第6話 風見氷空
――――愛だの恋だのくだらない。
だからオレは、『恋愛拒絶主義』を掲げることにした。
いや、『掲げている』という表現だと少々やる気に満ちているように見えるな。『ぶら下げている』ぐらいがいいのかもしれない。
兎にも角にも、オレこと
理由? あるにはあるが、別に面白くもなんともない。
オレの母親は『愛』とやらのせいで、この世を去った。
その原因を作ったクソ親父は今ものうのうと生きてやがるし、オレに会社を継がせたがってるし、そんな親父の庇護下にいるしかない
……いや、よくないな。『悔しい』というのも良くない。これじゃあまるでやる気に満ち溢れているみたいだ。
オレは親父の会社を継ぐ気はない。だから、手を抜いて生きる。後継者に相応しくない人間として振る舞うために。
――――やる気は出さない。気怠く生きる。
それが
愛とかいうもので母親を殺したクソ親父に対する、オレなりのささやかな抵抗だ。
……こんな風に育っちゃったもんだから、オレはかつて他人の恋愛になんか興味がなかった。見下していたと言ってもいい。
でも今は違う。相変わらず『恋愛拒絶主義』なんてものをぶら下げちゃあいるが、他人が恋愛しようとそれは自由だと思っているし、見下してもいない。他人の恋愛に関しちゃ寛容になったと思ってる。
理由? あるにはあるが……面白いかは別にして、ちょっとバカらしいかもな。
「
「めんどくさそうな用事だったら空かない」
「ここまで堂々と言い切られるといっそ清々しいな」
放課後の通学路を一緒に歩いているこいつは、
中学の頃に知り合ったオレの悪友。
まず最初に言っておくが、こいつはバカだ。
とにかく女の子からモテたいと言っては様々なことに手を出していく。昔、「夕焼けをバックにハーモニカを吹きながら登場したらモテそうじゃね?」とか言い出してハーモニカの猛特訓をしていたっけな。
まあ、とにかく。そんなやつだ。
で、行動力だけは無駄にある雄太には、幼馴染がいる。
「かざみんは今日も平常運転だねー」
雄太の隣で笑っているこの子は、
雄太に紹介されて知り合った、あいつの幼馴染。
成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗と三拍子揃った上に、実家はあの天堂グループときた上に、天上院学園のアイドル的存在だ。
誰もが羨む美少女様というやつだが、そんな大物があの雄太と幼馴染と知った時は、だいぶ驚いたもんだ。
そんな二人の幼馴染コンビと出会って、オレは少し変わった。
別に劇的な何かがあったわけじゃない。特別な理由があったわけじゃない。
強いて言うなら……そうだな。肩の力が抜けたってところか。
こいつらを見てたら力も抜けるさ。
「……それで? 一体何の用件だ」
「今度の休み、みんなで一緒に遊びに行かないかと思ってな」
「へぇー……まあ、別にいいけど……」
言いつつ、陽菜ちゃんに視線を向ける。
「ん? みんなで一緒に? オレは行ってもいいわけ?」
「あはは。気にしないで。私も友達を呼ぶことにしてるし」
ああ、可哀そうに……本当は二人で行くつもりだったんだな。
断ってやるのがいいのだろうが、向こうも友達を連れてくるのならオレだけ断っても無意味か。むしろ行った方が面白いものが見れそうだ。
「じゃあ、参加しとくか。一応」
「よーし。集合場所とかはそのうち送るから待っててくれな。あとは今週を乗り切るだけかぁ……明日は数学の小テストあるから、それさえ乗り切れば後は楽なもんだぜ」
「数学……あっ! 教室に数学の教科書忘れてきちゃった!」
「教科書? 別にいいだろ、それぐらい。明日で」
「課題のプリントも挟んだままだし……私、取りに戻るね。二人は先帰ってていいからっ!」
どうやら忘れ物をしたらしい陽菜ちゃんが、来た道を戻っていく。
雄太の足は自然に止まって、ここで陽菜ちゃんを待つ体勢になった。それがこいつにとって当たり前だとでもいうように。
オレもまあ、だいたいは暇してるし、ここでこいつと話すのも楽しいので同じく待つことにした。
「にしても珍しいねぇ。急にお出かけだなんてさ」
「この前、陽菜とジャンケンしたんだよ」
「…………ジャンケン?」
「そ。アイツさ、よくうちに遊びに来るだろ? そのたびにおやつを食ってくんだけどさ。数が余るとジャンケンになるんだよ。でもアイツめちゃくちゃ強くてさ、俺は全然勝てないわけ」
「確かに陽菜ちゃんがジャンケンに負けたところはオレも見たことないけど」
「だろ? だからさ。この前、十回勝負で一回でも勝てたら俺の勝ちってルールでやってみたんだよ。そんで、『負けた方は、勝った方の命令をなんでも一つ聞く』って条件付きで」
「そりゃ大盤振る舞い……いや、そこまでいくと逆に情けないな」
「うるさい。向こうから出してきた条件だ。……それに、最初は一瞬で五連敗したし」
「おぉ。相変わらず強いねー、陽菜ちゃん。一気に五連勝とは」
「アイツ、疲れたとかぬかしてなー。人の膝を、いきなり枕にしてきたっけ」
「…………それは俗に言う、膝枕ってやつでは?」
「そうだなー。まったく、自分の家の中ならともかく、他人の家でスカートのまま寝転ぶかね普通」
ようするにこいつは、陽菜ちゃんのあられもない姿をその両眼にきっちりと収めたというわけだ。学園の男共が聞いたら両眼から憎しみの色をした涙を流しそうなもんだが。
……まあ陽菜ちゃんも、
「お前に普通を説かれるのも可哀そうな話だな。で、ジャンケンの方は?」
「結果的に九連敗したけど、俺が勝った」
「おぉー。そりゃ凄いじゃん。陽菜ちゃんに勝つなんて」
「いや、アイツわざと負けたんだよ」
「そりゃどうして」
雄太に命令を出せるなんて条件、見逃すとは思えないけど。
「なんか、俺が陽菜にどんな命令をするのか気になったんだと」
「あ――――……そうか」
「……なんだ。その『あー』は。色々と含みがありそうだが」
「あるだろ、そりゃ………それで? お前は陽菜ちゃんにどんな命令したんだよ」
「ん? だから、遊びに行こうぜって話をしたんだよ。その行き先を陽菜に決めてもらうのが『命令』」
「ああ、そういうこと……そういうことかー……」
…………人ってのは、『ジャンケン』一つでここまでいちゃつけるもんなのかねぇ。
いちゃつきギネス記録にでも挑戦してるのかもしれない。
毎回思うが、こいつらはなんで結婚どころか付き合ってすらいないのかが分からないし。もう胸やけしそうだ。
「あれ? 二人とも、待っててくれたんだ」
そうこうしているうちに、陽菜ちゃんが戻ってきた。
「ああ、ちょっと雄太とお話しててね」
「お話? なんの?」
「いやー、陽菜ちゃんも大変だねぇ。雄太から命令を受けちゃったなんてさ」
「あっ…………」
オレの一言でおおよそのことは察したらしい。
陽菜ちゃんの顔が、リンゴみたいに赤くなっていく。
「ごちそうさまでした」
「かーざーみーんっ! ……っていうか、ゆーくん! なに話してんの!」
「はぁ? 別にただの雑談だろ」
「そ、それはそうだけど……! あー、もうっ! 早く帰るよ、二人ともっ!」
恥ずかしさを紛らわすように、陽菜ちゃんは先陣を切って、その後を頭に疑問符を浮かべた雄太がついていく。
二人の背中を見ながら、俺は改めて過去の自分を振り返った。
「…………ホント、くだらないよなぁ」
――――愛だの恋だのくだらない。
だからオレは、『恋愛拒絶主義』をぶら下げている。
だからオレは、かつて他人の恋愛を見下していた。
……でも、今は違う。
そりゃあ、『恋愛拒絶主義』は変わらないけれど。他人の恋愛は見下さない。
だってそうだろう?
こいつら二人を見てたら、見ず知らずの他人の恋愛を見下して生きていくなんて、バカバカしくて、くだらないことだって思えたから。
もう、勝手にいちゃついてろって感じだ。むしろ最近じゃあ、特等席で眺めて楽しんでるぐらいだしな。
手を抜くにしても、もっと楽に抜いていい。もっと楽に生きていい。
「……さて。今日もやる気は出さず、気怠く生きますか」
それが
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