第25話 球技大会

 スポーツ。


 それは男のモテ度を一段階上げる魔法の概念。


 必須とまではいかないが、モテる男の主要科目といってもいい。


 つまり……球技大会を制す者、モテを制す!


「というわけで陽菜。俺はこの球技大会、必ず活躍してみせるぞ!」


 中庭で決意を滲ませて拳を握る俺を、陽菜は呆れたような目で見ていた。


「球技大会にそこまで情熱を注げるのって、運動部以外だとゆーくんぐらいだと思うよ」


 確かに球技大会で張り切っているのはスポーツに自信のある運動部連中ばかりだ。

 俺のように帰宅部で張り切っているのは珍しいだろう。


「で、ゆーくんは何に出るんだっけ」


「サッカー。陽菜は確か……バスケだったよな?」


「うん。女子バスケ。…………それにしても、ゆーくん。楽しそうだね」


「当たり前だろ? 球技大会はモテ度を上げるチャンス! 特に今回は昔取った杵柄じゃあないが、俺には分があるからな……!」


 中学時代はサッカー部に所属していたので、そこそこ活躍できる自信はある。


「だから嫌なんだよねー……」


 ぼそっと呟く陽菜。俺が活躍するのがそんなに嫌なのだろうか。


「……ま、それはともかくとしてさ」


 陽菜と共に中庭を歩きつつ、周囲を眺める。


「居ないねー、ほしのん」


「居ないなぁ……」


 球技大会の真っ最中に俺と陽菜が何をしていたかというと、星野さんの捜索だった。


 前に知ったことだが、星野さんは俺たちと同じクラスだったらしい。

 特別に授業が免除されているので普段は実験室に籠って発明に勤しんでいるので、教室であまり顔を合わせることはないけれど、今日に限っては別だ。


「ほしのんが免除されてるのは授業だからね。こういう行事には参加しなくちゃいけないのに……どこに行ったんだろ」


 今朝から、星野さんが姿を現さないのだ。


「ほしのん、運動が苦手だからね。こういう行事に参加したくないって気持ちは分かるけど……」


「今年サボれば、授業免除もはく奪だっけか」


「うん。ゆーくんと同じで、普段から結構面白いことしてるしねー。それに去年の行事はサボっちゃったみたいだし……流石に今年もサボるとヤバいみたい」


「その言葉には色々と言いたいことがあるが、我慢してやるよ」


 なんだよ面白いことって。


「ほしのん、どこかなー」


 陽菜が周囲に目を向けながら歩くと、束ねられた金色の髪が揺れた。

 体操着に身を包んでいる陽菜は、運動するとあって今日はポニーテールに髪をまとめている。笑った拍子に髪が揺れ、白いうなじが目に入って、不意に心臓の鼓動がどきんと跳ねた。

 なんだろ……別に見るのは、初めてじゃないはずなのに……。

 最近、陽菜のことになると気持ちが変になるんだよなぁ……。


「どうしたの? ゆーくん。ぼーっとして」


「いや……なんかその髪型は新鮮だなって」


「体育の時はいつもこうだけどねー。もしかして、見惚れちゃった? なーんて……」


「……そーだよ。普通に見惚れてたよ。悪いか」


「えっ……いや、別に悪くないけど……」


「お前、普段はポニテじゃないからな。だから……ちょっとドキってした」


 素直な感想を口にすると、陽菜が急にしおらしくなり、ポニーテールの髪を指でいじり始めた。褒められたもんだから照れてるのかな。こういうところは素直だよなぁ……。

 でもなんだこの空気。なんとなく、声をかけづらい。


「…………」


「…………」


 漂う沈黙。居心地は悪くない。むしろちょっと、むずむずするというか……。


「お二人さん、ここにいたのか」


 そうして俺も陽菜も黙り込んでいると、氷空がひょっこりと顔を出す。

 沈黙の意図のようなものが途切れて、ほっと安堵したような空気が流れる。


「……もしかして、お取込み中だったか?」


「い、いや? 全然?」


「そ、そーだよ。……かざみん、どうしたの?」


「お探しのものを見つけたからな。届けに来た」


「………………………………」


 氷空が右腕で丸太のように抱えていたのは、じたばたともがく星野さんだった。


「ほしのん! どこいってたの?」


「…………王子様を探しに」


 その王子様は、星野さんを丸太のように抱えてる本人なんだけどな。


「かざみん、ほしのんをどこで見つけたの?」


「そこの廊下でな。なんか星野さんの方から寄ってきたから捕まえといた」


 王子様を探して王子様に行きついてしまったか。自分から網に飛び込んでてはそりゃあ掴まるわけだ。


「ありがとね、かざみん。……ダメだよ、ほしのん。今年の行事をサボったらヤバいんでしょ? ただでさえ普段から実験室を爆発させてるんだから、先生には良い顔しとかないと」


 ……えっ。普段の俺って実験室の爆発と同列の扱いなの?


「ほら、一緒に行こうよ。そろそろ試合始まっちゃうしさ」


「…………行きたくない」


「どうして?」


「…………運動、苦手だし……足手まといになっちゃうし」


「球技大会だし、別にそこまで深刻に考えなくてもいいよ」


「でも…………みんなに、迷惑がかかる……」


「あはは。大丈夫だって。クラスのみんな、良い子だもん。……誰もほしのんを笑わないよ」


「がんばろ? これを乗り切れば少なくとも授業免除の剥奪はされないし、また面白い発明品を作るのに集中できるでしょ」


 そう言って、陽菜は手を差し出して。


「…………ありがと。がんばる」


 星野さんは、その手をとった。


「じゃあ私たち、行ってくるね!」


 陽菜は星野さんを連れて、体育館へと向かう。

 その背中を見守っていた氷空が、ポツリと言葉を零す。


「……星野さん、運動スポーツにコンプレックスがあるみたいなんだよな。親が元アスリートとかで、期待されてたんだけど。運動神経はからっきしで、肩身の狭い思いをしてきたんだと。親の期待や愛情は全部、才能ある弟の方に行ってしまったらしい」


「そんなことがあったのか…………」


 …………ん? ちょっと待て。


「なんで氷空おまえ、そんなこと知ってるの?」


「この前の休み、一緒に遊んだ時に星野さんが教えてくれた」


「いつの間にそこまで進展してたんだ……!?」


「やめろ。ただ外で偶然会っただけだ。あとはまあ……尾行仲間として話が弾んだというかだな」


「尾行仲間……?」


「……いや。なんでもない。忘れろ。それよりほら、オレらのサッカーも、もうじき始まるぞ」


 我らが二年A組はサッカー部員がいないながらも運動神経の良いメンツを揃えていたので、敵に一度のシュートも許すことなく無事に勝ち上がることが出来た。

 ちなみに氷空はゴールキーパーを自ら買って出た。理由は「楽だから」だそうで、実際に楽な試合結果に終わった。


「おっ、女子の方はちょうどやってるみたいだな」


 試合はちょうど互角の展開が繰り広げられている。

 うちの高校には女子バスケ部がないので、両方のクラスにバスケ経験者はいないはず。だが相手クラスには運動部員が多いらしい。運動自体はやり慣れているような印象を受けた。


 それでも同点を維持出来ているのは、


「ほいっと」


 陽菜の存在が大きいのだろう。

 鮮やかに一人、二人を交わすと、そのままスリーポイントシュートを決めてみせる。

 すると、たちまち周りの見学している生徒たちから歓声が上がった。


「いえーい! ナイスパス!」


 陽菜は喜びながら、チームメイトたちとハイタッチを交わす。陽菜たちのチームは雰囲気も良い。みんな、楽しんで運動している感じがする。


「相変わらず、陽菜ちゃんは運動も出来てすげぇよなー。帰宅部なのにこれだし」


「勘がいいのもあるんだろうな。相手の動きを読むのが上手いから、こういう対人戦だと特に強い」


 逆に、陸上競技のような個人の記録を伸ばすタイプのものは、それはそれで高い記録を出すものの、バスケのような対人要素のある競技よりはやや劣る。


「ほしのん、大丈夫?」


「…………今すぐ倒れて天に召されたい」


「うーん……天には召されないでほしいかな」


 同じコートに立っている星野さんはかなりフラフラだ。

 やはりというか運動は苦手だったか……それに加えて、体力がないのもあるのだろう。


 その時……。


「――――おい、あそこ狙え! 一人足手まといがいるぞ!」


 飛んできたヤジは男子のものだった。


「ほらほら何してんだ、あいつを狙えば勝てるぞー!」

「足、おっそ!」

「見ろよ、あの走り方! だっせー!」


 嘲りのニュアンスを含む、ほぼ罵倒にも等しいヤジだ。


「……あれはB組にいるサッカー部の連中だな」


「サッカー部の?」


「……確か、今年入学してきた星野さんの弟が、もうレギュラーの座についてたっけか。それに不満を抱いてる連中がいたことは知ってたが……大方、八つ当たりしてるんだろう」


 珍しいな。氷空がここまで不愉快そうな表情を隠さないとは。


「……ごめん……迷惑、かけてる……」


「あはは。迷惑とか、そんなの考えなくてもいいのに」


「そうだよ星野さん。これ球技大会なんだしさ」


「無理しない範囲で、ほどほどでいいよ。どーせ陽菜が全部決めてくれるし」


「そうそう。私が全部決めちゃうから! なので、ボールぷりーず!」


 陽菜を始めとして、チームメイトたちが星野さんを気遣って笑いかけている。

 普段教室で陽菜と話しているクラスメイトたちか。……うん。確かに陽菜の言う通り良い子だし、誰もバカにしたように笑ってないな。

 今年はクラスメイトに恵まれたらしい。それは星野さんも感じていることなのか、彼女はこくりと頷いて。


「…………ありがと。もうちょっと、がんばってみる」


 試合は結局、一点差での敗北という結果に終わった。

 だけど陽菜を始めとするチームメイトたちは、誰一人として星野さんを責めることはなかった。


 じきに男子のサッカーも次の試合が始まろうとしている。

 ぞろぞろと移動していく生徒の中には、気が晴れたと言わんばかりに汚い笑い声を上げるB組の連中の姿も含まれていた。


「……氷空。俺たちの次の相手、どこだったっけ」


「……B組だな」


「……お前、そろそろゴールキーパーに飽きたんじゃないか?」


「……そうだな。たまには別のポジションもやってみるか」


 これ以上、言葉を交わす必要はなかった。


 既にやるべきことは、理解している。



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