(2)
流石はバイクといったところだろう。補給地区の入り口のゲートまで十分ほど走らせただけで辿り着いた。ゲートには管理者なる門番が常駐している。男であれば出入り可能で、特にIDチェックなどはないのが救いだ。ビーナスにはサーマルセンサー装置が付いているので、それでまず引っ掛かる仕組みになっている。だからイロハに限ってはとにかく、男だと思わせて中に入れば大丈夫だろう。
アディーは入り口にいる門番に話掛けた。
「バイク停めたいんだけど、いつもの駐車場空いてる?」
言うと、門番は見知った顔のようで、不愛想に頷くと、アディーは「せんきゅ」と言って、ゲート脇にある駐車場にバイクを停めに行った。その間に、ロキはイロハの帽子を深く被らせ、背中を押して入り口へと入って行った。そのとき、
「おい」
と、門番に話掛けられた。ロキはびくりと肩を揺らすと、
「……はい?」
と、応え、振り向いた。
「いや、あんた、この辺で見かけない顔だなと思って。でも、どこかで見たような気がしてな」
「はあ。俺は主に、このちっこいのと一緒にG地区にいたんで。それで知らないんだと思うんですが」
「何? G地区だって? 反対側じゃないか! あの荒れ果てた地にいたなんてあんた、相当な猛者だな! ほほう、このB地区の補給地区はなかなか楽しめると思うぞ。まあ、ゆっくりしていってくれ」
「はあ、有難うございます」
言うと、男はまた不愛想な顔をして、荒野を睨んでいた。ロキはほっと嘆息すると、「行こう」と言ってイロハと補給地区へと入った。
中に入ると、荒野のせいで、砂が舞っているし、ところどころくすんだ建物が多いとは思った。しかし、何より一番気分を高揚させるのは、屋台の食事の匂いだった。路地の両脇に屋台が出ており、小さな建物がびっしりと建て並ぶ。砂漠の駐屯地のようだ。
「わあ、ちょっと荒んだ感じがするけど、クラシックな建物が沢山あって、面白いなB地区」
ロキは忌憚ない意見を述べると、隣にいるイロハは「あう……」と言って、どこか俯いている。
「大丈夫。怖くないから。絶対ばれないように俺の後ろをぴったり着いてくるんだよ」
「あ、う」
言って、イロハはロキのシャツをそっと握った。すると、後ろから「おーい!」とアディーの呼ぶ声が聞こえた。
「お前ら、先に行くなんてずるいぞ! 待てよ!」
「すまんすまん。旨そうな匂いがしたからさ」
「たしかに、肉の匂いがたまんねえ! そうだ、今日は肉にしよう! 肉! 肉! 肉う!」
アディーはその場で跳ね上がると、「そうだ」と言って、くるりとロキたちを見た。
「俺、換金しないといけないんだよ。俺はこのB地区をメインに住み着いているからさ。この町のことならなんでも知ってる。とりあえず、お前ら、銀行まで一緒に着いてきてくれよ。飯はそっから! 歩きながら町のことも教えるぜ!」
言って、口笛を吹きながら、前を歩いて行くアディー。ロキはアディーが相変わらず根明な奴だから、イロハを守る不安を少しだけ拭ってくれるなと思う。アディーと仲間になれて本当に良かったと思った。
町を歩いていると、どうやらこの町は複雑な造りをしていて、店の構えはあるのに、今は開店していないようなテナントや、目つきの悪い連中があちこちで屯している。
補給地区でもランクのようなものがあり、ロキがいたG地区は本当に必要最低限の物しか売り買いできないような町というか、村のようなところだった。立派な最新設備の整っているサイバーシティもある。農場のような地区もあるし、補給地区は合計で七か所あるのだが、それもロキはまだ全制覇していない。
ロキはイロハのことを心配しながら、慎重にアディーに着いていく。すると、BANKと書かれた建物が見えてきた。その銀行は重工な鉄の扉で固められており、アディーは入り口に設置されているIDチェッカーに自分のIDを翳す。
すると、重い扉は軋みながら開いた。
「ちょっと待っててな」
言って、アディーは中に入ると、「いらっしゃい」と店員と思しき男が声を掛けてきた。
「換金したいんだけど。はい、これ」
言って、腰に付けていたサーマルセンサー探知機を取り出した。この探知機には殺したビーナスをカウントする機能も搭載している。その討伐数によって、金(通貨がポイントと呼ばれる由来である)と交換できる仕組みだ。
店員はカウンターを見ると、計算機を弾き、
「今のレートだと一体につき五十ポイントだ。だから十体で五百ポイントだな」
「マジかよ! 今そんなレート低くなってんの?」
「ああ、最近になってビーナスの出現率が多くなっているからな。どうしても低くなっちまうんだ。どうする? 今換金するのやめるか?」
アディーはうーん、と悩むと、
「ってまあ、いつビーナスが落ち着くかもわかんねえもんなあ。いいよ。換金して」
「あいよ。まいど」
言って、男は金庫から五百ポイントを取り出すと、アディーに渡した。
「ありがとな! また来る!」
「ああ。武運を祈る」
銀行の店員はサムズアップすると、アディーもそれを返した。
アディーが外に出ると、壁際にロキとイロハが佇んでいた。
「ロキ、お前は換金しなくて良かったのか?」
「俺は良いよ。金あるし」
「ふうん。あっそ」
言うと、アディーはにんまりと顔を綻ばせ、
「じゃあ、オススメの肉バルがあるんだよな! そこ行くぜ!」
「お、旨そう」
「旨いうえに安いんだ! イロハ、お前も腹いっぱい食べろよ。なんたってロキの奢りなんだからな!」
わはは、と上機嫌に笑うと、アディーは先を進んで行った。ロキは、苦笑しながら、そっと後ろで、「あう?」と言っているイロハの帽子を直してやった。
しばらく歩いていると、さっきの屋台が集まっている場所とはうって変わって、なんだか酒と生ごみの混ざった臭いのする場所に出た。昼だというのに、なんだか薄暗い気がする。カラスがカァと甲高い声で鳴いている。
「なんだか、この辺はメイン通りと違って雰囲気が変わるんだな」
ロキがそう言うと、アディーはいかつい男たちがパブのような店舗の前で酒を飲んでいるのを見つけ、指さした。
「ああ。ここら辺は、アングラな店が多い場所でな。あそこで酒飲んでるやつは、賭場の開店待ちしてんだ。あっちの店は風俗店。まあ、そういう場所なんだよ」
「は? 賭場はなんとなくわかるけど、風俗?」
ロキが眉を潜めた。それを見てアディーはしまったと思ったが、ここまで言ったら仕方ないと、
「……闇商人の爺さんいただろ? ああいう奴がいるのもさ。この賭場で開かれてるキャットファイトの手引きとか、風俗店の人員とか誂えてるんだよな。だから、あの店とかにいるのは厳重な管理下にあるビーナスたちなんだよ」
「なんだって? そんなことがまかり通るっていうのか?」
「だってよ。俺ら、アマテラスプロジェクトの統治下で男しかいないわけだろ? そりゃこういう裏商売も出てくるのは自然の理ってことじゃないか。良い子ちゃんのロキのが珍しいって」
「……そうか」
言って、ロキは目を伏せた。自分は良い子なんかではない。ただそう心で呟くと、アディーの明るい声が響いた。
「着いたぜ! ここ! 俺の行きつけ!」
アディーが指さした店は、木で出来た造りの店舗で、その木がところどころ傷だらけなのも、この場所に酒飲みたちが通い詰めている証拠だろうな、とロキは思った。店の中から肉汁の甘い匂いが香る。
「さ、中に入ろうぜ! もう腹減って歩くの限界!」
「ああ! 行こう、イロハ!」
「あう」
言って、ロキはさっきまでの自分の嫌な面を見なかったことにして、三人は肉バル「BELL」という店に入って行った。
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