第10話 天堂陽菜

 ――――物心ついた時、私は鳥籠の中にいた。


 贅沢な籠だったとは思う。豪華な箱庭だったと思う。


 何一つ不自由なことはなかったし、言えば何でも手に入った。


 誰もが私を愛してくれた。籠の中の鳥を可愛がってくれた。


 小さな子供のワガママを叶えることなんて、天堂家にとっては赤子の手を捻るよりも簡単なことだっただろうから。


 本やネットに書いてあるような『外の世界』への憧れは募った。でもそれは最初だけで、次第に興味も失せて行った。


 ……ちょっと違うかな。どっちかっていうと、『諦めた』が正しいのかも。


 だってどれだけ焦がれても、憧れても、手を伸ばしても……地上の明かりは届かないって解ったから。


 私は太陽・・。天に在りて地を照らす光輝。


 そう言われて育った。


 太陽は照らすだけで、地上に降りることは出来ないから。


 だから私は閉じ込められていた。大切に、大事に、箱の中に入れられて。


 ……ああ、でも。閉じ込められるばかりじゃなかったかな。


 定期的に、大人たちが何人かやってきて、質問をしてきたっけ。


 当時はその質問の意味が分からなかったけど、それに答えてあげると大人たちは満足げに頷いて戻っていった。


 どうやら、私には生まれつき未来を視る力が備わっていたらしい。


 元はご先祖様が持っていた力で、天堂家には稀にこうした『先祖帰り』が生まれることがあるんだって。


 その『未来を視る力』を用いて天堂家は代々発展してきたんだとか。


 周りの人たちはみんな黒髪なのに私の髪だけ太陽のような金色をしていたのも、この未来を視る力も、全ては『先祖帰り』なのだそうだ。


 大人たちの質問も、ようは未来を知るためのもの。


 ……まあ、今となってはどうでもいいことなんだけど。能力だってパパに頼んで封じ込めてもらったし。ああ、でも勘が鋭いのはどうしようもないみたい。それでもせいぜい、ジャンケンに勝って、ゆーくんからおやつを貰うことぐらいかな。


 ともかくとして、幼い頃の私はたまに訪れる大人達のために未来を視るだけの日々を過ごしていた。


 それだけ。それだけの毎日。退屈な日々。


 でもある日、退屈が破られた。


 パパとママが私を迎えに来て、『外の世界』に出ることが出来た。


 最初は戸惑った。だってさ、仕方がないよね。ずっと閉じ込められて育ったのに、いきなり外に出て自由に生きていいんだぞ、なーんて言われてもさ。分かんないよ。


 それにさ。全部視えてたんだ。


 私はずっとこのままだって。そんな未来しか、視えなかった。


 だから、ずっと窓の外を見てた。


 ずっと、ずっと、ずっと。


 窓の外を、見てたんだ。


 ……それから、どれだけ経った頃かな。私の部屋の扉が開かれた。


 懐かしいなあ……あの時だよね。


 私が、ゆーくんと出会ったのって。


 同い年の子供と会うことって滅多になかったから、最初はちょっと興味を持ったんだよね。でもそれだけ。それだけでしかなかった。


 私はまた、窓の方を眺めていて。それでも、ゆーくんは私に話しかけてくれたよね。


「お前、外に出ないのか?」


「……興味ないから」


「じゃあ、なんでずっと窓の外を眺めてるんだよ。興味があるからじゃないのか?」


「……貴方には関係ないでしょ」


「あるよ。おばさんとおじさんから、お前を外に連れ出すように頼まれたんだ」


「……知らない。ほっといて」


 今じゃ考えられないけどさ。あの頃の私は、誰もかれもを、それこそ、ゆーくんも拒絶してたっけ。


 でも、ゆーくんはそれでも私の傍に居てくれたよね。


「…………どういうつもり?」


「一人ぼっちってさ。結構寂しいぞ」


「…………知ったようなこと言わないで」


「知ってるよ。一人の寂しさは」


 ゆーくんの言葉の意味を、私は何も知らなかったけど。

 でも、なんでかな。あの時の言葉には本気の気持ちを感じたんだよね。


「でも、お前は皆に愛されてる」


 そう。私は愛されていた。パパもママも、私を愛してくれていた。


「だから勿体ないよ。こんなところに閉じこもったままなのはさ」


 ゆーくんは、そう言って笑った。

 そして、私の手を取って外の世界に引っ張り出してくれたよね。


 私の視たものを、ゆーくんが変えたんだよ。


 嬉しかったな。きっとそうしてくれなかったら、私はずっと窓の外を眺めることしか出来なかったと思うから。


 最初は一緒に外に出て、お散歩したよね。それから公園で遊んだり、お買い物に行ったり、ご飯を食べたり。友達も出来るようになって。学校にも行って……。


 小さな鳥籠の中にしかなかった私の世界が、どんどん広がっていって。


 ゆーくんのことを好きになったのは、いつからかな。ハッキリとは覚えてない。いつの間にか、好きだった。


 もしかすると、一目惚れだったのかもしれないとさえ。


 ……でもさ。私にとっては、どうでもいいんだ。いつ、どのタイミングで好きになったかなんて。好きになった理由すら、もうどうでもいいの。


 理由なんていらない。特別なんていらない。


 好きなものは好きなんだから。


 うん。だから私は、ゆーくんが好き。


 そう自覚して、だからこそ……ゆーくんにたくさん『好き』をあげたいって思ったんだ。


 パパに教えてもらったことがあるの。


 ゆーくんの本当の家族が、ゆーくん一人を残して蒸発したってこと。


 お父さんも、お母さんも、妹も。みんなみんな、ゆーくん一人を残して消えた。


 ゆーくんは一人置いていかれて、一人ぼっちになって。


 私と出会ったころは、まだ今の家に引き取られたばかりの頃だったんだよね。

 それでも私を外の世界に連れ出してくれた。一人だった私に、手を差し伸べてくれた。


 ……どんな気持ちだったのかな。私はきっと、分かってあげられない。


 だって私は、歪んではいたけれど、曲がってはいたけれど、常に周囲の人から愛されてきたから。


 だから……ゆーくんの気持ちを、本気で分かってあげられない。


 でもね。代わりに、いっぱい『好き』をあげたいって思ったんだ。だってこの『好き』は、ゆーくんから貰ったものだから。


 それに……ゆーくんといるとさ。毎日楽しいんだよね。何が起こるか分からなくて、ワクワクして、ドキドキして。思い通りにならなくて。


「ゆーくん」


「……ん?」


「ゆーくん、ゆーくん」


「どうした」


「えへへ。何でもないよ。呼んでみただけー」


「はあ? なんだそりゃ」


 ただの日常が、何気ない日々が、他愛のない毎日が。


 貴方が居るだけで、愛おしくなる。

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