(3)
店内に入ると、昼過ぎというのも手伝って、賑わいをみせていた。いかつい男たちが、こぞって、ステーキを頬張っている。店内に入ると更に肉のジューシーな匂いで満たされており、ロキはぐうとまた腹を鳴らしていた。軽い足取りで入っていくアディーにロキも着いて行くが、一歩遅れて中の人間たちの様子を窺うかのようにのそり、のそり、とあとを着いてくるイロハ。
そんなイロハに気づいたロキは、そっと手を握りしめて、アディーは空いているカウンターの席に座ると、隣まで連れて行った。
「マスター! どうだい、調子は? 今日は友達連れてきたぜ」
アディーがカウンターの中にいる、一見女のような風貌で、長髪をひとつ結びにしたエプロン姿の男に声を掛けた。マスターと呼ばれたその男は、細い目を更に細くして、微笑んだ。
「やあ、アディー。また来てくれたんだね。嬉しいよ。友達って、その隣の二人?」
言って、ロキとイロハに視線を移すと、「あらま。可愛い子たちじゃない」と、どこか女口調でふふ、と笑った。ロキはなんだか、ぞくりと背筋が凍る思いで、愛想笑いを返した。アディーはカウンターに置いてあるメニューをロキたちに渡すと、
「今日はこいつの奢りなんだぜ! こいつはロキっていって……えーと。その隣のがイロハ!」
言って、ロキの背中を思いきりばしんと叩く。ロキは「痛っ」と言って、また愛想笑いを返す。それから、メニューをずっと俯いたままのイロハにも見せながら、値段を確認した。レギュラーサイズの300グラムステーキで25ポイント。とても安価だ。ロキはアディーに、
「ここのオススメってあるの? それを俺とイロハにもらえたら。イロハ、それで良いよね?」
訊くと、イロハは顔をロキの陰に隠れながら「あう……」と頷いた。イロハは店内にエキゾチックな音楽もかなりの大きさで流れているし、人の話し声で落ち着かないのかもしれない。
「じゃあ、このステーキ500グラムのやつみっつ! ガーリックライスも一緒に! あと俺ビールね! ロキは?」
「500グラム……。あ、うん。じゃあ俺もビールお願いします」
意外というより、流石というか、あまりの肉の量に驚くも、ここずっと補給地区に辿り着けず、まともに食べていない日々が続いたから、久しぶりの肉を食べれる高揚感が腹の音とともに、高鳴っていく。ロキはイロハに、「食べれなかったら、きっとアディーが食べるから」と言って、帽子をまた深く被らせた。マスターは笑顔で「はい、お待ちくださいな」と言って、厨房へオーダーを流した。
「はい、まずはビールね。お待ちどうさま」
言って、マスターが二杯のビールジョッキを持ってきた。アディーは「さんきゅ!」と言って、ロキの方を向き、
「乾杯しようぜ、ロキ」
「ああ!」
言って、カツンと、ジョッキ同士を重ね合うと、お互いごくごくと一気に喉を潤した。炭酸とビールのホップの渋みが喉を刺激する。
「ぷはあ! これこれ! やっぱ日々の疲れを忘れさせるのは酒と食事だよなあ!」
アディーはぷはあ、と何度も言いながら、ビールを喉に通す。そして、大きなジョッキに入っていたにも関わらず、すぐに空になると、「マスターおかわり!」と言って、遠慮もなく注文をする。ロキは少しずつ酒を嗜んでいると、隣でイロハが、興味深そうに覗いてくる。
「イロハにはまだ早いんじゃないかな。そうだ。なんかジュースもらおうか」
「……あう」
言って、ロキはマスターに「何かこの子にジュースをもらえますか?」と尋ねると、マスターは「はい」と言って、コーラをイロハの前に置いた。黒色の液体が目の前に出てきたのをしげしげと見つけるイロハ。
「大丈夫だよ。毒なんか入ってないから。飲んでみな。甘いよ」
「あう」
こくりとイロハは頷くと、コーラをアディーの仕草を真似るようにごくごくごくと喉を鳴らして飲んだ。すると、
「ぷはっ! げほ、げほ、げほ!」
と、むせてしまった。イロハはそのグラスをぱっと放すと、ロキを涙目になりながら睨んだ。それからグラスを床に放り投げてしまった。ガシャンと、落ちて割れるグラス。イロハは「うー! うー!」と唸っている。
ロキは慌てて、でも少し笑いながら、
「イロハ、これはコーラっていって、飲むとしゅわしゅわと口の中で弾けるんだ。毒じゃないし怖いものじゃないよ。ゆっくり飲めばいいんだから。アディーの真似せずに、俺の真似しな」
言うとアディーが二杯目のビールを口にしながら、ふふん、と鼻で笑うと、
「イロハはおこちゃまだな~! そんなんじゃいつまで経っても育たないんだぞお。あはは!」
アディーはどんどん陽気になっていく。イロハはアディーに何か自分がからかわれたのが分かったのか、「うー……」と不機嫌な顔を作ったままだ。
ロキがマスターに「すみません」と謝ると、「その子、変わった子ね」と苦笑され、マスターは床に落ちたグラスの破片を片付けに行った。イロハは、相変わらず「うー……」と言っている。警戒姿勢をなかなか解いてくれない。ロキは困り果てていたが、ちょうどよく、厨房からステーキ三人前が出てきた。ぷんと、肉の焼けた香ばしい匂いが漂ってきた。
「ほら! イロハ、食事だよ! もう、怖くないだろ? 旨いんだぞー。な? 食べよう?」
言って、三人の前に、イロハの顔のサイズくらいある肉の塊が置かれた。
「うっひょー! 旨そう! いっただっきマース!」
アディーは手を合わせると、形振り構わず、ステーキをがぶりと頬張った。
「うんめえ! ロキ! お前らも食えよ!」
「う、うん!」
ロキもフォークとナイフを上品に使って、ステーキを口にした。口に入れると甘い肉汁がひと噛みごとに溢れ出す。少し硬いけど、その分、よく噛まないと飲み込めないから、腹はより満たされるような気がした。久しぶりの温かい食事にありつけたロキは、ぱくぱくと丁寧な所作で、肉を一口大に切っては口に入れていく。
すると、隣でイロハがじいっとロキとアディーの様子を見ていた。ロキもアディーも目の前にある肉に必死になっているし、イロハも肉の旨そうな匂いについよだれが出てしまっていた。フォークとナイフがあるがどうやって使えばいいのか分からないイロハは、右手にフォークだけ握ると、ざくりとステーキにぶっ刺した。それから、勢いよく、がぶり、と齧りついた。だが、齧りついたはいいが、なかなか噛み切れない。何度もがぶり、がぶりと噛み直してようやくひとくち口の中に入れることが出来た。
イロハは数度咀嚼すると、口の周りを脂だらけにしながら、くっちゃくっちゃと音を鳴らして食べていた。全部噛み切ると、ごくりと喉に通し、またがぶり、と齧りついていた。肉汁が口からたらりと流れてテーブルにポタポタよだれが溜まっていた。
しばらく食事に集中していた三人だったが、アディーが三杯目のビールを空けたあたりで、ロキのほうをまじまじと見つめ、
「てかさ。ロキって会ってからめっちゃ平和主義じゃん? なのに、なんでそんな金持ってるわけ?」
ロキの食べる手が止まった。……いつかは訊ねられる質問だとは思っていた。ロキはふう、と備え付けの紙ナプキンで口を拭うと、嘆息し、
「……一緒だよ」
「は? 何が」
「だから。みんなと同じ方法で稼いだお金だっていうことだよ」
「え? ってことは、お前、今までかなりのビーナスを殺したってことなのか?」
アディーが目を丸くしながら言う。ロキは、さっきまでの肉の味がどことなく血の味に変わった気がして、食べる手を止めた。
「そうだよ。だから俺は良い子なんかでもなんでもないんだ」
「って言ってもよ。俺らも生活しないといけないんだ。だからビーナスを殺すのは悪いことじゃねえし。って、あ……」
アディーがかぶりついているイロハをちらりと見て、言葉を詰まらせた。ロキは平静を保ちたかったから、イロハが口を汚しているのを丁寧に拭ると、落ち着いた口調で続けた。
「二年前覚えてるか? G地区で大量に発生したプロトタイプのビーナスたち。あれ、全部焼き払ったの俺なんだ」
「――なんだって!?」
どかん、とテーブルを叩いて立ち上がるアディー。噂にはなっていた。当時今のビーナスになる前に主流だった、現行のビーナスよりも大人になったような姿をした、所謂「プロトタイプ」と呼称されていたビーナスたちがG地区で大量に殺されたという話を酒場でアディーはよく耳にしていた。
殺されたビーナスの数は万を超えると云われていた。それを一人で全て殺すことが出来る人間なんていないと思っていたし、ただの与太話だと思っていた。それが今隣で優しい手つきでイロハの口や手を拭っている男がやったとは到底思えなかった。アディーはごくりと生唾を飲み込むと、
「ほ、本当にひとりで殺したのか……?」
言うと、ロキは眉を下げながら、悲痛めいた表情で、
「ああ」
と呟いた。
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