(4)
ミルコに続いて、山の中へと入っていった一行は、足元が枯葉や枯れ木に足をもつれさせながら、重たい装甲バイクを押していた。
ロキが不審そうな表情を構えたまま、
「ねえ。どこに行くの? この辺には何があるの?」
棘のある言い方をやめられずにいるロキに対し、ミルコは「……めんど」と口癖のような言葉を漏らし、
「僕の研究所がこの先にある。洞窟を改造したんだ。ロキって言ったっけ。君、嫌なら無理して来なくていいんだけど……」
ミルコはファイアの頭を撫でながら、ロキの目も見ずに言う。ロキはこなくそ、と思うが、ぐっと堪えて、
「俺らだって、君から情報が得られたらそれでいいんだ。お互いの情報交換が条件なんだから」
「あっそ」
ただただ険悪なムードのまま山の木々に遮られ、昼といえど、薄暗い。そんな空気に耐えられない男がいた。アディーだ。アディーはバイクを押しながらも、
「まあまあ! 三人揃えばなんとかの知恵って言うだろ! お前ら極端な性格しすぎな! テンション上げて行こうぜ! 洞窟だぜ? マジでミステリアスだよな、ミルコ!」
ひゅーと口笛を軽やかに吹く。ロキはそれを見て、自分もこれくらい気楽だったらと思うと、バイクを押す力が緩んだ。イロハがロキの顔を後方で覗きながら、
「ろき、だい、じょぶ?」
重いはずのバイクを押しているのに、足場の悪い中でも顔色や呼吸を荒らげたりせず、イロハは無表情でロキに言った。ロキが始終不機嫌なのを汲み取っているのだろう。じっとロキを見つめていた。ロキはそんなイロハに笑顔をやっと向けた。
「大丈夫だよ。イロハは優しいね」
「や、さし、い?」
「そう。優しい」
ロキは自分が情けなく思った。貴重なミルコの研究というものが知れるのに、どうして前向きになれないのか。それはきっと自分の中に巣食う闇が何より恐ろしいからかもしれない。何かのきっかけでまた自分の力が解放されてしまうのではないかという後ろめたさ。ロキはそんな自分に負けるものかと、イロハの言葉で足を踏ん張ることが出来た。
そんな中、苔むした洞窟が見えてきた。大きさとしては人がやっと通れるくらいの大きさで、周りも緑に囲まれているため、ここを確実に見つけるのはなかなかの困難でありそうだ。
「ここだよ」
ミルコが洞窟に入っていくと、そこには鉄でできた扉が付いていた。がっしりと強固に洞窟の入口を守っている。
「中は結構広いんだ。これでも」
言って、ミルコは扉に設置された指紋認証装置に指を置くと、ガシャリという鉄の軋む音がして、その扉は観音扉のように開いた。
「すげー! マジで秘密基地って感じだな! かっけえ!」
「そのバイクも中に入れれるよ。貴重品あるんでしょ」
「さんきゅ!」
ミルコが中に入るとオオカミのファイアも着いて行き、その後からロキ達がバイクを押して中へ入った。
中に入ると本当に思ったより広く、天井も高い。それに一番驚いたのは、四方が全て鉄で覆われているということだ。ダクトまである。それにあちこちにファイアのような動物をモチーフにしたロボットが転がっており、工具独特のオイルの匂いもする。壁には絵画が飾ってあった。ロキは素直に感嘆の声を上げた。
「すごいね……。ここまで本格的だと思ってなかったよ」
言って、周りを見渡す。ミルコは初めてロキに褒められたからか、どこか頬が緩んでいるようで、悟られないようふいっと顔を背けた。それからちょこんとソファーに座った。
「適当に座りなよ」
ミルコが言うと、座れるようなものがソファー以外ないため、ロキたちは地べたに座った。物が乱雑に置かれているわりに、埃は少ない。イロハもそれを真似て、ロキの隣に座った。
「で、取引なんだけど」
ミルコが続けて言うと、ロキたちは頷いた。ミルコはイロハに視線を移すと、
「僕の知ってる情報をあんたたちに役立てる代わりに、僕はビーナスの生体をもっと研究したいんだ。その身体能力値を測りたい。死んだビーナスの研究は終わってるんだけど、生きたビーナスにこうやって接することもないから」
そこまで言うと、ロキはまた顔をしかめ、
「……そこまでこちらがするメリットを提示してくれないか」
言うと、ミルコは「そうだね……」と呟くと、ソファーの腕置きにオブジェのように置いてあったカエルのロボットのようなものを手に持つと、
「このカエルは、ビーナスだけじゃなく、僕が指示した対象に麻痺毒を盛るようになってる。カエル独自のバネを強化してあって、素早く隠密行動ができる。小さいから相手にも見つからないし、擬態もできるようになってる。これはカメレオンの擬態能力を特化させて導入したんだ」
「つまり?」
「僕は、あらゆる自然界に存在するものを解読し、その力を引き出すことができる。その力の源さえ研究できれば、僕に解析できないものはないよ。ちなみに、あの扉」
言って、このシェルターの扉を指さす。
「あの扉もここの壁も、サーマルセンサーに探知されない仕組みになってる。完全防弾だし、未だここはビーナスに見つかったことはないよ」
ロキはふむ、と考える形を取ると、アディーがそのとき、身を乗り出して話し出した。
「なあ、ミルコ! 力を引き出すことが出来るなら、その逆も可能か?」
言われて、ミルコは首を傾げると、
「抑えるってこと?」
「そう! 抑えるってこと」
アディーが目を輝かせて言うから、ミルコはぽりぽりと顔を搔くと、
「……出来るよ。性質さえ解れば引き出しもできるし、制御も出来る。でも、何を抑えたいの? そのビーナスの力?」
じっとイロハを見る。イロハはさっとロキの身体の陰に隠れて「あう……」と呟いた。アディーはロキの肩をばん、と叩くと、
「実は、このロキ、自分の強大な力に怯えきって、戦うこともしないんだ。その上、プツンといくとタガが外れて凶暴になる。記憶も無くすんだ。ミルコも十七歳だったら知ってるだろ? 二年前に起こった、G地区プロトタイプ惨殺事件。あれやったのこのロキなんだ」
言うと、ミルコは目を丸くして、
「え、あの殺戮の英雄ってあんたなの……。やば……」
言うと、座っていたソファーから飛び降りると、ロキの傍に近づき、腕や身体、足までもペタペタと触りだした。
「ちょ! 気持ち悪いんだけど!」
ロキが手でミルコを払うと、ミルコは今までで一番いい笑顔を向けた。でもその笑顔は少年というよりも、獲物を前にして喜ぶ犬のような顔だった。
「うん、よし! 良いよ! あの殺戮の英雄がサンプルなら、あんたの力を制御できるようにしてあげる。でも、なんで抑える必要があるわけ? あんた英雄なんだよ? 僕からしたら羨ましい限りなんだけど」
言われてロキはぎゅっと唇を噛むと、
「俺は自分が何故こんな力があるのかも分からないんだ。それに自分を制御できないなんて人間として失格な気がする。もし、力が制御できるなら、イロハやアディーのことももっと守れると、思う……」
言うと、ロキはイロハの手を握った。イロハは「あう」と言って、握り返してくれた。ミルコはそれを見て、
「じゃあ、交渉成立だね。お互いの力を駆使してアマテラスプロジェクトをぶっ潰そうよ」
言って、ソファーに座り直した。フードを被っているから表情は見えにくいが、どこか上機嫌そうだ。それからアディーも、ブイサインをすると、
「あとは情報交換だな。アマテラスプロジェクトの場所とか、噂でも良い、そういう何か知ってると助かる」
ロキも続いて、
「俺はずっとアディーに会うまで人を避けてきたから、全然情報を知らないんだ。そういうことも聞けたら嬉しい」
ロキが真摯にミルコに向き合うと、ミルコは「そうだね……」と呟くと、
「とりあえず、ロキだっけ。あんたの能力値を測りながら話しよう。効率よくやらないと日にちばかり経ってしまう」
「わかった」
ロキは答えると、ミルコはにっと笑った。四角い空間にやっと清々しい空気が流れた。イロハだけが何を話合っているのか分からないらしく、ただただロキとアディーの顔を交互に見ていた。
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