(6)

「ミルコ! 俺はビーナスの息子だってことなのか? なあ、具体的に俺はどんな存在なんだ! 教えてくれ!!」


 ロキが鬼気迫る勢いでミルコに縋り付こうとした。瞬間、ミルコは、顔を急に上に上げ叫んだ。


「ゴー! ファイア! ゴー! アンダルシア! ゴー! オール! あの薄汚い豚野郎を駆逐するんだ!!」


 言うと、部屋中にあるロボットたちを次々と召喚していく。ロキに飛び掛かるファイアや他の動物型ロボットたち。


「くっ! やめろ! ミルコ! やめてくれ!」


 ロキが襲い掛かるロボットたちの牙に、目を一瞬瞑ったが、右手を思いきり薙ぎ払うと、目の前に向かってきたロボットたちを一瞬で壊してしまった。プスプスと音を立てて瓦解するロボット。ファイアも顔が抉れてしまった。ミルコはそれを見ると、「クソォォォ……!」と唸り、テーブルに置いてあった、毒刃の付いたナイフを握って、ロキに突進した。


「博士の仇、ここで取ってやる! お前を殺す! 許さない、ビーナスの息子なんて存在あってたまるかっ! どうせ、どうせ……僕らを殺しに作られた兵器だろうがあ!」

「ミルコ! やめ――」


 アディーもそれを止めようとする。瞬間、ロキはそのとき、見逃さなかった。バシュンと発砲する音が聞こえたのだ。


「ぐはっ!」


 悲鳴を上げたのは、ミルコ……ではなく、ロキだった。ロキはイロハの撃った銃弾を自分の背中で受けた。そして、ミルコを抱きしめるように、腹に毒刃を受けて、守っていた。


「ミルコ……。俺は、クローンじゃない……。人間だ……。イ、ロハ、撃、つな……」


 ロキが顔を歪め、腹からも背中からも血を流しながらも、訴えかける。ミルコは、抱き寄せられた手が徐々に解けていき、自分が人の身体に刃を突き刺した肉感が手に生々しく伝わってくると、急に恐怖が身体じゅうに襲い掛かってきた。


「うわあああああああ!!」


 ミルコは、どさり、とその場で倒れたロキを見ると、絶叫した。頭を抱え、嗚咽を繰り返し、半ばパニックに陥ってしまった。ロキはその場で動かなくなってしまった。血だまりが床に広がる。

 そのとき、イロハはカチャリと銃をミルコに向けると、表情はどこか怒りを宿したかのように目を吊り上げ、


「ろき、ろき、ろき!」


 叫んで、銃を放とうとした瞬間、アディーがイロハの背後から素早くスタンブレードをイロハに向け薙ぎ払った。


「うっ!」


 イロハが呻いてアディーの腕の中で倒れる。アディーはそれを優しく抱えると、


「イロハ、ごめんな。しばらく眠っていてくれ」


 アディーが眉を下げそう優しく声を掛けると、イロハをその場で横たわらせ、ロキのところへ行った。そこにはミルコがまだ頭を抱えて泣いている。アディーは、努めて諭すように、


「……ミルコ。ロキを助けてやってくれ。こいつは特殊な創りかもしれない。でも、誰よりもこの世界で人間らしく生きようとしてるんだ。お前の力でこいつをちゃんとした人間にしてやってくれないか。お前の知識と技術ならなんとかなるだろう? お前の果たしたかった仇も、アマテラスプロジェクトを潰せば真相が分かる。だろ?」


 言って、ミルコの肩を優しく撫でた。ミルコはまだひっくひっくと嗚咽を零すが、弱弱しく、


「で、でも……。記憶を無くすようなビーナスの息子の本当の気持ちなんて……分からないよ……」

「それなら、ロキ本人と向き合うんだ。そこから始めようぜ。な? 俺らもう、仲間じゃねえか。ロキだって、ミルコを必要としてる。その力を俺たちに貸してくれよ」

「……本当に信じていいの? このロキだって兵器じゃないか……」

「こいつは兵器なんかじゃない。ただ人より力のある人間だ。それを本人が一番望んでるんだ」

「……でも」


 ミルコは手を見た。自分の手に付いた真っ赤な血がべたりと付いている。身体を震わせて、じっとその場で苦悩の表情を浮かべる。アディーはその手をぎゅっと握った。


「こいつを兵器にするか、人間にするかは、ミルコ、お前にしかできない」


 アディーの言葉にミルコはアディーの顔を見た。その目には悲しみが溢れていた。


「ほ、本当に、力になってくれるの? 博士の仇を討たせてくれるの……?」

「ああ。絶対、お前の力に俺たちはなる。だから、ロキを救ってくれ」


 アディーは力強く言うと、すくっと立ち上がりミルコは涙を拭った。それからロキの身体を一瞥し、壁際にある棚の方へ行った。アディーに、


「……今から治療をするから、ロキをこっちに運んで……」

「ああ!」


 アディーが明るく言うと、ミルコは目を腫らしたまま、医療器具を取り出して、その中から一本の注射器を、アンプルに刺した。それをアディーが簡易ベッドの上に運んできたロキの腕に注射した。


「……これで毒刃の解毒はできた。あとは弾丸を抜いて、手術をするよ。あと、あのビーナスなんだけど……」


 イロハの方に視線を移す。アディーもそちらに視線を移すと、ミルコは続けた。


「あのビーナスがまた僕を攻撃してくるかもしれないから、見張ってて……。ロキはともかく、あのビーナスはやっぱり好戦的だし……」

「違う。イロハは、ロキが危ないと思って攻撃しただけだ。ロキを救えば、きっとイロハもわかるはずだ」

「……あんたたち、楽天的すぎるよ……。あーあ……ファイアたちも直さないといけないのに……」

「ごめんな。イロハの方は俺が見てるから」


 言って、ミルコは手術用具を取り出すと、ロキに麻酔をかけ、手術を始めた。アディーはイロハの横に座ると、頭を撫でていた。


「大丈夫だ、イロハ。お前はロキのことが好きなんだよな」


 言って、アディーはロボットの残骸に囲まれながら、ロキの容態を心配していた。



 数時間が経った。今は深夜の零時。長い時間の手術を経て、ロキは腕に点滴をされながら、微睡から目を開けた。


「……俺、助かったのか」


 ロキがそう言って、簡易ベッドの上から身体を起こそうとすると、隣にはイロハがじっとロキの顔を見ていた。


「ろき!」


 言って、イロハがロキの身体にぎゅっと抱き着いた。


「いてて……。あはは、イロハ、有難う」


 ロキはイロハの頭を撫でてやると、イロハはどこか満足そうだった。後ろからアディーがロキに気づいて、


「ロキ! 良かった。お前の生命力やっぱすげえな。完治が早いらしい」

「そうなの? でも……。それって、つまり俺がみんなと違うからってことで……」


 目を伏せてロキは言う。アディーは苦笑すると、


「お前が眠ってる間にミルコと色々話したんだ。どうやら、お前はビーナスとの混血ではあるが、片方は普通の人間のDNAのようらしい。ただ、眠っている間にお前の脳についても調べてみたんだ。そうしたらお前の脳に何か細工がしてあって、それが何かのトリガーになっているらしい。そのせいで、お前は記憶を無くしているってミルコが言ってた。な、ミルコ」


 ミルコはソファーで何やら、絵を描いていた。その描いていたスケッチブックを置くと、そろりと申し訳なさそうにロキの方へやってきた。


「……アディーにあんたが記憶を無くしてG地区にいたって聞いたんだ。だからもしかしたら脳に何か原因があるのかと思って、MRIをしてみた。そしたら脳の一部が破損していた。だから何者かによって、脳を意図的に壊されたんだと思う。……これは僕の研究の一環なんだけど、十五歳になった男たちは各々適材適所の地区に送られる。あんたがG地区にいたっていうのも何か理由があるんだろうし、それに」


 そこで言葉を区切ると、イロハを一瞥してから、


「……あんたはビーナスの息子なんだ。だから、あんたをこの地に送りこんだのはアマテラスプロジェクトで間違いないと思う。その理由はわからないし、殺戮の英雄となったあの一件も、何かアマテラスプロジェクトの陰謀のひとつだと仮定するのがここは一番理に適うと思う」


 言われて、ロキは抱き着いてくるイロハをぎゅっと抱きしめ返した。それからミルコの目をしっかりと見つめて、


「わかった。俺がなぜ、この世界に来たかが分かれば、アマテラスプロジェクトの真意に近づけるわけだろ? なら、さっさとアマテラスプロジェクトに近づこう。それに、俺を作った父親……。その人間に聞きたいことが沢山ある」


 きっぱりと言うと、アディーも頷いて、


「そうだな。それに、ロキが俺らの仲間だっていうことには間違いはねえ。だから、そのうち、アマテラスプロジェクト様の方から何かコンタクトがあるかもしれねえしな。ロキはこの世界を救うキーであることは確かだ」


 ロキの肩をバシっと叩くと、ロキは「いた!」と、苦笑いを浮かべ零す。アディーは「はは」と笑い返す。ミルコはおずおずとその場で戸惑っていたが、目線だけは下を向いたまま、


「……刺してごめん。僕もあんたたちを信じてこの世界を終わらしたい。あんたの気持ちも知らずに……ごめん」


 言うと、ロキは周囲にまだ散らばっているロボットたちに目を向けると、


「俺こそ、ミルコの大事なものを壊してごめん」

「……良いよ。直せばいいだけだから」

「そっか」


 言うと、アディーがくわあと、大きなあくびをすると、


「さーて、俺らも寝るとするか! ロキ、大体お前のせいでいつも寝れてないんだからな。ちょっとは俺らにも気を遣え」

「ごめんごめん」


 言って、ロキは笑うと、アディーはソファーの上にダイブした。


「あ! そこ、僕のソファー!」

「おやすみ~」


 アディーはいたずらな声を上げると、ミルコに引き剥がされながら、アディーは見事ソファーを勝ち取り、ミルコは毛布を勝ち取ると二人で眠りに就いていた。

 ロキはイロハを簡易ベッドの隣に横たわらせると、狭いなか一緒に布団に入り、


「イロハ。君は僕のお母さんなんだね」

「あう? ろき、だいじょぶ?」

「うん。大丈夫。守ろうとしてくれて有難う」


 ロキはイロハをぎゅっと抱きしめると、イロハはロキの胸の中で目を閉じた。ロキは天井を見上げ、自分のルーツについて考えるときが来たのかと、隣にいるイロハへの愛情をどう向けたらいいか考えた。

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