第4話 登校②

「あ、かざみん」


氷空そら。お前、何でこんなところにいるんだ」


「何でもなにも、ここらはオレの通学路なんでね。むしろなんでお前らがこんなところにいるんだ」


「えーっと……たまたま目の前に迷子の子がいたからはぐれた親を探したり、たまたま目の前に道に迷ったお爺さんがいたから送り届けたり、たまたま目の前に外国人観光客がいたから目的地まで案内したり、たまたま目の前に川に帽子を落とした子がいたから帽子をとってあげて、ついでに転んでずぶ濡れになっただけだな」


「あー、なるほど。いつものやつね。理解した」


 呆れ気味に理解されてしまった。


「あはは。かざみん、中学からの付き合いなだけあって理解が速いねぇ」


「おー。ついでに、服を乾かそうとして二人でいちゃついてたところまで理解出来ちゃったね」


「残念。合ってたのは服を乾かすところまでだ。相変わらず、詰めが甘いよな氷空そらは」


「……だそうだけど。陽菜ちゃん的にはどーなの?」


「…………のーこめんとです」


 陽菜はもごもごと口ごもり、回答を拒否する。

 堂々と違うって言ってやればよかったのに。


「やれやれ。こんなんだったらもう少し遅く家を出るべきだったか」


「なんでだよ。せっかくここで会ったんだから一緒に通学しよーぜ」


「生憎と、お熱い二人の仲を邪魔するほど野暮じゃないつもりなんでね」


 肩を竦める氷空。意味がいまいち理解できず陽菜に目を送ると、こっちはこっちでちょっぴり恥ずかしそうに俯くばかりだ。


「熱いどころか今日は暖かくて過ごしやすい日だろ」


「気候の話はしてないっての」


 氷空は呆れたように肩を竦めつつ、労うように陽菜を見る。


「大変だねぇ、陽菜ちゃんも」


「うん。ありがと……分かってくれるだけでも嬉しいよ」


 ……なんだ。この、そこはかとない蚊帳の外感は。


「通学路から外れた俺らはともかくとしてだな……氷空。なんでお前まで遅刻しそうになってんだ?」


「んー? そりゃあ、始業式なんてつまらないものに出るよりも、のんびり春を満喫しながら歩いた方が楽しいでしょ」


 相変わらずコイツは真面目そうな見た目して不真面目というかマイペースというか。


「せっかくだし、かざみんも一緒に春を満喫しながら歩こうよ。遅刻トリオで、のんびりとさ」


「陽菜ちゃん的にはどうなのそれ。ホントにいいの? 後悔しない?」


「し、しないよっ!」


 陽菜は恥ずかしそうに叫びつつ、


「……………………ゆーくんと二人で通学できるのは、今日だけじゃないもん」


 などと、至極当たり前のことをのたまった。

 確かに。ほぼ毎朝一緒に通学してるからなー。今日じゃなくても二人で通学できる機会なんて幾らでもある。


「はぁ……オレは一体、朝から何を見せられてんだかねぇ……」


「質問したの、かざみんでしょ!」


 と、話しながら、のんびり散歩モードに切り替えて通学路を進んでいく。

 道には舞い落ちた桜の花びらが行く手を染め上げており、三人で春のカーペットの上を歩いているみたいだった。


「クラス替えどうなってるかなー……ゆーくんと同じクラスだといいなー」


「別にどっちでもいいだろ」


「よくないよ。ゆーくんは、私と同じクラスじゃなくてもいいの?」


「ぜんぜん構わない」


「裏切りものー!」


「あのなぁ……同じクラスになったからって、特別何か変わるわけじゃないだろ。しょっちゅう一緒にいるんだから」


 人の家に上がり込むわ、風呂まで入るわ、俺の部屋にも我が物顔で入ってくるわ、あまつさえ着替えさえ勝手に使うような幼馴染である。今更クラスがどうたらとかの問題じゃない。


「そ、それはそうだけど……」


「分かってないなぁ、雄太。陽菜ちゃんは、お前と一緒にワクワク学園生活を送りたいんだよ」


「かざみん。それはそうなんだけどさ、なに。ワクワク学園生活って」


「おっと。ラブラブの間違いだったか?」


「まっ……! 間違って………………ない……けど……そうなれたらいいなぁって……思ってるけど……ごにょごにょ……」


「はい惚気いただきましたー」


「かーざーみーん!!」


 途中から陽菜の声が極端に小さくなったせいでよく聞き取れはしなかったが、とにかく同じクラスになりたいらしい。


「はあ……まあ、私はともかくさ。二人が羨ましいよ。去年、同じクラスだったでしょ?」


「むしろ氷空そらとは、中学一年の頃からずっと同じクラスだな。連続記録更新中だ」


「いいよねー。男の子同士の友情って感じで。んー……勘だけど、二人の連続記録は今年も更新される気がするよ」


 勘か。陽菜の勘って、異常なぐらいよく当たるからな。

 これは本当に今年も俺と氷空そらは同じクラスになりそうだ。


「友情っていうか腐れ縁っていうか……オレとしては、どうせ一緒になるなら可愛らしい女の子がよかったけど」


「そりゃこっちのセリフだ。お前のせいでどれだけ女子の話題を持ってかれたことか……」


「あー。かざみんってモテるもんね。中学の時や去年もそうだったけど、私のクラスでも話題だったもん」


 そう。氷空コイツはモテる。果てしなくモテる。

 顔は良いし、身長たっぱもあるし、何気に運動も出来るし、ついでに声もイケメンだ。

 表立ってきゃーきゃーと言われることはないが、密かに人気が高いのだ。


「それが本当だったら、光栄な話だねぇ」


「くっそぅ……やっぱお前は目の上のタンコブだ! 去年、俺がモテなかったのはお前が傍に居たせいに違いない!」


「……お前って本っ当に目が曇ってるのな」


「どういう意味だよ」


「仮にオレがモテてたとしても、それはきゃーきゃー騒いでるだけのもんで、たいていは本気じゃねーの。観賞用ってやつだ。けどお前のは…………」


 何かを言いかけて、氷空はピタリと口を閉ざした。


「やーめた。これ以上言ってやるのもなんか癪だし」


「そこまで言ったなら言えよ! 気になるだろ!」


「なっとけなっとけ。それがせめてもの罰ってもんだろ」


「何が罰だ。くそっ、こうやって日本では冤罪が作られていくんだ……!」


「冤罪って言葉、ちゃんと調べた方がいいよ」


「お前のスマホは飾りか?」


 陽菜と氷空から同時にツッコミを受けた。おのれ二対一とは卑怯な!


 その後も、のんびりだらだらと三人で雑談を交えながら通学路を進んでいくうちに見慣れた道に出ることが出来た。


「おぉー、懐かしの通学路」


「やったー。出れたー」


「おめでとさん。せっかくだしファミレスで休憩しよーぜ」


氷空おまえはどんだけサボりたいんだよ」


「だって面倒なだけだろ、始業式って。どうせ午前だけでパパっと終わるんだからさぁ」


 相変わらずやる気がないやつだな。別に始業式に限ったことじゃないが、氷空は何をするにしてもやる気がない。全ての物事に対して、良い言い方をすれば余力を持って取り組んでいるし、悪い言い方をすれば手を抜いて取り組んでいるということでもある。

 まあ、別にそんなの人それぞれだし、こいつが手を抜こうと抜くまいと俺にとってはどっちでもいいことなのだが。


「せめてクラスだけでも確認しとけよな」


「任せた」


「なんで俺がお前のクラスを確認せにゃならんのだ!」


「いやー。だって先生に見つかったら怠いじゃん。こんだけ派手に遅れれば確実に怒られるだろうし。オレだもん。説教とか聞くの」


「俺だって嫌だけど!?」


「雄太。お前はオレの親友だ」


「な、なんだよ急に改まって……へへっ。照れるな、なんか」


「だから犠牲にしても全く心が痛まない」


「痛めよ」


 こいつは『親友』というものを『使い捨ての盾』と間違えて覚えているのではないだろうか。


「いっそすべての罪を雄太に擦り付けて、うまーく切り抜けるか?」


「お前に人の心はないのか!?」


「確かに。どうあがいても、ゆーくんは怒られるだろうしね。勘だけど」


「おいコラ幼馴染。そこで嫌な勘を働かせるな」


 ただでさえ陽菜の勘はよく当たるんだから。


「ゆーくん。『大切なのは間違ってしまった時、どんな行動をとるか……』だよ」


「その結果とった行動が『生贄』って酷くない?」


 幼馴染と悪友の人の心の無さに辟易としながらも通学路を歩いていく。そうして天上院学園のすぐ目の前までたどり着くと、生徒たちのざわめきが微かに聞こえてきた。


「どうやら始業式が終わったみたいだな……丁度いいし、あの人ごみに紛れてさり気なく合流すればごまかせるかも」


「いや、雄太。アレを見てみろ」


 氷空そらに促された先。天上院学園の正門前に陣取っているのは、凛々しい顔つきに野獣のような眼光を秘めた女性教師だった。


「お前の天敵……『鬼軍曹』こと久木原先生だ」


「うわー。アレ絶対に、ゆーくんを待ち構えてるよ」


「説教する気満々だな。めんどくせー。……というか元々、雄太は久木原先生に目ェつけられてるし」


「まったく。いい迷惑だぜ。俺は先生に目を付けられるようなことは何一つしていない、心優しく真面目で純真で無垢な模範的生徒だというのに……」


「いや自業自得でしょ」


「モテるためだなんだと言って、普段から色々とやらかしてるからなー」


「ゆーくんを警戒してる久木原先生の有能さが光るよね」


「そりゃもうピッカピカにな」


 二人して酷い言い草だ。


「さてどうする? 裏から侵入する手もあるが、雄太に目をつけてる久木原先生のことだ。他の出入り口にも人を配置してそうだ」と、氷空そら


「そだね。でも逆に言えば、久木原先生しかいない正門が一番守りが手薄じゃない?」と、陽菜。


「じゃあ正面からか……ここは三人で協力して、一点突破を仕掛けようぜ」と、俺。


 流れるように作戦を立てられるのは、中学時代からの付き合いがある俺たちならではといったところか。


「それしかないな。じゃあ三カウントで同時に飛び出すか」


「「了解」」


 氷空そらの一言に了承し、全力で走りやすいようにそれぞれ体勢を整えつつ隙を窺う。

 伊達に付き合いの長い三人じゃない。タイミングを合わせて行動するなんてお手の物だ。


 この危機的状況を突破するには絆の力が不可欠……だけど俺たちの絆は、絶対に負けやしないのだ。


「三、二、一……」


 ……GO!


「っ――――!」


 鋭く地面を蹴り、正門を潜り抜けるべく全力で駆け抜ける。


「どこへ行く、月代」


「くっ……!」


 流石の瞬発力というべきか。『鬼軍曹』と謳われているだけのことはあるというべきか。

 久木原先生は素早く俺の往く手を塞いだ。


「ほう。この私に正面から挑むか。始業式に堂々と遅刻するその度胸と合わせて褒めてやろう。……が、だからといって容赦はせん。きっちり指導は受けてもらうぞ」


「あんたのは指導というよりも訓練だろうが!」


 いつもなら臆しているところだっただろう。

 だけど……俺は一人じゃない。頼れる仲間たちがいるんだ!


「行くぜ、みんな!」


「みんな? お前以外に誰がいるというのだ」


「えっ」


 本来ならば左右にいるはずの仲間の姿がどこにも見当たらない。もぬけの殻だ。

 慌てて振り向いてみると、陽菜と氷空そらは隠れていた物陰からピタリとも動いておらず、こちらの様子を窺っている。


 あいつら……! 俺を迷いなく生贄に差し出しやがった!!


「…………いやー。先生。本日はお日柄もよく……」


「そうだな。この快晴だ。校庭を走ったら、さぞ気持ちがいいことだろう」


 今日の指導はランニングか……校庭二十周は固いな。


「進級したことだし、四十周いくか。なに、お前なら軽くこなせるだろう?」


 倍になっとる。


 ……えっ。じゃあなに? 三年生になったら三倍になるってこと?


(くっ……! どうする……! 正面から久木原先生を突破できるとは思えねぇ……! この人、素手で熊を叩きのめしたなんて逸話があるぐらいだぞ……!)


 状況は絶望的。仕方がない。こうなったら、あの解決策の出番だ!


「…………先生。ここは俺の」


「お前の土下座に興味はないぞ」


 人間、二秒で万策が尽きることってあるんだね……。


(もうダメだ……! 俺には何の手も残されていないのか……!? くそぉ、そもそもあの二人を手放しで信用したことが間違いだった……!)


 ……いや。そうじゃないだろ。思い出せ、俺。


 人は誰だって間違える。

 間違いのない人なんていない。

 大切なのは間違ってしまった時、どんな行動をとるかだ。


「諦めろ。大人しく生徒指導室に連行されるんだな」


「俺は諦めない……! 俺にはまだ、とっておきが残ってる……!」


 大切なことを忘れていた。間違ってしまったものは仕方がない。

 大切なのはその後。間違ってしまった時、とるべき行動は一つ……!


「『敵前逃亡ブレイヴ・アクション』!!」


「逃がすか」


「ぐえっ」


 背を向けた瞬間、即座に首根っこを掴まれた俺は、そのまま生徒指導室に連行されたのだった。


 ……うん。間違った後にとった行動も間違ってたら、もうどうしようもねーわ。


     ☆


「ゆーくんと、私と、かざみん。みんな同じクラスだったよ! やったね!」


 俺が陽菜からその報告を受けたのは、訓練ランニングでヘトヘトになりながら帰宅した後だった。


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