(4)
同時刻。イロハが捕らえられている、アマテラスプロジェクトのモニタールーム。ボスと呼称されている男は、先刻のビーナス専用サーマルセンサー装置から聴こえた男の声を聞き、手を擦り合わせた。それから、隣にいるサーシャが、
「捕捉しました。ターゲットはF地区の砂漠地帯にいる模様。モニターに映します」
言うと、ボスの目の前にロキの顔が映る。それを見て、ボスはふふ、と不敵な笑みを零すと、
「愚かしい奴め。こちらに来てもどうせあいつには何もできやしまい」
「ですが、恐らくターゲットたちはF地区に向かっている様子です。やはりミルコという科学者の少年も同行しています。面倒になる前にF地区で処理した方が懸命かと」
神妙な面持ちで言うサーシャに、ボスはギシギシと椅子を鳴らして背もたれにもたれかかると、
「どうせ脅威にはならんが、まあ慎重に物事を運ぶに越したことはないか。ならば様子を見よう。ミルコという少年は保護できるようにしておけ。それから念のためにオーディンにもロキがF地区にいるということを伝えておけ」
「はっ」
サーシャは丁寧に一礼すると、モニタールームから出て行った。ボスはそれからひとつのモニターに注視した。そこにはイロハが軟禁されている様子が映っていた。ボスはじゅるりと涎を垂らしそうに唇を舐めると、
「さて、あいつをどう馴らしたものか……」
モニターにはイロハがベッドで横になっているのを、オーディンがじっと観察しているだけの映像だった。イロハは身動ぎせず、まるで映像が停止状態になっているかだけの画面だった。
ロキたちを乗せた車は、さらに一日かけてもうすぐF補給地区に辿り着くところだった。助手席にいるミルコにジェイドが、
「ミルコ、後部座席に行って、窓からみんなが見えないようにして。あとファイアだけ窓から見えるようにして欲しい」
「? 分かったけど」
言って、ミルコはジェイドの指示に従い、アディーには布団を頭から被せ、ロキとミルコは狭いシャワールームに隠れた。ファイアだけを窓際に置いて。
砂漠地帯を抜けるとそこはヤシの木が生えた道路が広がっていた。比較的発展してそうな場所である。さらに南西を見ると、そこには海が広がっているのが見えた。キラキラと水面が輝いているように見えた。ウミネコが飛んでいるのが点のように見える。
「じゃあ、もうすぐ入口だから、我慢してね!」
言うと、ジェイドはスピードを乗せて、F補給地区の入口ゲートまで走った。そこにはアーチ型になった囲いにハイビスカスが咲いていて、今までの砂漠地帯と正反対にある美しいゲートだった。
「ハーイ、お久しぶり。アダム。調子はどうだい?」
ジェイドはサイドウインドウを開けると、そこにいた管理者に声を掛けた。
「おう、久しぶりだな! ジェイド。元気だよ。なんだ、今日はいつになくでかい車に乗ってるんだな」
「まあね。ちょっと取引先から大きいロボットの依頼を受けてね。ここまで来るのに長旅だからさ。この車を買ったんだよ」
爽やかに言うジェイドに、アダムと呼ばれた管理者はしげしげとキャンピングカーを覗く。中が見れる窓からそっと視線を覗かせると、ロキたちは緊張の糸を離さなかった。管理者はファイアが目に入ると納得した様子で、
「おーけー。入んな。最近はめっきり物騒になってるし、ロボットも需要が増えていきそうだな」
「そうだね。ありがとうアダム。お仕事頑張って」
「ジェイドも武運を祈ってるぞ」
言って互いに手を振ると、車は無事F地区に入ることができた。
「出てきて良いよ~!」
ジェイドが街の中に入ると後ろにいるロキたちに声を掛けた。
「ぷは! せっま!」
「ミルコが俺のほうにもっとくっつけばいいだけじゃないか」
「やだね。暑苦しい……」
パタパタと手で顔を仰ぎながらミルコはシートに座った。ロキは苦笑して同じくシートに座る。アディーも被っていた布団を捲るとロキたちが座っている方にある窓を眺めた。
「うおー、なんか今まで見たことのない建物が沢山建ってるんだな、ここは」
窓から見える店だったり、家だったりが、全て石造りで、しかも平屋である。レンガを使った建物が多く、赤褐色の建物が多い。街の至るところにヤシの木やハイビスカスが咲いており、気候も随分暑かった。冷房が効いていない車内にはムッとする熱気がこもってくる。流石南国の街、F補給地区といったところだろう。
街を抜けて行くと、海沿いを走った。ウミネコのキーという声が響いている。堤防が作られており、そこから見える景色はロキも初めてみる光景でうっとりと眺めていた。
そのとき、ジェイドが「HOSTEL」と書かれた看板の前に車を停めた。
「ここが街で一番安い宿だよ。ここに泊まるといいと思う」
言うと、ロキたちは荷物を抱えて外に出た。ジェイドもそれを手伝い、アディーはなんとかゆっくりだがひとりで車を降りることができた。
ジェイドが、
「じゃあ、僕は自分のラボに戻るけど、何かあったらすぐ通信を送るから」
言うと、ミルコも頷き、
「うん。何かアマテラスプロジェクトの動向がそっちでも分かったら随時連絡して」
「了解だよ! それとロキ君」
「はい」
「あまり無茶をしてミルコを困らせないようにしてね」
言って、握手を求めてきた。ロキはそっと口角を上げると、
「はい。長旅ありがとうございました」
ぎゅっと握られたその手の温度を感じると、ジェイドは、運転席に乗り込み、
「じゃあ僕は行くから。ご武運を」
言って、車を発信させた。それを全員で見送る。ロキとアディーは大きく手をいつまでも振っていた。
「さて、この宿に泊まるんだよね」
ロキが言って、宿に入ろうとしたとき、アディーがじっと堤防沿いを眺めていた。
「アディー?」
ロキが声を掛けると、アディーは、くるりとロキたちの方を向いて、ニカっと子どものような笑みを浮かべ、
「俺、ちょっと海に行ってくるわ!」
「はあ? 病み上がりなのに何言ってるの」
「いやー、病み上がりだからこそっていうの? たまには身体を動かしたいわけだ! だからお前らに荷物任せるわ! じゃ、行ってくる!」
「あ、ちょっと待ってよ、アディー!」
止めるロキの心配を他所に、アディーはすたこらと防波堤を超え、海辺へと駆け出して行った。残されたロキたちはただただ嘆息すると、
「ミルコ、とりあえずチェックインだけ済まそうか」
「……うん。てか本当にアホなのかなアディーは……。僕ばかり仕事してるのにさ。一回毒でも注射すべきかな」
「いや、やめといてあげて……」
言って、二人は宿のフロントへと荷物を運んだ。かなりの量でミルコは四苦八苦していた。
アディーが海に出ると、砂浜は真っ白でザラザラと音を鳴らしていた。たまに貝殻やワカメが沖に上がっているのを見つけると、それを手に取り、無邪気にはしゃいでいた。
「くそー! こんな綺麗な場所初めてだぜ! 人生損してたんだな、俺は!」
ぴゅーと口笛を吹き、流木を拾うと、振り回した。海沿いを歩いているとテトラポットの上に男が釣りをしているところを見掛けた。このビーチで初めて人を見掛けたのだ。
「何してんだあのおっさん」
釣りを見たことのなかったアディーは、ぼうっと海を見ているようにしか見えない男に近づいた。それから男に近づくと声を掛けた。
「よう、おっさん。ここで何してんの?」
相変わらず社交的なアディーは何も考えずに行動する。男は中年で、色黒。筋肉質な身体に、Tシャツにハーフパンツという出で立ちだった。腕には骸骨のタトゥーが刻まれていた。アディーの声に男は振り向くと、顎髭を少し生やしていて、目がきりっとしている美形の中年男性なのがよく分かった。
「なんだ、お前。釣りもしらねえのか?」
ふわあ、と大きく欠伸をするその男。アディーは「つり?」と答えると、遠慮もなく隣に座った。
「そう、釣りだ。魚を釣ってるんだ。まあ、今日は全然ダメだけどな」
言って、がははと豪快に笑う。アディーは、ふーんと興味深そうに釣竿の先を眺めた。魚をこうやって釣るとは思っていなかったアディーは身体を海面に覗かせるように乗り出すと、男ががしりとアディーの肩を引っ張った。
「おい、落ちるぞ。お前、この辺の奴じゃないな。どこから来た」
言われて、アディーは体勢を整えて座り直すと、男に手を差し出し、
「俺はアディー。B地区から来た。おっさんは?」
「アディー……。へえ、いい名前だな。俺はカンザス。ずっとこの辺りでうろうろしてるしがない戦士さ」
「戦士! なんかかっけーな! じゃあいつもビーナスと戦ってるん?」
「いやー。最近はずっと釣りしてんな。ぼけーっとここで一日中いるな」
「それ、自称戦士なだけじゃね?」
けたけたと笑うアディーに、カンザスは「そうだな!」と答えて笑った。そのときだった。釣竿がぴくりと反応した。
「おっさん! なんか動いてるぞ!」
「うお! やっと掛かったか! うおっしゃあ! こいこいこい!」
言って、釣竿を思い切り引き上げると、そこには銀色の小ぶりな魚が釣れていた。アディーはそれを見て、
「おっさん、この魚なんて云うの? ちっせーな!」
「こりゃアジだな。小アジっていうやつだな。でも食えるぜ」
「マジか! おっさん俺にも釣り教えてくれよ!」
「お~、そうかそうか。B地区にはこんな海もねえしな。せっかくF地区に来たんだ。釣りは男の嗜みってもんよ。教えてやらあ」
「さんきゅ! おっさんいいひとだな!」
言うと、アディーに釣竿を持たせ、ルアーの説明を丁寧にした。アディーはそれを一部四十しっかり聞いていた。目を輝かせて、一通りの説明が終わると、釣竿を海に投げた。
「なかなかいいスジしてるな、アディー」
言って、バンと背中を叩くとアディーが「痛っ!」と声を上げた。カンザスは驚いて、
「す、すまん。そんなに力入れたつもりはなかったんだが……」
申し訳なさそうに言うカンザスに、あははと笑みを向けると、
「いや、ちょっと怪我しててさ。気にしないでくれ」
「怪我ってお前……。どうして」
心配そうに言うカンザスに、アディーは頭をポリポリと掻くと、
「ちょっとな! まあ、俺の不注意のせいだったから。仲間のお陰でだいぶ治ってきたんだぜ。今日はあいつらにも魚食わせてやりてえな!」
明るく言うと、カンザスは、
「仲間がいるのか。そいつらは今どこにいるんだ?」
「えっと、たしかこの辺りにある安宿に行ったと思うけど」
「へえ。あそこか。なあ、アディー」
「うん?」
「お前、どうせ宿に泊まるならお前だけでも俺ん家に来ないか? 狭いけど、面白いもんは色々あるぜ!」
「マジで? じゃあ行く! ロキたちにはあとで報告すればいっか」
「おお、来い来い。仲間にはお前の釣った魚で俺が飯作ってやるからよ!」
「さんきゅな! おっさん、マジでいいひとだな~」
言って、二人は夕方になるまでそこで釣りをしていた。釣れた魚は合計三匹。あまりにも寂しい量であった。
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