第33話 悪友に質問されてみた
「………………」
スマホの画面には、打ち込んだ未送信の文字が並んでいた。あとは送信ボタンをタップすればそれだけでメッセージが陽菜のアカウントに送られる。だが俺は、かれこれ二時間、画面とにらめっこしたまま固まっていた。
「引っ越しかぁ……」
陽菜が引っ越す。幼馴染が引っ越してしまう。
日常的なことではないにしたって、ありふれたことではある。仲の良い友達が引っ越してしまったなんて話は珍しくもない。その度に悲しんで、別れを惜しんで、なんてことも世界のどこかでは当たり前のように繰り広げられているわけで。
これが近所とかならただの肩透かしで終わる話だが、なんでも天堂家の本家に戻るらしい。新幹線で移動するような距離だ。休みの日ならともかくとして平日にそうおいそれと会いには行けない。所詮、俺は学生だ。交通費の問題もあるし。そうなったらバイトでもするか。平日全部突っ込めば何とかなるか?
「……って、何考えてんだ」
陽菜が居なくなったあとのことを勝手に考えて、勝手に落ち込んでいる。
「そもそもなんで何にも言ってこねぇんだよ……」
思い返せばここ最近の陽菜はどこか変だった。
朝は起こしに来ないし、移動教室も一緒じゃないし、家の風呂にだって入らないし、俺の服も着ないし、そもそも放課後俺の家にも来なくなったし。
「……なんか、避けられてるよな」
可能性はある。
俺が何かしてしまって……あいつに嫌われてしまったのかもしれない。
引っ越しなんて建前で、本当は……。
「…………っ……」
脳裏を過ぎるのは、空っぽの部屋。
俺以外の家族が消えてしまった空っぽの箱――。
「…………」
大切な人が、ある日突然俺を置いていなくなるなんて……十分にあり得る話じゃないか。
でも、陽菜に限って……いや。前もそうだった。家族が消えた時も、みんなに限ってと、そう思って……。
「…………っ……!」
震える指はメッセージを送信することが出来なかった。
スマホに打ち込んだメッセージを削除して、そのまま布団に潜りこむ。
……分かっている。これがただの『逃げ』だということぐらい。
メッセージを送って、問いただして、それで……拒絶されてしまったら。
大切な人から直接拒絶されたくないから。言葉で直接、「要らない」と言われるのが嫌だから。だから、電源も切って……俺は目を閉じた。
「……どうすりゃいいんだよ」
☆
次の日――――陽菜は、学園には来なかった。
教室の席が一つ空いているだけなのに、どうにもぽっかりと穴が空いてしまったようにも見えて。
「家の事情でお休み、ねぇ……雄太、お前は何も聞いていないのか?」
「いや……何も」
たぶん、引っ越しの件だろう。
「ここ最近の陽菜ちゃん、何かおかしかったしなー」
「そうだな……」
次の日も、次の日も。その次の日も。
陽菜は、学園には来なかった。
俺の部屋はどこか広く感じられて……誰と何を話したのかも、曖昧で。
時間だけが流れて消えていく。世界が色あせて、灰色になったみたいになって。
事情は相変わらず『家の事情』。俺の方から連絡を寄越す勇気もなく、ただ時間だけが過ぎていく。
「最近、天気悪いよなー。ずっと雨ばっかだし」
「そうだな」
「陽菜ちゃん、ぜんぜん来ないなー」
「そうだな」
「家の事情つってたけど、何なんだろなー」
「そうだな」
「お前は何も聞いてないのか?」
「そうだな」
「…………一+一は?」
「そうだな」
「いや『そうだな』じゃなくて」
氷空が何か言ってる気がする。なんでもいいけど。
「お前さ、最近どうした? 何やっても上の空だぞ」
「そうだな」
「だから『そうだな』じゃなくて」
ぼーっとしていると、氷空がため息をついて、
「そんなに陽菜ちゃんがいなくて寂しいか?」
「…………わかんねぇ」
陽菜。その言葉だけははっきりと聞こえてきて、氷空の言葉も頭の中にすんなりと入ってきた。
「でも……
いつも騒がしいと思っていたけれど。でもいなくなったら……胸に穴があけられたような喪失感が止まらなくて。
「…………なんか、嫌だ」
「じゃあ、連絡して声ぐらい聞けばいいだろ」
「…………無理だろ。そんなの」
「なんで」
「…………俺、あいつに嫌われてるかもしれないし」
「……………………? 誰が? 誰を? 嫌うって?」
「陽菜が、俺を嫌ってるかもってこと」
「?????????」
氷空がかつてないほどに頭を悩ませて首を捻り始めた。
「何を根拠にそんなことほざいてるんだ? 天変地異の前触れじゃないだろうな」
「…………なんかあいつ……最近、距離取ってたし……それに……」
これを思い出すのはいつだって悲しい。いつだって傷つく。
だけど過去のそれよりも、陽菜と離れることの方が……ずっと辛かった。
「…………俺は、自分が誰にも愛されてないことを知ってる」
「…………どういうことだ?」
気づけば俺は氷空に話していた。
子供の頃のこと。親から捨てられたこと。こんなことを氷空に話すのは、初めてだった気がする。俺にとってもあまり良い思い出じゃないし、話されたって氷空も困るだろう。でも氷空は静かに耳を傾けて聞いてくれた。
「俺はモテたかったのは、誰かに愛されたかったからだ。愛されれば、捨てられない。俺は捨てられたくなかったんだ。要らない子供だと、言われたくなかったんだ」
ああ、そうだ。
モテたいとか、モテるための行動をしたいとか。そんなのはただの言い訳だ。
本心は違う……捨てられたくないからだ。見捨てられたくないからだ。
俺を捨てた家族のように。誰かに見捨てられて、要らない子供だと言われたくないからだ。
そのために努力したんだ。モテれば、誰かに愛してもらえれば、俺は捨てられなくて済むから。
「それで。陽菜ちゃんも同じように、お前を捨てようとしてるって?」
「…………かもな。最近、距離をとってたのだって……」
「バカじゃねぇの?」
氷空の声は、とても呆れていた。心の底から、くだらないと言いたげな。
「はぁぁぁ~……心配して損した。あーバカらし」
「お、お前なぁ! こっちは真剣に悩んで……!」
「悩むぐらいなら本人に聞けよ。メッセージで気軽にやり取りできるこのご時世だ。出来ないわけないだろ」
「……………………それは……」
「ハッ。本人に直接言われるのが怖くて出来ないってか。だったら悩む必要はない。そのまますっぱりと縁を切れ。指先一つで耳を塞ぐことが出来る便利な世の中だ。陽菜ちゃんのメッセージアカウントをブロックするなりなんなりすればいいだろ? そうすりゃもうおさらばだ」
確かに。ただ傷つきたくないなら、簡単だ。アカウントをブロックすればいい。
学園に来ても最近のように距離をとれば、自然と話もしなくなり、俺たちの関係も消滅する。
でも……。
「それをしないってことは、お前は話したいんだろ。このまま別れるなんて嫌なんだろ? それってつまり、陽菜ちゃんのことが諦めきれないぐらい、大切ってことなんじゃないのか」
そうだ。俺は諦めきれない。毎日の中で、いつも陽菜の姿を探してしまう。
あいつが隣にいない日々なんて、つまらなくて。色あせていて。考えられもしなくなっていた。
「お前にとって、陽菜ちゃんは何なんだよ」
改めて突き付けられたその問いに、ハッキリと答えることは出来なかった。
ただ……陽菜が俺のところから離れて、どこか違う場所で暮らして、その隣には知らない誰かがいて……そんな光景を想像しただけで、たまらなく嫌な気分になった。
傍に居てほしい。知らない誰かじゃなくて、俺の隣に居てほしい。
そんな気持ちが止まらない。今すぐにでも会いたい。
距離をとって、このまま離れてしまうなんて……嫌だ。
「…………氷空」
「ん」
「ありがとな」
それだけを言い残して、俺の足は地面を蹴って走り出していた。
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