第32話 悪友に相談してみた

「……最近、陽菜の様子がおかしい」


 ある日の体育。男子はバスケをして、女子は隔てられたネットの向こう側でバレーをしていた。試合の順番待ちをしている最中、俺はここ最近、気になっていることを氷空に相談してみることにした。


「陽菜ちゃんの様子がねー……確かにちょっと距離置かれてる感あるよな」


「やっぱりお前もそう思うか」


「まあな。あれだけ毎日一緒にいた子が、ここんとこ最低限だもんな。なんか、普通のクラスメイトになった感じっていうか」


「そうなんだよな……朝起こしに来なければ、放課後風呂にも入りに来ないし……」


「冷静に並べられると凄いことしてるよな陽菜ちゃん」


「おかげで俺は毎朝ランニングするはめになっている」


「それは朝起きれないお前が悪いだろ」


 今のところなんとか遅刻は免れているが、それもいつまでもつか……。


「でも、まあ……別に喧嘩してるわけじゃないんだろ?」


「……してるわけじゃ、ないけど」


「だったら特に気にすることでもないだろ」


 心なしか氷空の言葉は、俺を突き放しているようにも聞こえる。


「お前は陽菜ちゃんの幼馴染ってだけで、別にお前の彼女ってわけでもないんだしさ」


「……そうだな」


 そう。俺と陽菜は幼馴染だ。特別な関係にも聞こえるけれど、言ってしまえば『長いこと一緒にいる友達』でしかない。勿論、家族ぐるみの付き合いでもあるので友達よりは深い関係なのかもしれないけれど。


 それでもきっと、恋人はまた違った特別な関係だろう。


 どっちが上とか下とかじゃない。恋人には恋人の。幼馴染には幼馴染の関係性というものがあるのだろう。


「ましてや将来、陽菜ちゃんに彼氏が出来たらどうすんだ。ちょっと距離置かれたぐらいで動揺してる場合か?」


「陽菜に……彼氏……?」


「当たり前だろ。陽菜ちゃん、かなり人気あるんだから手ぇ挙げたいってやつは多いだろ。実際、昔から告白とかされまくってたしな」


 一時期、俺も陽菜に彼氏がいるのだろうと思っていた時期はあった。

 だから身を引こうとしていた時期もあったけれど…………じゃあ、今は?


 今はあの時みたいに、大人しく身を引こうという気持ちでいられるのか?


 ――――…………雨、止んだね。


 今でも思い出す。唇の感触。その温もりを。


「おっ、見ろ。次は天堂さんだ」


 近くにいたクラスメイトの男子の声がやけにはっきりと耳に入ってきた。


 体育館の中。隔てられたネットの向こうで、陽菜がバレーに参加している。

 ……氷空に言われて、意識していたせいだろうか。

 周りにいる男子たちの視線が陽菜に集まっていることに、今になって気づいた。今日が特別? いいや、違う。いつもこうだったんだ。俺があんまり意識してなかっただけで、陽菜はきっと……。


「いいよなぁ、天堂さん……」

「胸デカいし。可愛いし。優しいし。頭いいし。運動も出来るし。胸デカいし」

「胸で始まって胸で終わるなよ」

「料理も出来るんだって? 昼休みに食べてる弁当、手作りって聞いたことあるし」

「いいなぁ。俺も食ってみてぇよ」

「あんなカワイイ子の彼氏になれたらなぁ……」

「そういえば最近、月代と一緒にいるところあんま見ないよな……」

「もしかして、俺らにもワンチャンある!?」

「俺告白してみよっかなー」


 ……ま、そーだよな。

 確かに陽菜は可愛いし、優しいし、頭もいいし、運動でもできる……あと、まあ。確かに胸もある。

 そりゃ彼氏になりたいって思う連中がいるのは不思議ではないどころか当然なわけで。


「ほらな。大人気だろ? 陽菜ちゃん」


「……知ってるよ。そんなこと、今更言われなくても」


「どーだか。お前、陽菜ちゃんの隣にいるのは自分だけって思ってなかったか?」


 氷空の言葉が胸に突き刺さる。容赦なく、深々と。


「陽菜ちゃんだって一人の女の子だ。いつか素敵な彼氏が出来て、お前の隣からいなくなってもおかしくないんだぞ」


 俺の中にあった甘えのようなものを、引きずり出されたような気がした。


「それはもしかすると今かもしれないし、今日かもしれないし、明日かもしれない。……その時、『幼馴染』でしかないお前は身を引くしかないんだからな」


 当然だ。陽菜の彼氏だって、陽菜の傍に別の男がいるのは不安になるだろう。


「…………陽菜の彼氏、か……」


 まるで霧の中に放り出されたような気分だ。

 出口がどこにあるのかもよく分からないまま、彷徨っているような……。


     ☆


「なにやってんのあんた」


 その日の放課後、俺は特に何もすることもなくリビングのソファーで寝転がっていたら、いつの間にか夜になっていた。


「もう晩御飯よ。いつまでもそうしてないで、着替えてきなさい」


 どうやら制服を着替えもせずにソファーで寝転がっていたらしい。


「はあ……まったく。そんなんで大丈夫なのかしらねぇ、あんたは。陽菜ちゃんがいないと何にもできないんじゃない?」


「なんでそこで陽菜が出てくるんだよ」


「だって陽菜ちゃん、しばらくうちに来れないじゃない?」


「……えっ?」


「あら。言ってなかったかしら」


 母さんはフライパンを振りながら、とてもアッサリと。


「陽菜ちゃん、引っ越すのよ」





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