(4)
ロキは目をしばたたいた。何故なら、ビーナスをビルの壁に追いやり、三人の男が銃をビーナスに向けていたからだ。壁際で蹲っているビーナスは、右足と左の腕から血が流れ落ちていた。どうやら、三発撃たれた発砲のうち、二発はビーナスへの攻撃で間違いない。一人の男が銃をビーナスに向け、にやりとほくそ笑んだ。
「ビーナスちゃんよぉ。俺たちもバカじゃないんだよな。そりゃ一人で行動してりゃあ、すぐにあんたに捕まっちまうがよ、男三人と女一人だったら、どうやってもこっちのに分があるのわかるだろう。なのにあんたは一人で使命を果たそうとしに向かってきた。どうもクローン人形は学習能力が乏しくて笑っちまうぜ」
くくく、と卑しく笑うと、他の男たちに首で合図をした。二人の男がビーナスに近づき、身体を持ち上げた。銃口を向けながら男は近づいていく。ビーナスは、怯えきった表情で震えているように見えた。
「まあ、ここには女はあんたらクローン人形しかいないんだ。俺らもちょっとは楽しませてもらいたいもんだぜ!」
言って、三人は、ビーナスの白い肌に触れた。びくりとビーナスは肩を揺らし、小さな声で、
「あ、う……う……」
と、呟いた。言葉のようで言葉でない。このビーナスはまだ言語を覚えていないようだ。男たちはお構いななしに、ビーナスをどこかに連れていこうとする。ビーナスの顔につけている、サーマルセンサー装置を外し、足で踏み、壊した。
「けっ、忌々しい!」
男はペッと唾を吐き捨てると、厭らしい目でビーナスを見る。ロキはそれを見て、胸の中が焼けるように苦しくなった。
「おい! お前ら、その手を放せ!」
ロキは居たたまれなくなり、咄嗟に叫んだ。このままではあのビーナスは男たちによって暴行されてしまうかもしれない。そう思うと、同じ男として許すことが出来なかった。すかさず走って、その銃口を向けている男のところに飛び出した。男は足音に反応した。
「なんだてめぇ! 邪魔するならてめえから処理しちまうぞ!」
ビーナスから銃口をロキに変えた男は、ビーナスから手を放して身体を起こした。まずい、攻撃手段がない。ロキは飛び出していったはいいものの、相手は飛び道具を持っているのに、何も手にしていない自分に焦った。しかし、ここで怯むわけにはいかない。ロキは咄嗟に両手を上げた。
「待てよ! 俺は武器を所持していない。だからケンカで勝とうなんて思っちゃいないんだ。わかってくれ」
冷静を努めながらロキは話すと、男は「ほう……」と零し、銃口を下げた。
「なら、どんな手で俺たちを止めようとしようと思ってるんだ?」
ごくり、とロキは唾を飲むと、そっと片腕を下ろし、ポケットから金を取り出した。その手を男の前に突き出すと、
「ここに、千ポイント(通貨)ある。どうかこれで収めてくれないか? もうそのビーナスは動くこともできないだろ? 放置しておいたら勝手に死んでくれるんだ。な? だから、それ以上男としての誇りまで売るようなことしないでくれ」
言って、そのポイントを男に渡した。千ポイントあれば、補給地区で、最上級のホテルに泊まることができる値段だ。男は鼻をふん、と鳴らすと、
「……しゃあねえなあ。まあ、やることやるのも悪かねえが、相手は怪我してるしな。おちおちゆっくりやれもしねえだろ。悪い取引じゃねえ。飲んでやるよ。おい、お前ら、そいつから手放せ」
言うと、二人の男はビーナスから手を放し、男とともに歩いて行った。去り際に銃を持った男が、
「しかし、あんたも人が良いねえ。そんなんでよくこれまで生きてこれたもんだ。せいぜい、一人で頑張りな」
言って、手を振りながらこちらを見ることなく、裏通りへと消えて行った。
「大丈夫か?」
ロキは、ほっと溜息を吐くとすぐにビーナスに駆け寄った。ビーナスはまだ目を潤ませていた。腕からも足からも赤い血が流れている。自分たち人間と同じ生命体だと感じる。近づいて、傷の手当をしようと、包帯を背中に背負っている袋から取り出そうとすると、ビーナスはすすっと後ずさりした。
「大丈夫、俺は君に攻撃なんかしないよ。血、出てるから、早く止血しないと、本当に死んでしまうから」
「……あ、う」
「君、まだしゃべれないんだね? 俺の言葉はわかるのかな。名前は?」
「なんばあいち、ろく、はち……」
「No168? そうか、君は168番なんだね。そっか」
ロキは、優しく言葉をかけながら、微笑みを絶やさなかった。それから包帯で腕と足を丁寧に止血した。血止めがまだ足りて良かった。
すべての処置が終わると、ロキは立ち上がった。No168ビーナスはロキを見つめた。さっきまでの怯えた表情ではなく、無機質な表情だが、どこか哀愁が漂っていた。
「じゃあ、俺はこれで行くから。君も仲間に助けを求めるならそうしなよ。じゃあ」
言って、補給地区に向かおうと身体を逸らしたときだった。ロキのズボンをぐいっとNo168が引っ張った。
「あ、う。あ、う」
言葉にならない声を賢明に発するNo168。ロキは立ち止まると、No168の顔をじっと見た。
「……もしかして、一緒に来たいの?」
言うと、No168はこくりと頷いた。ロキはそれを見て、不思議な気持ちになった。これまでビーナスたちと戦闘をしてきたが、こういった触れ合いはしたことがない。それに、よく見ると、このビーナスたちは愛らしい顔つきをしている。顔をしっかり見たことのなかったロキはなんだか恥ずかしくなり、それからうーん、と少し考えると、
「わかったよ。でも、君がいると補給地区に入れないから、途中までだからね」
言うと、No168はこくりと頷いた。言葉は理解できるのだろうか。それともただ生きたいから付いていきたいだけなのか、ロキには真意はわからなかったが、仕方ない、そう思い、そっとNo168の肩を抱いた。No168はなんとか足を引きずりながらも、立ち上がった。相当痛いはずなのに、この子たちは痛みを感知する能力が欠けているのかと、ふとロキは悲しくなってしまった。
「じゃあ一緒に先に進もう。疲れたら、俺の背中を叩いてくれたらいい」
言って、二人は補給地区のある北へと一緒に歩き出した。No168の着ている白いワンピースの衣擦れ音がして、肌が触れ合うと、本当に同じ人間にしか思えなかった。
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