごくりとそのまま飲み込む。


「さんきゅ! ミルコはもう荷台にそのまま乗れ!」

「うん!」


 言って、全部の荷物が荷台に入れられると、アディーは助手席に戻り、カンザスに、


「父さん、出してくれ!」

「あいよ!」


 言って、その場からトラックは駆け出した。正面にある管理者の待ち構える出入口に向かう。荷台のドアをロキは閉めると、中は真っ暗になった。ミルコは鞄から電子ランタンを取り出し、それを灯した。お互いの顔がこれではっきりと見える。

 ガタゴトと揺れる荷台の中で、ミルコは再びじっと何かを考えていた。それから、


「ねえ。住人たちは僕たちを殺そうとはしてないね」

「え? なんで?」

「多分、どう懸賞金を賭けられているのかその通達を直接聞いてないけど、ジェイドは僕らを捕まえたら、って言ってた。それって生け捕りっていうことでしょ。それに僕みたいなひ弱な奴を見つけたら大勢で襲えばなんとかなりそうなのに、傷ひとつ付けようとしなかった。だからアンダルシアの牽制だけで僕は身を守れたんだ。つまり」

「つまり?」


 ミルコはロキの顔をじっと見つめる。


「僕たちは今すぐにアマテラスプロジェクトの本部に来いって誘導されてるってことだよ」


 それを聞いて、ロキはゾワッと背筋が凍った。誘われている。そう思うと、これから大きな戦いが自分たちを待ち構えているようで、イロハや仲間の命が途端重く感じる。

 守らなければ。そう思うと、ぎゅっと拳を握りしめた。


「それならやるしかないね」


 言って、ミルコも深く頷いた。

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