(4)

 朝になり、一行はD補給地区を目指していた。D補給地区まであとわずかの距離。一時間ほど走らせた場所にある。

 ロキは相変わらず、心ここに非ず、といった様子だった。ロキは流れゆく廃墟を見送ると、心はここに置いて行きたいとさえ思った。

 D地区に来てからというもの、ビーナスに全く遭遇することがなかった。それはロキにとっては良かったかもしれないが、それが逆に奇妙にも思えた。


 一時間走っていると、廃墟から覗いたのは、青色に光る摩天楼の囲む世界だった。ガラス張りの窓が太陽に反射して、キラキラと光っているように見える。アディーはそれを見て感嘆の声を上げた。


「めちゃくちゃかっけーな、ここ!」


 ぴゅーと口笛を軽やかに吹くと、先行しているミルコがマントを被り直し、


「多分、補給地区でここぐらいだと思うよ。ちゃんとした設備がしっかり整ってる街は。もうすぐ管理者のいる入り口だからちゃんとマント被ってね」

「おーけー!」


 言って、アディーもマントを顔が見えなくなるギリギリまで被る。ロキもそれに倣って被ると、イロハにも被らせてやった。

 しばらく進むと、管理者が立っているのが見えた。ミルコはごくりと唾を飲み込み、そのまま管理者の前を通って行った。アディーも素通りしていくミルコに続いて、中へと入っていった。管理者はアディーたちを一瞥するだけで、何も反応しなかった。


 D補給地区は道路が整備されていた。アスファルトで整地されていて、車も通っている。車道がとても広い。ビルに囲まれていて、あちこちに人が行き交っているのが見えた。

 アディーは管理者を無事超えられ、不安は払拭されたが、ここまですんなりと通れるとは思っていなかった。今になって、緊張の糸が張り裂けそうになり、喉が渇く。それから、前方にいるミルコの傍に進むと、


「おい、ミルコ、どこまで行くんだよ」

「……あんま大きな声で名前呼ばないでよ。とりあえず、ジェイドのところに行く」

「ジェイド?」

「……僕の博士の弟子のところだよ」

「ああ、おーけー」


 言って、ミルコたちは路地を抜けて、街の中核へと向かっていた。中核に行けば行くほど、大きなビルが建っており、ロキはそのビルを見ると、今まで見たことの無い機械的な美しさにどことなく、自分がクローン人間の息子になった科学技術を呪いたくなった。


 ビルを抜けて行くと、比較的小さなガレージのような場所に辿り着いた。ミルコはそのガレージの前で停まった。


「今もいればここなんだけど」


 ファイアから飛び降りると、アディーを呼んだ。アディーもガレージの前にバイクを停めると、そこに降りた。ロキたちも続く。

 ガレージは他のビルよりも廃れた感じがする。ところどころ、何かで壊されたような傷が付いていた。ガレージにはシャッターが下りていて、人が出入りできる小さな赤いドアがあった。車のガレージのような感じだった。

 ミルコはそのドアに近づくと、チャイムが付いていて、それを鳴らした。

 ビーと云う音が響いて、しばらくその場で待っていた。すると、しばらくして、インターフォンから声が聞こえた。


『どちら様?』


 高い声の男だ。モニターが付いているから、相手がミルコだったら分かるはずだが、ミルコは今マントを被っている。ミルコはマントを外すと、


「僕だよ。ミルコ」


 言うと、カチャリと素早くドアが開いた。


「ミルコお~! 会いたかったよお! もう、会えないかと思ってたあ!」


 その男は長身で、金髪の長髪、整った顔で透き通るようなエメラルド色の瞳をしていた。ミルコを見るとぎゅっとハグをした。ミルコは顔をしかめて、


「……ちょっと。熱くるしい」

「何言ってるんだ! 久しぶりの再会じゃないかあ! 僕は会えて嬉しいんだ! ミルコお~!」


 おそらく、この男が先刻ミルコが言っていたジェイドで間違いなさそうだ。嫌がるミルコにお構いなしに頬ずりをしている。アディーがそれを見て、


「ミルコ、その人がジェイド? テンションたけーな」


 笑って言う。ミルコがなんとかジェイドの頬ずりを避けると、こくりと頷き、


「……そう。これがジェイド。ジェイド、こっちがアディーで、あっちにいるのがロキ。あと、その後ろにいるのが……イロハ」

「ミルコ、友達出来たのかい? それは素晴らしい! 初めまして、僕はジェイド。ミルコがお世話になってるみたいだね。僕はミルコを実の弟のように思ってるから、お兄さんって呼んでくれても構わないよ」


 言って、満面の笑みで、アディーに握手を求めてきた。アディーはそれを握ると、


「うす。ジェイドは歳いくつなん?」

「僕は二十一歳だよ。君たちは?」


 言って、今度はロキに握手を求めた。ロキはそれを見て、そっと握り返した。それから、ロキが、


「俺は二十歳です」

「そうかそうか! 同年代なんだね! アディー君は?」

「てか、ロキ、同い年だったのかよ。俺も二十歳! よろしくな!」

「わお、アメイジング! 同世代の友達がこんなに増えるなんてね! ミルコ、さあ、中に入りなよ。積る話もあるし、みんなもどうぞ!」


 言って、ガレージの中に入って行った。ロキたちもそれに続く。

 中に入ると、それはミルコの部屋にとても似ていた。あちこちに色んな機械が置いてあり、奇妙なロボットまでいる。動物の形こそしていないが、丸いロボットだったり、四角いロボットだったりがあちこちに置いてある。そして、この部屋にもミルコと同じ部屋にあったようなデザインが似ている絵が飾ってあった。

 アディーが、


「おお、ミルコんとことそっくりだな!」


 率直な意見を言うと、ジェイドはくるりと美しく回転をすると、にんまりと微笑み、


「そうさ! 研究している内容はミルコとほぼ一緒だからね。この絵画も、ミルコが描いてくれたものだしね。そうだ、お茶を淹れよう。ミルコにはまた絵を描いて欲しいし、お茶を飲みながら話そう」


 言って、キッチンと思しき場所に行き、ポットを沸かした。ミルコは黒いソファーを見つけると、そこに座った。テーブルもある。ロキたちも、テーブルの近くにあった椅子に腰かけた。イロハはまだどこか緊張している様子で、おずおずと座る。ミルコが、


「ジェイド。実はお願いがあって来たんだ」

「お願い?」

「うん。ここにいるロキとアディーは指名手配犯でさ。それと、イロハなんだけど、この子、ビーナスなんだ」

「指名手配犯にビーナスだって?」


 ジェイドは、沸かしていたポットを落としそうになって高い声を響かせた。


「ビーナスを連れているのかい? どうして」


 目を丸くして言うと、ミルコがロキの方を見つめ、


「……ロキが助けたんだ。あと、そのロキもビーナスのDNAを持つ、ビーナスと人間のハーフなんだ」

「なんだって!?」


 今度は、ポットからお湯を零してしまった。「あちっ」と足にかかったお湯を払うと、ジェイドは、


「どういう仲間なんだい、ミルコ。一体何がどうしてそんなことに……」


 ミルコを心配した様子で、なんとかティーカップにティーパックを入れることが出来た。ミルコは嘆息して、


「話せば長い話になるんだけど。ロキは二年前、プロトタイプを万も殺した、殺戮の英雄でもあるんだ。そのロキの制御装置を作りにここに来たんだけど。僕がイロハを使って、アマテラスプロジェクトの本部への通信傍受を試したときに、イロハが裏切り者だと通報されて。ここに逃げてきたのもある」


 言うと、ジェイドは神妙な面持ちのまま、紅茶を無事淹れることが出来た。ロキはそれを見て、紅茶を運ぶ手伝いに行った。


「手伝います」


 ロキがそう言うと、ジェイドはロキのその死んだような瞳を見て、ぞくりと背筋が凍る思いだった。しかし、ロキはなんとか微笑み返すと、そっとティーカップをふたつ持って、イロハのところへ行った。

 それから全員に紅茶が渡ると、ロキが「いただきます」と言って、こくりと紅茶を飲んだ。それから、


「俺、ビーナスの息子らしいんですけど。決して、兵器じゃありません。俺、こんな自分を産んだアマテラスプロジェクトを許せなくて。だからアマテラスプロジェクトを潰してこんな世界を終わらせるために、アディーやミルコに助けて貰っていて。だから、ジェイドさんにも俺がもっとまともに戦えるために協力して貰えたら……」


 それを聞いて、ジェイドはふむ、と考える形になる。ミルコがフォローするように、


「ロキは、記憶を消されているんだ。それで、時々、バーサーク状態になってしまうらしいんだけど、それを制御したいんだって。バーサーク状態になると、記憶が飛んで、プロトタイプ以上の力で無差別に攻撃してしまうみたい。一応、ロキのデータは揃ってるから、ここで造らせて欲しい」

「なるほど。君たちは、この世界を変えるために動いてるのは分かったよ。それなら僕も喜んで協力しよう。なんて云っても、ミルコの友達だしね。疑うのはやめよう。殺戮の英雄に会えたのも、嬉しいしね」


 殺戮の英雄、と呼称され、ロキは胸がざわつく。ロキは紅茶を飲むのを止めると、ジェイドに、


「俺はひとりでは何もできないから……。イロハのことも守りたいし、こんな俺に付いてきてくれるみんなを守りたいんです」


 伏目がちで言うと、ジェイドは柔和な顔をして、


「きっと深い理由がいくつもあるんだろうね。指名手配犯っていうのは何故なんだい? 何をしたのさ」


 それを受けて、ロキが、


「イロハがビーナスだってB補給地区でバレてしまって、イロハを守るために、管理者から逃げるときに俺が管理者を攻撃してしまったから、俺とアディーは手配犯になってしまったんです」

「あれは、ロキだけのせいじゃねえよ。何もできなかった俺も悪い」


 アディーがしゅんとしているロキを励ますように言う。ジェイドはそれを聞いて、何度か首を縦に振ると、


「そのイロハっていうビーナスも普通じゃないみたいだね。こんな穏やかなビーナスに会ったことがないよ。まあ、色々あるのは分かった。ただ」

「ただ?」


 ミルコが訊き返す。ジェイドは紅茶を一口飲むと、ミルコの方を見てにこりと微笑み、


「ミルコが絵を描いてくれたら引き受けるよ! もう、一年も会ってないんだ。そろそろ僕の部屋の絵も増やしたいと思ってたんだよ! それでどうかい?」


 言って、ふふふ、と微笑むと、ミルコがはあ、とため息を漏らし、


「……相変わらず、よく分からない男だね……。それで良いなら、早く作業に取り掛かりたいんだけど。もしかしたら、イロハの情報が回ってるかもしれないし」

「了解したよ。ここにある器具ならなんでも使ってくれたらいい。先に絵を描いていてくれないかい? その間に、今日の夕食を僕が用意しよう。どうせみんなしっかりしたもの食べてないんだだろう?」


 ジェイドが言うと、アディーが目を輝かせて、


「やったぜ! なあ、ジェイド、この街、かっけーし、しかも名産にケーキが沢山売ってるんだろ? 観光案内してくれよ!」

「わお、観光かい? 良いよ、食料の調達も兼ねて行こうか」

「おっしゃ! ロキもイロハも行こうぜ! たまには息抜きしねえとよ!」


 アディーがロキの肩を叩くと、ロキも固い表情を少し緩めて、


「うん。たまには外を歩いてみたいかも」

「だろ? イロハも行こうぜ! ケーキあるんだぜ、ケーキ! チョコよりもっと甘いぞ!」

「けーき? あう!」


 イロハは笑みを零した。だいぶ以前より表情がしっかりとある。ロキは喜んでいるイロハを見て、胸を撫でおろした。ロキたちは立ち上がると、ジェイドがドアの方に向かい、


「じゃあ、ミルコ、絵を頼んだよ。今日はミルコが好きだった、カレーライスを作ろう」

「……カレーライス。うん。頼んだよ」


 ミルコはフードから覗く目が少年の瞳になっていた。ミルコは鞄からスケッチブックを取り出して、絵を描き始めた。それを見て、ジェイドも嬉しそうにし、


「さあ、D補給地区の観光に行こう!」


 言って、四人は外へ出た。外は太陽の光が差し込み、昨夜の雨のせいでコンクリートジャングルなのに空気が綺麗な気がした。

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