EX4 隠し事

 先立つものは金、という言葉がある。


 これはようするに、何をするにしても金がなきゃはじまらんということで、これは現代人においても当てはまる。

 お金がなければ服も、食べ物も、住むところも手に入れることは出来ない。学校にだって通えない。娯楽なんて論外だ。


 金の切れ目が縁の切れ目。いつまでもあると思うな親と金……などなど。

 古来(?)より、金は人間関係にも大きな関係がある。

 生きていくだけで金がかかり、他者との関係を円滑に保つためにも金は要るのだ。


 何はともかく金だ。俺には金が要る。


 ――――まあ。つまり。何が言いたいのというと。


「短期のバイトをはじめることにした」


「ほぉ。そりゃまた急にどうして」


 氷空はお気に入りのパックのりんごジュースを飲み干すと、ゴミをコンビニ袋の中に詰め込みながら、心底どうでもよさそうに問うてきた。


「もうすぐ夏休みだろ? だからその前に、軍資金を作っておこうと思って」


「なるほど? 陽菜ちゃんとのデート費用を稼ぐためか」


 説明する前にズバリと答えを言い当てられてしまった。


「で、デート? いや別にそういうわけじゃ……」


「そりゃむしろ陽菜ちゃんに失礼ってもんだろ。お前らもう付き合ってるんだし」


「そうだよな。俺たちはもう付き合って…………なんで知ってんだ!?」


 俺と陽菜が付き合いはじめたことは、まだ周囲には秘密にしている。

 幼馴染ということもあってか、そう意識して隠すまでもなく周囲にはバレていないと思っていたのだが……。


「見たらわかるっての。……あー、安心しろ。たぶん他の連中も知らない。つーか、バレたら男子共が騒いでるし」


 氷空は飄々としているようで鋭い。こいつにはどんな隠し事も出来なさそうだ。


「わざわざそんなこと報告しにくるってことは、バイト先の相談か?」


「いや。バイト先はもう決めてる」


「じゃあなんだ。惚気か」


「それも入ってるがそうじゃない」


「入れるな」


 氷空の抗議は無視するとして。


「バイトのこと、陽菜には秘密にしたいから、口裏を合わせといてほしいんだ」


「それは別に構わんが、それこそわざわざ秘密にすることか? 理由ぐらい教えろ」


 やっぱりそこは突っ込まれてしまうか。何となくスルーしてほしかったが……ええい、仕方がない。


「だから……――――――――」


 俺ができるだけ説明したくなかった理由を説明すると、氷空は噴き出した。


「あははははっ! なんだなんだ、そんな理由か。ああ、いいぜ。陽菜ちゃんには黙っといてやるし、口裏も合わせといてやるよ」


 氷空がここまで笑うというか、表情を崩すのは珍しい。それがまた腹立たしい。

 しかし、とりあえずこれで最低限の安全は確保された。あとは金を稼ぐだけだ。


     ☆


「ゆーくん。最近、私に隠し事してない?」


 バイトをはじめて一週間が経ったころ、陽菜に詰め寄られた。

 …………自室のベッドの上で。


「陽菜。お前、そろそろ普通に起こせよ。なんで布団の中に潜り込んでるんだ」


「ゆーくんに逃げられないようにするためだよ」


「制服、シワになるぞ」


「私は気にしないからいいもん」


 そういう問題だろうか。


「それに朝一でカノジョの温もりを堪能できるんだよー。お得でしょ?」


「お得であることは否定しないが……」


 こっちだって色々あるんだよ。理性とか。理性とか。理性とか。

 陽菜は小柄だが、なまじスタイルが良いだけに……こういう体勢は危険なのだ。色々と。色々なものが体に当たるから。色々と。


「……ゆーくん。もしかして最近、ちょっと鍛えはじめた?」


「最近、ちょっとな」


「わー…………なんか、男の子って感じがする。前よりもちょっと固くなってるし」


 無邪気な手つきで胸元を触ってくる陽菜。


「ふふっ。私と同じだね」


「同じ? お前もなんか鍛え始めたのか」


「ちょっと胸のサイズが成長しました」


 こういう時、どういうリアクションで返せばいいんだ……!


「…………確かめてみる?」


 布団の中に潜り込んだまま、陽菜は上目遣いで問うてくる。


「だ、ダメだろ。そーいうのは」


「ゆーくんなら、いいよ」


 からかっているわけではない。


「だって……ゆーくんは、彼氏だし」


 そう言って、陽菜はどこか蠱惑的に微笑んで――――


「――――って、話がそれちゃった! 隠し事! 今日はゆーくんの隠し事を問い詰めにきたのっ!」


 …………助かったような。物凄く残念だったような。


「な、何の話だ?」


「だって最近、放課後とか休みの日とか、ぜんぜん予定合わないじゃん」


「俺にだって色々予定ってもんがあるんだよ」


「ふーん? 彼女をほったらかしにする予定なんだ」


「ほ、ほったらかしにしてるわけじゃないだろ。学園では殆ど一緒だし」


「放課後も一緒にいたいんだもん」


 そう言われてしまえば否定の余地が無い。俺だって可能なら一緒にいたいが、目前に迫る夏休みに備えて軍資金を稼がねばならないのだ。


「そりゃあ、俺だってそうだけど……」


「だったら今日こそはお家デートしようよっ。私の家でさ」


 陽菜とのお家デート。それはとてつもなく魅力的な提案なのだが、


「…………悪い。今日も予定が入ってる」


「むぅ……また予定……っていうか、何の予定?」


 むすっと頬を膨らませる陽菜。かわいい。


「色々だ」


「またそうやって誤魔化すんだから。カノジョをないがしろにしてると、フラれちゃうぞー」


「そうならないように気をつけるよ」


「じゃあじゃあ、お家デート……」


「悪い。それは出来ん」


「むー……」


 我ながら鉄壁のガードをしているが、陽菜にとっては不服なようだ。


「……わかった。じゃあいいよ。ゆーくんのばかっ」


 陽菜はもそもそと布団から出ると、制服のシワを手早く伸ばしてリビングへと降りていく。申し訳なさと罪悪感を胸に抱きつつ、それでも俺は期間が終わるまで、バイトのことを隠し通すことをあらためて心に誓った。


「……教えられるわけねーだろ。お前にだけは、知らせたくねーんだ」


     ☆


 ゆーくんは隠し事をしている。


 ……隠し事そのものは別にいい。でもやっぱり、不安になる。


 だってせっかく恋人になれたばっかりなのにぜんぜん予定が合わないっていうか……平日の放課後も休日もぜんぜん会えないっていうのは、やっぱり不安になる。


 幼馴染としてずっと距離が近かったせいだろうか。

 こんなにもずっと姿が見えないだけで不安になるなんて……。


「考えたくないけど……」


 なかなか姿を見せない恋人。隠し事。何となく結びついてしまうのは――――浮気、とか。


「ううん。ゆーくんはそんなことしないもんっ」


 自分に言い聞かせるけど、それでもやっぱり不安は拭えなかった。


「でも……ちょっとだけ……視ちゃおっかな」


 不思議なことに、私の能力はゆーくんと付き合いはじめてから安定化してきた。

 意図的にある程度、小さな予知を見ることができるぐらいには。

 ……つまり、先の未来を見て、ゆーくんの隠し事を探る。


 人が隠したがっていることを無理やり暴くようなことはよくない。よくないと分かってるけど……自分の中に在る不安に負けてしまった。


「――――……」


 目を閉じて、呼吸を整えて、集中する。

 天堂の家に伝わる異能の力を意図的に、ほんの僅かに解放して、未来の光景ビジョンを脳裏に映す。


(――――……視えた)


 ここは……どこだろう。お店の中かな? 入ったことが無いから分かんないな。少なくとも学園の近くじゃなさそうだけど。


 ……ゆーくんがいる。店員さんみたいな格好して、最近ちょっと逞しくなってきたその腕は、知らない女の子を両手で抱きかかえていて――――……。


「…………」


 そこで、私が視た未来の光景ビジョンは途絶えた。


「ゆーくんが――――……」


 私はただ、垣間見た未来に愕然とすることしかできなくて。


「ゆーくんが知らない女を抱いてる――――!!」




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あまりにもモテないので幼馴染に相談してみた。 左リュウ @left_ryu

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