(6)

「うおおおおおおおおおおっ!!」


 ロキは空に向かって咆哮を上げた。腰に携えていた木刀を抜くと、イロハを囲んでいた男たちを薙ぎ払い、殴打し、頭蓋を砕く鈍くひび割れる音さえした。

 アディーが瞬きする間の刹那だった。ドサリ、と男たちが地に伏せる音がしたかと思ったら、そこには木刀を握りしめ、更に、倒れている男の胸に直線に剣を立てるロキの姿があった。普段とは全く違う、ロキの鬼の形相を見たアディーは咄嗟に叫んだ。


「やめろ! ロキ、そこまでだ! もういい!」


 言われて、後ろからアディーに背中を引っ張られると、ロキは剣を構えたまま、はたりと、正気を取り戻し、瞳の色さえ変わったような気がした。


「……俺」


 言って、辺りを見渡した。そのまま剣を下すと、


「……またやってしまったのか……ちくしょう!」


 言って、剣を放り投げようとするロキを慌ててアディーが静止させる。ロキは苦々しく唇を噛みしめていた。


「そんなことより、もうここにはいられない! 管理者が来ちまう! 逃げるぞ!」


 言って、アディーは入り口の反対側にある裏口へと向かった。すると、ざわざわと人が集まり始めてしまった。人通りの多い中での乱闘で物珍しさで集まって来たようだ。


「やべえ、本当に囲まれる! イロハを抱きかかえて逃げろ、ロキ!」


 言われて、ロキは地べたに呆然と座っているイロハを抱きかかえると、そのままアディーのあとを追った。

 すると、後方で、「なんだ、なんだ」と人がロキたちの方を追い始めた。そのとき、


「やーだ、ごめんなさいっ!」


 と、肉バルのマスターの甲高い声が響いた。大きな生ごみの袋を何個も持っていて、それを一気に集まってきていた男たちの頭上に振りかけた。


「うお、くっせえ! なんだ、オカマてめえ!」

「あーら。ちょっとはマシなお顔になったと思うわよ」


 ふふふ、とマスターは小悪魔的な笑みを零すと、それを遠くから見ていたアディーが、


「マスター、さんきゅ!」


 と叫ぶと、マスターは小さくアディーに手を振った。アディーは声を更に上げ、


「抜けるぞー!」


 アディーは先頭を行く。路地を確認しながら人をすり抜けて、裏の出口まで辿り着いた。しかし、前方には管理者が立っていた。インカムを耳に付けており、何か情報を受けているようだった。おそらく先ほどの混乱のことだろう。


「ロキ、そのスタンブレードであの管理者を気絶させるんだ! もう、それしかない!」


 言われると、ロキはイロハを抱えている手を片手で一瞬支えると、素早くスタンブレードを発動させ、通りすがるとともに、管理者の身体に向け、刺した。

 バチバチ、と火花が散ると、管理者は「ぐあっ!」と声を上げ、その場で倒れた。スタンブレードを抱えたまま、またイロハを抱きなおすと、ロキはアディーの声とともに荒野に出た。


「ロキ! 俺はバイクを取ってくる! だからお前はとにかく走れ!」

「分かった!」


 言って、二手に分かれるロキとアディー。ロキはとにかく走った。補給地区の管理者への攻撃は、反乱行為とみなされる。だから指名手配者となってしまうのだが、もう致し方ない。


 ロキは荒野に出て、どちらの方角に走っているか分からなかったが、夕暮れ時の砂嵐の起こる視界に、目を細めながら駆けていく。イロハが、抱かれている腕の中で、白い手をそっとロキの顔に当てて、「ろ、き、ろ、き」と何か語りかけてくる。


「イロハごめんな。怖い目に合わせて」

「ろ、き。だい、じょぶ?」


 と、イロハが初めて意思のある言葉を発した。ロキは胸が熱くなり、このままイロハを必ず守ると全身に力を入れ踏ん張る。

 冷静さを取り戻したロキはふと思い返す。

 さっきの自分の記憶がない。男たちを一斉に薙ぎ倒した自分の記憶。視界が真っ暗になったかと思ったら、理性を無くしていた。それを思うと、恐怖が湧き上がってくる。プロトタイプを殺したときの自分。殺戮の英雄となる自分を抑えることだけを考えて行動してきたのに、やはり自分の中には恐ろしい何かが住みついているのではないかと、ロキは冷や汗も流しながら、真っすぐ走った。


 その時だ。後方からパン、パン、と銃声が響いた。ロキははっとして後方を振り返った。そこには他の管理者たちがロキに向かって発砲していたのだ。


 ロキは、咄嗟にその場で止まり、イロハに、「ごめん、少しここで立ってて」とだけ言うと、腰に付けていた弾薬に素早く火を点けると、管理者たちに放り投げた。


 ドカン、と大きな音が数メートル先で響くと、荒野の黄色い砂が巻き上がる。煙と砂埃が舞うなか、剣をしっかりと腰に収め、イロハを抱きかかえると、ロキはまた走りだした。


「アディーはまだなのか!」


 ロキは焦燥に駆られながら、辺りがどんどん暗くなっていくことに不安を覚えた。もしかしたら、アディーは別の管理者に捕まっているんじゃないだろうか。砂埃のせいで喉が渇く。

 すると、どこか遠くから、エンジン音がけたたましく鳴り響くのが分かった。風がびゅん、と吹いて、砂嵐が通り過ぎていくと、その中から、アディーの装甲バイクの姿が現れた。


「ロキ! 飛び乗れ!」


 アディーがロキに手を伸ばすと、ロキは右手で必死にイロハを抱きかかえながらも、左手でアディーの手を捕まえた。それから遠心力でそのままバイクの後部座席に飛び乗ると、イロハが落ちてしまいそうになってしまった。


「イロハ!」


 ロキが片手で繋がっているだけのイロハにもう片手を差し伸べると、「ろき!」とイロハが叫んだ。ロキは思いきり身体をぐいっと引っ張り上げると、自身の膝の上にイロハをうずくまらせることに成功した。

 アディーはそれからエンジンを更にかけ、夜の荒野を通り抜けて行った。荒野に大音量に響くバイクの走行音。闇がこのまま三人をどこかへ誘うかのように。



 後部座席ではあはあと息を荒くしているロキは、腕の中に取り戻したイロハをきつく抱きしめた。


「も、もう。大丈夫だよ」


 そう抱きしめながら耳元で囁くと、イロハは「ろ、き。だい、じょぶ」とどこか微笑んだような気がした。

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