第7話 占い

「占い?」


「そう、占いっ!」


 休日を控えたある日の昼休み。

 春のぽかぽか陽気を一身に受けながら、中庭のテラス席でのんびりと昼食を済ませ、腹も膨れた時のことだった。


「スマホの占いアプリが流行っててね、ゆーくんとやってみようと思って!」


「お前、そーいうのに興味あったんだな」


「そういうわけじゃないんだけどさ。友達がこういうの好きなんだよねー。で、その子に勧められたからせっかくだしやってみようと思って。結構当たるらしいんだよ? これ」


 陽菜の友達か。なんでも去年、俺らとは別のクラスになっている時に出来た友達らしいが、実はまだ一度も会っていない。なんでも自由かつ多忙な子らしく、時間が合わないのだそうだ。


 ……にしても、占いか。


 生憎と俺はあまり信じない主義だ。


 占いなんて、だいたい嘘に決まってるんだからな。


「ま、いいけどさ。どんな占いなんだ?」


「んーとね……色々あるみたい。あ、これとかどう? 手相占い! プロフィールを入力して、あとはスマホのカメラで手のひらを撮影するだけなんだって」


「へぇー。それっぽいじゃん」


「でしょでしょ? ……あ、ゆーくんと私のプロフィールはもう入れてるからっ!」


「実質個人情報握ってるようなもんだよな」


「小学校ぐらいの頃からの付き合いなのに、今更何言ってんのさ」


 それはそうなんだが、スマホアプリのプロフィールに勝手に情報を入力されている身にもなってくれよ。


「じゃあ、ゆーくん。この『スーパー占い師、ミラクル陽菜ちゃん』に手のひらを見せたまえよ」


「一気に胡散臭くなったな」


「いいから、ほらほら」


「……ん」


「…………」


「…………」


「……えい」


 とりあえず手のひらを差し出すと、陽菜がその上に丸めた手を乗せてきた。

 まるで犬の『お手』のように。


「なにやってんだ」


「えへへ。なんか『お手』みたいだな~って思って、つい」


「お前は犬か」


「わんわん」


「頼むから人語を喋ってくれ」


「ゆーくん、猫派だったんだ。じゃあ、『にゃあ』って言った方が嬉しい? 猫耳でもつけよっか?」


「要らねぇからさっさと手相占いやってくれよ」


 この占い師、前座が長すぎる。


「では改めて……っと」


 陽菜のスマホのカメラが、俺の手のひらを画面に納めた。


「俺の手相、どうだった?」


「うーん……これは…………」


 陽菜は険しい顔をしてスマホの画面とにらめっこしている。


「ゆーくんはね……」


「ははっ。どうした、死相でも出たか?」


「死にます」


「死ぬの!?」


「えーっと……呪われて爆発して地獄に落ちるんだって。大変だね……」


「そんなことある!?」


 なんだこの無茶苦茶な手相は。いやもう手相じゃないだろこれ。

 ……えっ。でもこのアプリってよく当たるんだっけ。じゃあ俺死ぬの? 明日? マジで?


「あははっ。大丈夫だよ、ゆーくん」


 一人で突拍子もない占い結果に悶々としていたら、陽菜が笑いながらスマホの画面を見せてきた。


「このアプリさ、元からこーゆー突拍子もなくてデタラメな結果を表示するものなんだってさ。ほら、ここにも書いてあるでしょ?」


 表示されていたページを読んでみると、「このアプリの占い結果はフィクションであり、実際の人物・団体とは関係ありません」とある。

 ああ、なるほど。こういう荒唐無稽な嘘の占いを楽しむためのアプリってことね。


「はあ……まったく。驚かすなよ」


「ごめんごめん。まさか、ゆーくんがここまで信じるとは思わなくてさ」


「お前が結構当たるとか言うからだろ……」


「それは星座占いの方だよ」


「じゃあそっちでいいだろ……」


 というわけで気を取り直して、改めて星座占いをすることに。


「ゆーくんは十二月一日生まれのいて座だったよね」


「そういうお前は一月一日のやぎ座だったっけか」


 偶然だろうが、俺たちはちょうどピッタリ一月違いで生まれてきたというわけだ。


「いやー。大変ですよ私は。お正月と誕生日がセットにされちゃうんだから」


「俺のお年玉の一部が、お前の誕生日プレゼント代に消えてくばかりでこっちもたまったもんじゃないよ」


「えへへ。なんだかんだ毎年ちゃんとプレゼントくれる、ゆーくんのそういうところ、私好きだよ」


「はいはい。現金な奴だなぁ……」


「……別にそーいう意味じゃないんだけど」


 陽菜は可愛らしく頬を膨らませながらもスマホを操作していく。

 入力が終わり、結果がすぐにはじき出された。


「えっとねー……ゆーくんは、『今週のあなたの運勢は……最悪! もっと周りをよく見ましょう』だってさ」


「なんだそれ。『もっと周りをよく見ましょう』って俺がいつも周りが見えてないみたいじゃないか」


「……凄いね、この星座占い。バッチリだよ」


 陽菜は神妙な顔をして頷いていた。解せない。


「……そういうお前の占いはどうなんだ」


「えっとねー……『今週のあなたの運勢は……超ハッピー! 勇気を出して近づけば、欲しい物が手に入るかも!』だって」


「欲しいもの? お前、何か欲しいのがあるのか?」


 陽菜の家は世界に名だたる天堂グループである。

 欲しいものがあれば簡単に手に入りそうなものだけど。


「んー……そうだねぇ……。こればっかりは、お金を積んでも手に入らないものだから」


「ふーん……そんなもんがあるんだな」


 一体どんなものなのだろうか。興味はあるな。


「……ねぇ、ゆーくん」


「ん? どうした」


「えっとね……その……次はさ。えーっと……ツーショット占い! ツーショット占いやろーよ!」


「つ、ツーショット占い? なんだそりゃ」


「カメラでツーショットをとって占うのっ! ほらほら、私とやろーよ!」


「そんな占い聞いたことも無いんだが……まあいいや」


 恐らくアプリにだけある占いなのだろう。

 椅子を動かし、スマホのカメラに収まるように肩を寄せ合う。


「陽菜、もっと近づけろ。入らないだろ」


「ん……いっそ、頬っぺたでもくっつけちゃう?」


「……そこまではしなくてもいいだろ」


「えへへ。だよね」


 そんなことをせずとも、今でも十分近い。

 陽菜の体温や香りまでもがいつもより身近に感じられるぐらいには。


「ゆーくん。どきどきしてる?」


「……なんだよ急に」


「私はさ……ちょっと、どきどきしてるよ」


 陽菜はちょっぴり恥ずかしそうにして、それでもぎゅうっと身を寄せてくる。

 そんな陽菜の身体は俺よりもずっと小柄で、柔らかくて。記憶の中にいる幼い頃の陽菜よりも、ずっと成長したことを感じられずにはいられなかった。


「撮るよー。ほいっ」


 カシャッ。と、シャッターの電子音が響き、写真の撮影が完了した。

 あとは占いの結果を待つばかりだが、陽菜はスマホを眺めて満足げに微笑んでいる。


「……どうした。なんか、良い結果でも出たか」


「ん。そーだね。良いこと、あったよ」


「へぇ。どんな結果が出たんだ? せっかくだし見せてくれよ」


「だーめ」


 陽菜はスマホの画面を俺から避けるようにして、ぎゅっと大切そうに両手で握りしめた。


「……さっきの星座占い、やっぱり当たるみたいだね」


「……? どうした急に」


「ふふっ……だってさ。欲しいもの、手に入っちゃったんだもん」


     ☆


 オレこと風見氷空が、雄太からのメッセージを受け取ったのは、昼休みも終わりに差し掛かった時だった。


「占い? はあ……あいつら、今度はこれでいちゃついてたか」


 今日は二人に配慮して昼食を別に食べていたが、どうやら想像通り仲良くやっていたらしい。その光景を思い浮かべて苦笑しながらも、メッセージアプリに添付されていたリンク先からアプリをインストールしてみる。


 占いというものに対しては都合の良い時だけ信じることにしているが、このアプリの噂はうっすらと聞いていたので、以前から興味はあった。さっそく星座占いから情報を入力して占ってみると、


「『今週のあなたの運勢は……デスティニー! 男の子は運命のお姫様に、女の子は運命の王子様に出会えるでしょう!』……なんだこりゃ」


 とてもマトモな内容とは思えない。

 噂のアプリといえども、外れる時は盛大に外すらしい。


「アホらしい……」


 と、アプリを閉じたその時だった。


「……ん?」


 うっすらと、空に影が差した。妙だと思って顔を上に向けてみると、


「――――えっ?」


 女の子だ。

 空から、女の子が降ってきていた。


「――――」


 肩ほどにまで伸びた髪。小柄な身体。天上院学園の制服の上から、なぜか白衣を羽織っていて。どこか遠くを見たような、儚げな瞳が妙に気になって――――そのまま、バッチリと目があった。


「うおわっ!?」


 幸いにして。

 オレの身体がクッションになったらしく、空から落下してきた謎の少女はオレをぺしゃんこにする形で、着地に成功した。


 まあ、着地というにはかなり不格好だが。

 何しろオレの上に頭から突っ込んで、そのうえ寝そべってらっしゃるわけだから。


「げほっ。痛ってて……あー……大丈夫か?」


 一応、気にかけて声をかけると。


「…………だいじょうぶ」


 そのどこかぼーっとした女の子は、こともなげにそう言うと、今度はオレの方をじっと見つめて、ちょこんと可愛らしく首を傾げて。


「…………貴方が、わたしの王子様?」


「…………は?」


     ☆


「氷空のやつ、どんな結果が出たのかな」


 教室に戻ろうということになり、陽菜と別れてお手洗いを済ませた俺は、氷空のやつにも例の占いを教えることにした。

 アプリのリンクを送り、そのまま教室に向かうべく階段を上っていると、クラスメイト達とすれ違った。去年も同じクラスだったやつらだ。


「おっ、月代じゃん」


「次、移動教室だからのんびりしてると遅刻するぞ」


「そういえばそうだったな……ありがと。急ぐわ」


「おうよ。……あ、そうだ。お前、昼休みなにしてたんだ?」


「なにって? 普通に飯食ってただけだけど……」


「いや、何やらお前に対する物凄い呪詛を吐きながら教室に戻ってきた奴らがいたから……」


「あれ怖かったよなー」


 なにそれ怖い。


「普通に飯食ってるだけじゃそうはならんだろ」


「いや、本当に飯を食ってただけなんだが」


「そうか……飯ってことは風見も一緒か?」


「いや? 今日は陽菜と二人で食ってたけど」


「オーケー、理解した」


「今から俺らはお前の敵だ」


 おかしい。親愛なるクラスメイトたちが一瞬にして敵に回ったんだけど。


「チッ……そういうことかよクソが……」


「おい待て。急になんだってんだ! 普通に飯食ってただけだぞ!」


「お前の『普通』は信用出来ねぇんだよ!」


「普通は普通だろう! 普通に飯を食って、普通に占いアプリで遊んで、普通にツーショット写真を撮って……」


「はあ……なんで日本の法律はお前にも適用されるんだろうな……」


「まったくだ。理不尽な世の中だぜ……」


「俺、進路表に政治家って書くかもしれない」


「協力するよ。一緒にこの間違った世の中を変えていこうな」


 おかしい。この迸る憎しみはクラスメイトに向けるものじゃない。

 親友の仇とか、両親の仇とか、そういうのに向けるものだ。


「さっさと爆発しろ」


「てめーは男の敵だクソが」


「一生呪ってやるからな」


 ぺっぺっと呪詛を吐きながら、クラスメイト達は去っていった。


 ――――えーっと……呪われて爆発して地獄に落ちるんだって。大変だね……。


 陽菜から教えられた占いの結果が頭を過ぎる。

 いやいや……そんなまさか。確かに呪われたし、爆発も求められたが。


「そんなわけ――――えぇっ!?」


 どうやら階段で躓いたらしい、と気づいたのは、盛大に転げ落ちた後であった。


     ☆


「おい、陽菜」


「ん? どうしたの、ゆーくん。なんかボロボロだけど」


「…………あの占い、もう二度とやるなよ」


 嘘からまことが出ることもあるのだから。

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