(3)
ロキたちは約二日かけてG地区に向かった。途中何度かビーナスに遭遇するたび、アディーの狙撃でなんとか退けることが出来た。ロキはトラックの荷台で銃声を聞くたび、胸が痛くて仕方がなかった。しかし今はそれよりもイロハの無事を確かめたい、それから自分の出生さえ分かれば、あとはアマテラスプロジェクトの陰謀を破壊するだけだ。そう思いじっと心の痛みに耐えていた。
トラックが停車した。カンザスが荷台の扉を開けに来ると、すでに重装備をしていた。手にはマシンガン、腰にダイナマイト。それと拳銃。重い表情でカンザスは、
「G地区の森林に着いた。あと二百メートルほどで入口だ」
言われて、ロキとミルコは頷くと、装備を整え外へ出た。ミルコはファイアとともに降りる。外へ出ると、深緑の香りがした。清々しい空気がまるでここだけ神聖なものが漂っているかのようで、それが皮肉のようにも思えた。
アディーを見ると、ショットガンを背負い、マシンガンを腕に抱えていた。ロキも腰にダイナマイト、剣を手に握っている。カンザスは全員が揃うと、
「着いてこい」
行って、森の奥へと進んで行った。
二百メートル歩く間、誰にも見付からないように周囲を窺いながら歩く。静かなものだった。まるで本当に地下シェルターに来いと言わんばかりに静かだ。
カンザスが樹齢数百年と云わんばかりの大木を目の前にすると、地面に指をさした。
「ここから中へ入れる」
言って、大木の根元に折り重なるように葉が集まっているのを掻き分けると、スイッチのようなボタンが出てきた。それを押す。すると、轟々と音が響き、地面がぱっくりと割れた。鋼の扉がスライドする。四方二メートルほどの大きな入口が現れた。
「ここが地下シェルターの入口だ。階段になっている。気を付けて着いてこい。下りきると警備員がいる。俺が始末する」
言って、全員がこくりと頷くとカンザスは階段を丁寧に降りて行った。全員もそれに倣う。ファイアがのしのしと続いていく。
階段はかなりの長さがあった。だいぶ深い場所に地下シェルターはあるのだろう。階段内は深くに行くほど、陽の光が入らず暗い。しかし一本の道だからただ慎重に進めばいい。
しばらく進んだときだった。鋼の扉が出てきた。壁にはIDカードを刺すカードリーダーがあった。カンザスは懐から自分のIDカードを出した。それを翳す。
すると、けたたましい音が鳴り響いた。
「Intruder detection Intruder detection」
サイレンの音とともに、侵入者発見という機械的なアナウンスが流れ続ける。扉が開いた。中から武装した男二人がカンザスに向けて銃を向ける。中の光から階段の暗がりに光が差し眩しい。
「侵入者を排除する!」
武装した男が引き金を引くところだった。瞬間、カンザスの銃が先に動いた。頭蓋に一発だった。続けて、もうひとりを射抜く。崩れ落ちる警備員を冷静に処理をすると、カンザスは後ろを向き、
「走るぞ!」
言って、ロキたちはカンザスに続いた。中に入ると真っ白な空間だった。どこかの室内のような感じだ。道、というより廊下。この幅はやはり二メートルほどある。そして壁に囲まれている。どこまでも続く壁が続いていた。上を見ると監視カメラがある。ミルコがカンザスの後ろに張り付き、
「電気室はどこ?」
カンザスは走りながら、
「おそらく俺たちがいた区画の近くだろう。この先に十字路がある。右に行けば女の居住区、左へ行けば男の居住区、前に進めば子どもたちの施設。その先に上層部の施設だ。あるなら右か左」
「どっちから行く?」
ミルコが言うと、ロキが、
「二手に別れよう。その方が良いだろう」
言うと、カンザスが、
「……そうだな。もし違ったらそっちに合流すればいいな。ミルコとロキが一緒に右に行け。俺とアディーで左に行く」
「分かりました」
言って、相変わらず侵入者を通達するアナウンスが流れているが、人が出てこない。今何かしらの対策をしているのだろうか。
しばらく進むと十字路が出てきた。
「じゃあ、右に行きます!」
言って、ロキはカンザスとアディーに告げると、お互い頷き合って、分かれた。
ロキたちは走っていた。どこもかしこも真っ白で目がおかしくなりそうだった。蛍光灯の色がまるで透明に見えるようで、手に汗を握る。するとしばらくして人影が見えた。ロキは目を凝らす。人影は白い服を着ている。それに白い髪。……ビーナスだった。ロキはごくりと唾を飲み込む。瞬間、ミルコが、
「ゴー! ファイア!」
と叫び、ファイアがビーナス目掛けて突進する。がぶりとビーナスの首に噛み付く。無惨にもあっさり転がるビーナス。
「すまない、ミルコ!」
ミルコは無言でそのまま走る。すると、それに続いてビーナスの軍勢が押し寄せてきた。二メートルしかない廊下にぞろぞろと出現する。ミルコが、再び、
「ゴー! ファイア!」
と告げるが、ファイアだけでは捌ききれず、残りのビーナスがミルコを目掛けて走ってたくる。ミルコはしまった、と身体を強ばらせるも、そのときさっとロキがミルコの前に立った。それから、悲痛めいた表情で、剣を思い切り振りかざした。
ザシュッと云う衣が切れる音とともに、薄い身体が裂ける。ビーナスは「ぎゃあ!」と断末魔を上げその場で倒れた。それでも次々襲いかかってくるビーナスに、ロキは、
「ごめん! ごめんっ!」
と、自分が斬られているかのように、泣きそうな声を響かせ薙ぎ倒していく。真っ白だった廊下と壁が赤く染まった。
ロキは肩で息をすると、ミルコに、
「先へ急ごう」
言って、ミルコも無言で頷くと、ビーナスの遺体を避けるようにして走り出した。
しばらく走っていると、行き止まりだった。しかし。そこには扉があった。ミルコが、
「開けてみよう」
言うと、ロキも、
「でも、カードリーダーがある。どうやって」
ミルコはそれを聞くと、カードリーダーを解体しだした。それから持ってきたパソコンを繋ぐと、なにやら操作をした。すると、しばらくして、カードリーダーのランプが青色に点灯した。ミルコはパソコンを閉じると、
「解除完了。中に入れるよ」
ニッと笑みを零すミルコに、ロキはやっと笑うと、扉に手をかけた。扉はスライドするように開くと、中には電気室だと思われる、電圧装置や、サーバーが並んでいた。ミルコはサーバー装置の方へ進んだ。
「当たりだったね」
ロキが辺りを見渡してそう言うと、ミルコの進んだサーバーの方へ行った。そのときだ。大きなサーバー装置の影にファイアとミルコ以外と思われる白い影が見えた。
「だ、誰かいるのか!? ミルコ!」
しかし、ミルコの声はない。不審に思ったロキは剣を構え、ゆっくりと近づく。すると、そっと出てきたのは大人の女だった。白衣を着て、その女の腕でぐったりと気を失っているミルコのこめかみに拳銃を突きつけている。女は、サーシャだった。ロキは初めてみる人間の女に目を見張る。
「あんたが、ミルコを気絶させたのか……」
ロキが静かに言うと、サーシャは薄く笑い、
「ここに来ると思ってたわ。単純で有難う。おっと、その場を動けばこの子の命はないわよ」
「どちらにしても、生かしておくわけじゃないだろ」
「いいえ。この子はアマテラスプロジェクトに必要な人材ですもの。貴方のような存在と違ってね」
ふふ、と不敵に笑うサーシャに、ロキは剣を構える。
「ミルコを離せ」
「嫌よ」
言うと、サーシャは手に持っていた銃をロキに向けて放った。パシュンと軽い音が鳴ると、ロキの腕に針のようなものが刺さった。途端、ロキは強烈な眠気に襲われた。目の前がぐるりと回転する。
「眠ってて頂戴」
言って、サーシャはミルコを連れ、電気室の奥にあった扉から外へ出た。別の部屋に繋がっているのだろうか。ロキは薄れゆく視界の中、必死に手を上げた。
同時刻。オーディンはボスのいるモニタールームに呼び出されていた。侵入者発見のサイレンがこのモニタールームにも響いている。ボスは楽しそうな表情で、
「オーディン。いいか、お前を創った私のために、今こそその力でロキを潰すのだ。あれは失敗作だ。お前はそれと違って強い美しさがある。私を落胆させてくれるなよ。私の世界のために、反乱分子は殲滅しなければならない。あと少しなのだ。あのビーナスも手に入った。あと少しなのだ。分かったな、オーディン」
言うと、オーディンは頭を下げ、
「はい。分かっています。ボス」
無表情でそう告げるオーディン。ボスは、うむ、と満足そうな顔で、
「さあ、行け。ここまで来たら奴らを仕留めるのは簡単だ。それに下界にもこのことが知られることはない。絶好のチャンスなのだ。私の可愛い、オーディンよ。ロキを殺せ!」
「御意」
言って、オーディンは扉を開け、外に出た。ふいにポケットにあるイロハが描いた絵を見た。
「本当にボスはイロハを自分のものにするのか……。また過ちを起こすのか……」
言って、ぎゅっと唇を噛む。それから絵に触れた。慈しむように撫でるも、自分の手が人のそれとは違うことで胸がざわつく。強い美しさとは。言われた言葉を心で反芻する。
「俺は失敗作じゃないんだ」
強く言って、絵をポケットに戻した。一歩一歩を踏みしめて歩く。まるで自分の命の重さを感じ取っているかのように。
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