最終章 アマテラスプロジェクト

 ロキたちは、白い廊下をずるずると歩いていた。アディーは始終、涙を浮かべ、そう思ったかと思うと鬼のような顔をして、手に抱えたマシンガンを慈しむように抱えている。

 ロキはそれにどう声を掛けていいのか分からず、自身が握りしめている剣を見た。

 血が付いている。さっきのオーディンの血が。

 ロキはオーディンが言った言葉が引っかかっていた。下等生物と言われていたはずなのに、愛されて育ったと云うのは一体なんだ。

 ロキは顔をしかめ、すぐに真っ直ぐに視線を移し、廊下を渡る。


 一本道だった廊下が、二キロくらい歩いたときだった。前方からビーナスの群れがロキたちに向かって駆け出してきた。

 ロキは剣を構える。


「アディー! ここは俺が!」


 言って、腹に力を込めるとビーナスの群れに飛び出そうとした。瞬間、後方からマシンガンの銃声が連続して放たれた。


「うおおおおおおお! 死ね、死ね、死ねよ!!」


 アディーは鬼の形相でマシンガンを放つ。どんどん倒れていくビーナスたち。マシンガンの装填を補充すると、再び放つ。

 失ったものを返せと言わんばかりに攻撃的になっている。

 ロキはそんなアディーの痛々しさを見て、剣を握ったまま動けずにいた。

 しばらくしてビーナスの群れが全滅すると、アディーは無言で屍を超えていく。


「アディー……」


 悲痛めいた表情を浮かべるアディーに声を掛けるも、アディーは何も返さない。仕方なくロキもその後を追った。


 道は十字路がまた出てきた。


「どちらに行くべきか……」


 ロキは思案顔で言うと、アディーがやっと口を開いた。


「扉が出てきたらそこを片っ端から壊せばいいだけだろ」


 死んだような目をして、そう言うと、ロキはちらりとアディーを見て、こくりと頷いた。


「そうだね。とにかく進むしかない」


 言って、カンザスが言っていた言葉を思い出した。研究所の先に立ち入り禁止区画がある。そして上層部の居住区もある。居住区が右にあるなら、研究所はおそらく左。先に進むなら真っ直ぐが一番の安牌なような気がした。


「アディー、真っ直ぐに行こう。進めるだけ進むんだ」


 ロキが冷静に言うと、アディーは静かに頷き、マシンガンを構え先に進んだ。


 静かになった。どれくらい歩いただろう。一キロはもう歩いている気がするが、真っ白な空間が続いているせいで、時間の感覚が麻痺してくる。

 こんな空間を作ったユートピア以前の人間たちはここで、生活をしていたのだろうか。

 ロキは壁に手を当てた。冷たい。人類が今もこうして残っているのは、この地下シェルターで自然災害から避難できていたお陰なのだろう。

 地主であるジェフ・マホーンはこの場所を晒すことはなかったはずだ。

 科学者というものは何を考えているのか全くわからない。

 ビーナスをどうして生んだのか。クローン技術によって、人類の発展を願って創っていたのだろうが、ロキにはさっぱり意味がわからない。

 その探究心のお陰で自分はクローンとのハーフとして存在してしまっている。

 オーディンなんか、キメラとしてまで。


 そうやってロキが無機質な地下シェルターを辿っていくと考えていた。そのとき、目の前に扉が現れた。


 扉に「CAUTION」と赤い文字でプレートが掛かっている。ロキはごくりと唾を飲んだ。


「……ここじゃないか? 立ち入り禁止区画」


 言うと、扉の横にはIDカードチェッカーが備え付けられている。アディーはそれを一瞥すると、


「破壊して入る」


 言って、マシンガンを放った。ズガガガガと扉に向けて連射する。すると、扉を壊されたと同時に侵入者発見のサイレンとは別にジリリリリという耳障りな警告音が流れた。しかし、扉は無惨に穴が空いていた。アディーはその穴に蹴りを入れると、扉がドシャリと崩れた。


「不用心なもんだぜ」


 アディーが扉の中へと進んだ。ロキはそれを見て、冷静ではないアディーを心配しつつもおずおずと進んだ。


 中は暗かった。電子の光がちらちらと点灯している。

 今まで明るかった場所にいたせいで、目が慣れるまでしばらくかかった。ロキは目をしばたたいた。なんとか慣れてきた目で辺りを見ると、そこには大量のカプセルに横たわったビーナスがずらりと並んでいた。かなりの大きい部屋で、ざっと二百ほどのカプセルが左右にずらりと並んでいる。


「ここは……。ビーナスの保管庫…?」


 ロキがひとつのカプセルに近付いた。そこには目を閉じて横になっているビーナスがいた。髪が長く、ビーナスの制服であろう白いワンピースを着ている。それを見てロキは胸が苦しくなる。


 アディーが、


「ロキ。扉があっちにもあるぞ」


 言って、先に進んでいたアディーが声を掛けてきた。ロキは唇をぎゅっと噛むと、


「うん。行くよ」


 言って、アディーの後ろから駆けて行った。


 扉があった。ここの他には壊した入口しかない。となればここの先にアマテラスプロジェクトの本部と繋がる場所があるのは明確だった。アディーは、


「ぶち壊す!」


 言って、マシンガンで扉を破壊した。瓦解する扉。扉が崩れると、その先から光が漏れてきた。アディーは扉を蹴り壊し、ロキに合図する。

 ロキは先に扉の中へ入った。


「来たか」


 低い男の声がした。聞き覚えがある声だ。それはジェイドのラボにいたときに、ミルコの通信が開かれたときに聞いた声だった。


 ロキはキッと男を睨んだ。


「……お前がミハエル・マホーンか」


 男はふふん、と鼻を鳴らすと、


「父親に向かってその言い草はないだろう。オーディンは役に立たなかったか。やはりあいつはただの獣だったということか」


 言って、ミハエルはどかりと椅子に座る。ここはボスであるミハエルがいたモニタールームだった。ロキは剣を構え、


「あんたはなんで俺を生んだ。オーディンだってそうだ。何の目的でアマテラスプロジェクトなんかを統治している」


 ミハエルは肘置きに肘を置くと、考える形になった。


「なんで、ねえ。お前を生んだのは我妻のアマテラスを愛したからだ」

「アマ、テラス……?」

「そうだ。父、ジェフ・マホーンが生んだクローン人間だよ。少子化の進むこの世界にクローン人間を量産する技術を発展させたのは父だ。その技術を応用しているのは私だが。その中のアマテラスというクローンに私は惹かれたのだ。お前も知っている、所謂プロトタイプだよ」

「……その。そのプロトタイプを破棄させたのもお前だろう。俺に母さんをなぜ殺させた」

「私は母親を殺させたりしていない。プロトタイプを破棄させたのだ」

「……意味が分からない」

「つまりだ」


 言って、ミハエルは立ち上がった。ロキは後ずさりする。


「お前の母親。アマテラスはお前を産み、私よりもお前を愛するようになった。私はそれが本当に嫌でね。恋人だった女がいきなり母親になる。それが私には耐えられなかった。だから、アマテラスと同じクローンを量産した」

「は……?」

「意味が分からないか? 私は私だけを愛する理想の女が欲しかったんだ。外見、身体能力、頭脳。性格。全てにおいて私好みのクローンが欲しかった。普通の人間ではこういうふうにカスタムすることができないだろう?」


 ミハエルはあたかも当然と言わんばかりに語る。ロキは胃の中のものが熱くマグマのように燃えていた。逆流してくる胃酸をぐっと堪えると、目の前で飄々と語る男を睨む。


「じゃあ、俺にプロトタイプを破棄させたのは……。お前の思い通りのクローンが生まれなかったからなのか」

「その通りだ。アマテラス以外、私を満足させるクローンはいなかった。しかし、アマテラスもお前が生まれたことによって変わってしまった。そこでだ」


 言うと、キーボードのひとつを押した。すると、壁際に猿ぐつわをされたイロハが椅子に括り縛られて座っているのが照らされた。


「イロハ!」


 ロキは駆け寄ろうとした。イロハが悲痛めいた表情でロキを見つめる。するとミハエルが、面白そうに、


「おっと。それ以上近づくと、彼女に電流が流れるぞ。嘘だと思うなら今やってみるか?」


 くくく、と卑しい声を上げる。ロキはぐっと足を踏ん張った。アディーもマシンガンを構える。

 ミハエルは二人を一瞥すると、


「私は、自身が研究を重ね、アマテラスの幼児化したものを量産することにした。成熟した身体よりも順応しやすいと思ったからだ。しかし、なかなか機械的にしか学習しない出来損ないしか生まれない。そこで、人間たちを被検体にして、その中で人の感情を汲み取れる、こちらの言い方であれば、洗脳されている裏切り者、を発見するのに日々を費やした」


 そこで、アディーがぎりりと歯を食いしばり、顔を歪め、


「そんな、自己満足のために俺たちは命を賭けてたっていうのかよ! 父さんだって、種馬なんかさせられて……! 人間のことを何だと思ってやがる!」


 叫ぶと、ミハエルは興味が無さそうに、


「そんなものは私の勝手だろう。この世界は私の父が作り上げたものだ。それを受け継いだ私が何をしても咎められる覚えはない」

「狂ってやがる! くそ!」


 言って、マシンガンの引き金を引こうとしたときだった。ロキがそれを制した。アディーはロキに、


「殺させろ! お前はこんな身勝手な父親を許せるのかよ!」

「違う! そうじゃない。こいつを殺すのは俺だからだ」


 言うと、ミハエルを睨みつける。じりじりと間合いを詰めるロキに、ミハエルは、


「そう甘くないぞ」


 言うと、壊された扉からビーナスの軍勢が襲いかかってきた。

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