第8話 余裕①

「モテるために、『余裕』を持った男になる!」


 強く拳を握りしめながら、俺はリビングで一人、力強く宣言した。


「どしたの急に」


 訂正。一人じゃなかった。当たり前のようにリビングに入ってきた幼馴染ひながいた。


「なんでお前は当たり前のようにうちに来てるんだ」


「だって、ゆーくんママが『いつでも来ていいからね』って言ってくれたもん。ほら、合鍵」


「うちの母親に防犯意識がないのはよく分かった」


 なんで合鍵を渡すかね。幼馴染とはいえさ。


「それで、ゆーくんはなんで『余裕』を持ちたくなったわけ?」


「テレビでモテる男特集をやってたんだけどさ、そこで『大人の余裕』が大切ってあって」


「また変なもの見て影響されちゃって。めっ、だよ」


「お前は俺の母親か」


 なんで見てるテレビの内容まで管理されなきゃならんのだ。

 まあ、点けたらたまたまやってたってだけなんだけどさ。


「というわけで、俺は今日から『大人の余裕』を持った男になろうと思う」


「なるほど……そういうことなら、私に良い考えがあるから任せて!」


「おっ、ホントか?」


「うんっ! 幼馴染を信じてよ!」


 やけに自信たっぷりに、その豊かな胸をはる陽菜。

 そういうことなら任せてみよう。幼馴染なだけあって、俺のことを知り尽くしているはずだ。なら、俺に適した方法というものを持ってきてくれるかもしれない。


「分かった……お前に任せたぜ!」


「うんっ! じゃあ、私を信じて指示に従ってね」


「もちろんだ! それで、俺は何をやればいい?」


「まずはこの差し入れを一緒に食べよう!」


 陽菜は紙袋を持った手を軽く掲げる。中には貰い物のお菓子が入っているのだろう。


「せっかくだし、ゆーくんと食べようと思ってさ。ほら、いつもおやつ頂いちゃってるし」


「そうだな。余ったらだいたいお前が食うもんな」


 あれからまた陽菜とジャンケンをする機会があったが、やはり全敗した。

 もう少し別の勝負方法を考えねばあまりにもアンフェアではなかろうか。


「……で、これの一体どこが『大人の余裕』に繋がるんだ?」


「ふうー。やれやれ。だめだよ、ゆーくん。そうやって焦ると『大人の余裕』が逃げちゃうよ」


「はっ……! い、言われてみれば……!」


 いけない。陽菜に任せると決めたんだ。

 ここはしばらく、成り行きを見守ろうじゃないか。


「まずは、お茶淹れるねー」


「時々、ここは本当に月代家の家なのかを疑いたくなるよ」


「えー。今更じゃん、そんなの」


 笑いながら、陽菜はテキパキと手際よくお茶を淹れていく。

 キッチンのどこに何があるのかを完璧に把握しているのはどういうことだろう。


「はい、どーぞ。粗茶ですが。……なんちゃって」


「そりゃ俺のセリフのはずなんだけどなぁ……」


 言いつつ、淹れてもらったお茶を陽菜と二人で口につける。のんびりとした穏やかな春の日差し。リビングにつけられたテレビは、既に話題も切り替わってスポーツ特集を始めている。


「はあ……こうしていると、縁側で日向ぼっこする老人になった気分だ」


「そうだねぇ……今日はお日様もぽかぽかしてて気持ちいいし」


「……………………」


「……………………」


「………………で?」


「『で?』って?」


「いや、これのどこに『大人の余裕』があるんだ?」


「あるでしょー。ほら、ゆーくんも言ってたじゃん」


「え? 何を?」


「『縁側で日向ぼっこする老人・・になった気分だ』って」


「大人過ぎるわ!!」


 なんかイメージしてたのと違う!! いや、老人も大人だけど! でも、なんかこう……違うだろ!!


「まあまあ。怒ってたら、余裕が裸足で逃げてっちゃうよー。はい、お饅頭」


「はぐっ」


 陽菜に饅頭を口に中へと突っ込まれるや否や、上品な甘みが口の中に広がった。


「あ、美味い」


「でしょでしょー? 友達にも好評だったんだよねー。ゆーくんにも食べてほしくて、持ってきたんだー」


「その友達って、今度一緒に遊びに行く?」


「ん。そうそう。いつも実験室にこもりっきりだから、休憩がてら差し入れしてきたの」


「実験? え、なに。科学部とかそういう……?」


「んーん。個人で発明をしてる子なんだよねー。色んな賞を取ってる、凄い子なんだよ。最近は空を飛ぶ装置を作るって言ってたっけなー」


「そんなやつがいたんだな。知らなかった」


「普段は授業も免除されてるから、実験室に籠ってることが多いんだよ。……あ、そういえばこの前、子供になる薬を作ってるって言って、被験者を募集してたっけ」


「今すぐ縁を切れ」


 それはマッドサイエンティストとかその辺の類の人だと思う。

 幼馴染の交友関係を心配しつつ、お茶を啜る。


「……このお茶、陽菜が淹れたんだよな。うちのやつ?」


「そうだけど……何かダメだった?」


「いや。なんでかな。お前が淹れてくれたお茶って、いつも美味いんだよな。うちの母さんと同じ茶葉を使ってるはずなのにさ」


「そ、そうかな? えへへ……ゆーくんが美味しいって言ってくれると、嬉しいなぁ」


「あー……落ち着く。いっそ、これを毎日飲めば『余裕』も生まれそうだ……」


「ひゃえっ」


 何気なく褒めたら、隣に座っている陽菜の肩がぴくん、と跳ねた。


「えっと……じゃあ、ゆーくんが良いならさ……毎日……淹れても、いいよ……?」


「毎日は無理だろー」


「す、末永くがんばるからっ!」


 なんだ末永くって。結婚じゃあるまいし。


「もっと他のこと頑張れよ。お前、たいていのことは何でも出来るんだから」


「…………一番頑張ってることが、出来てないんだけど」


「そうなのか? そりゃ珍しいこともあったもんだ」


 饅頭を再び一口。うん。美味い。


「むぅ……なんか。ゆーくんの方が余裕あるよね……」


「逆にお前はなんでそこまで余裕なさそうなんだよ」


「もうっ、ゆーくんのばかっ! ずるいよずるいよ! なんか、そんなに余裕な感じしちゃって! 私はこんなにも振り回されてるのにっ!」


「身に覚えがなさすぎる!」


 そもそもこいつを振り回した覚えが特に思い当たらない。


「こうなったら、今度は私がゆーくんの余裕を失くす番だよ!」


「余裕を持ちたいって話をしてたんだけど!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る