第24話 夢

(……あ。これ夢だ)


 なまじ未来なんてものが視えちゃうせいかな。

 夢を見始める瞬間に「これは夢だ」って解ってしまう。

 動画の再生ボタンを押した瞬間に気づいちゃう感じかな。


 こういう時に私が見る夢は、大まかに分けて二つのパターンがある。


 一つは予知夢。

 未来で起こる出来事を夢の中で体験すること。

 今じゃもう滅多に見なくなったけど、それでもたまに見てしまう。夢だからね。パパが施してくれた封も完全には機能しないのかも。

 でもまあ、前はこれで午後からの急な雨を予知したおかげで洗濯物がずぶ濡れにならずに済んで助かったことがあるんだよね。


 もう一つは、ただの夢。

 別に私に限ったことじゃない。他の人にだって夢を見ている時に「これは夢だ」って気づく瞬間がある。で、普通に夢を見る。


 今から見るこの夢が、この二つのうちどちらかなのかを見分ける方法は……特にない。

 現実で実際に起こるまで分からない。流石に荒唐無稽ファンタジーすぎる内容だったら夢だってわかるけどね。


 でも私の場合、現実的な内容の夢を見ることが多いから、見分けるのがちょっと難しい。


 高校一年生の頃、テストの解答欄が全部一つズレてた夢を見た時はちょっと冷や汗かいた。ただの夢だってわかった時は安心しちゃったよ。


(今回はどっちかなぁ……)


 視界を覆っている靄が次第に晴れてきた。

 どうやら夢が始まるらしい。

 期待半分、不安半分で夢に身を委ねていく。


「…………ん」


 ぱちり、と。瞼が開いて目が覚める。

 どうやら私はベッドの中で眠っていたらしい。夢の中でも寝てるって頭がこんがらがっちゃうけれど。


 見慣れない部屋だ。私の家でも、ゆーくんの家でもない。

 夢の中だしね。こういうのは珍しくない。

 とりあえず部屋の中を歩き回って探索してみる。といっても、そんなに広くはない。どこかのアパートの一室らしい。


「他に誰かいるのかな……?」


 調べてみたところ、どうやらここには私以外にも誰かが棲んでいるらしかった。

 歯ブラシとか二人分あるし、明らかにペアで使うことを前提にされたデザインのマグカップとかも置いてあるし。


「あれ……?」


 ふと、鏡に映った自分の姿が目に入った。

 私は私。天堂陽菜そのもの。だけど、毎朝鏡で見ているはずの顔なのに、どこか違う。ちょっと違う。なんていうか……大人っぽい?


 改めて部屋の中を探ってみると、鞄の中から学生証を見つけた。


「天上院大学……」


 私たちが通っている天上院学園の系列校の名前。

 つまり夢の世界の私は今、大学生ということらしい。


「へぇー。このパターンは初めてかもっ」


 夢の中だし基本的には何でもありだけど、大学生というパターンは覚えがない。

 はじめての経験。はじめての体験だ。


「じゃあ、ゆーくんも大学生なのかな? ちょっと見てみたい気も……」


 その時。鍵を開けられ、部屋の扉を通じて誰かが入ってきた。


「ただいまー。陽菜、起きてるかー」


(この声って……!)


 聞き覚えのある声にドキドキしていると、その人は私の目の前に現れた。


「……ん。起きてたか。だったら返事ぐらいしてくれよ」


 部屋に入ってきたのは、ゆーくんだった。でも私の知ってる、ゆーくんじゃない。

 今よりも身長は伸びてるし、身体だって今より逞しくなってて……えー。すごいっ。大学生になったら、ゆーくんってこんなにもカッコよくなるんだ! 今でもかっこいいけど、なんていうか、大人びてるっていうか……。


「はえー……」


 大学生の、ゆーくんに見惚れていると、当の本人が呆れたように肩を竦める。なんかその仕草一つですら見てるだけでちょっとドキドキしちゃうんだけど!


「はいはい。分かった分かった、いつものな」


「えっ……いつもの……って、なに?」


「とぼけるなよ」


 大学生ゆーくんは、そのまま両腕で私の身体を抱きしめた。


「ひゃんっ!? な、なななななななにしてるの!?」


「何って……これをしてほしかったんだろ? 一日三回のハグ」


「一日三回のハグ!?」


 なにそれ初耳なんですけど!?


「お前が言い出したんだろ。一日三回ハグしてほしいって。だから毎日してるんじゃないか。これしないと、お前拗ねるしさ」


「そうなの!?」


 聞いたことも無いよそんなルール!

 ていうか、ハグなんて一日どころか三百六十五日あってもあるかないかだよ!


「……お前、緊張してるのか?」


「そりゃするよ! だって、だってこんなっ……!」


 ゆーくんが。ゆーくんが私のことを抱きしめてくれてる。全身でゆーくんを感じてる。

 逞しくなった腕に包まれていると……心臓がドキドキって、激しくなる。


「珍しいな。動きも固いし……いつもみたいにワガママも言ってこないし」


「わ、ワガママ?」


「キスとか」


「きっ……!?」


 なに!? なにしてんの未来の私!? 羨ましすぎるんですけど!?


「ひゃっ……!?」


 いつの間にか、ゆーくんは私の背中に回り込んでいた。

 後ろから腕を回して抱きしめてくるこの態勢。なんか、ゆーくんが随分と手慣れてるっていうか……本当に普段からこんなことしてるのかな?


「あ、そろそろ午後の講義だな。行くか」


 大学生ゆーくんはハグを解いたので、そのまま私もなんとなく立ち上がる。

 ……そうだよね。大学生だもんね。授業もあるよね。助かったー……ずっとあのままだったら心臓が破裂しちゃうよ。心臓に悪い夢だなぁ……。


 とりあえず近くに落ちていた服に袖を通しておく。

 ……なんでベッドの周りに服が散らばってたんだろ。うーん……あんまり深く考えるのはよそう。


「やっぱりアパートだったんだ……」


 戸締りをして大学生ゆーくんと一緒に外に出ると、予想通り私たちがさっきまで中にいたのはアパートの一室だった。


「ねぇ、ゆーくん。私たちって一緒に住んでるの?」


「当たり前だろ。むしろ同棲したいって言いだしたのは陽菜の方だし」


「そ、そーなんだ」


「……まあ、ちょうど俺も同じこと考えてたからさ。だから、二人で始めたんだろ」


「へぇー……」


 知らなかった……!

 ……というか、もしかして。もしかしてだけど……!


「ゆ、ゆーくん」


「ん?」


「あの……私たちってさ、もしかして……お付き合い、しちゃってたりする……?」


「おかしなことを言うやつだな……」


 言いながら、大学生ゆーくんは頬を少し赤くして、そっぽを向いて。


「…………当たり前だろ。今更そんなこと改めて確認するな。バカ陽菜」


「あははー。ごめんね。おかしなこと言ったよねー。ゆーくんと私がお付き合いだなんて…………」


 …………えっ???


「えぇええええええええええ!?」


 お付き合いしてるの!? 私と!? ゆーくんが!?

 今回の夢、大盤振る舞い過ぎない!? どうした私!?


「うわっ。な、なんだよ急に大声で叫んで」


「ご、ごめんっ! えっと……なんでもないの! なんでも!」


 あー、今分かった。これ夢だ。予知夢とかじゃなくて、ただの夢だ。

 だってこんなにも私に都合の良い夢が予知夢なわけないもん!


「何でもないならいいけど……ほら。手」


 促されるまま、私は大学生ゆーくんと手を繋ぐ。

 指と指と絡めて。いわゆる、恋人繋ぎで。


「……いつも、大学に着くまでこんな風に手を繋ぐの? なんで?」


「お前が綺麗でカワイイのが悪いんだろ。こうでもしないと、すぐに他の男に声かけられるんだからさ」


「そ、そっかー。えへへ……」


 大学生ゆーくんに甘えながら、二人で大学までの道のりを歩いていく。

 どうせ夢なんだったら、覚めるまでもうちょっと楽しんじゃお。


「陽菜。今日は何作ってくれるんだ?」


「作る? ……あ、ごはん?」


「前作ってくれたロールキャベツ。あれ美味しかったなー。また食いたい」


「ロールキャベツ……そ、そう? じゃあ、作ってあげようかな」


「あと卵焼きも食べたいな。明日のお昼に入れといてくれ」


 わぁー。わぁー。わぁー! すごいすごいっ。

 ゆーくんがこんなにも私に甘えてくるなんて……。


「あとで買い物行くか。ちょうどキッチンペーパーと牛乳も切らしてたろ」


「そ、そーだねっ」


 なんか、いいなぁ……生活感があるっていうかさ。

 普段、ゆーくんとは違う家で暮らしてるもんね。こういう会話、あんまりすることないし。


「あの部屋さ。ちょっと狭いかもだけど……かえってよかったかもな」


「どうして?」


「陽菜を近くで感じられるから。お前にもう、寂しい想いをさせないで済むからさ」


 ……そっか。あの部屋で、ゆーくんと一緒に暮らしてるってことは……私はもう、空っぽの部屋で一人じゃないんだ。


 ゆーくんはそれをずっと心配してくれてて……。


「……大丈夫だよ」


 繋がれた手を、ぎゅっと握りしめる。


「私はもう、大丈夫」


 パパとママが来れなくなった日も、貴方は来てくれた。

 私が寂しい時は……ゆーくんが居てくれたから。


「……そっか」


 大学生のゆーくんは微笑んで。

 そして――――、


     ☆


「んぅ…………」


 ピピピピ、と。アラームの電子音が鼓膜を揺さぶる。

 目を開けてみると、そこは見慣れた部屋が広がっていた。

 ……私の部屋だ。パパとママのいない、空っぽの部屋。


「夢…………」


 現実に戻ってきたことを自覚して、盛大なため息が零れる。


「もうちょっと見ていたかったなぁ……」


 零れてきたのはため息だけじゃない。心の底からの本音だ。

 さっきまで繋がれていたはずの私の手には、もう誰ともつながっていない。


「…………温かい」


 手のひらに仄かに感じる温もり。

 それは、大学生ゆーくんと手を繋いでいた時のものにも似ていて。


「…………」


 見た夢が果たして未来のものかどうかは、今の段階では分からない。その時が訪れない限りは。


 だけど未来なんて曖昧で不規則なものだ。きっかけ一つで変わってしまう、儚いものだ。


 かりにあれが予知夢だったとしても、夢で見た未来に確実に繋がっているとも限らない。


 結局のところ、私は現在いまを頑張って生きてかなきゃいけないわけで。


「…………よしっ」


     ☆






「……あれ? 陽菜、今日は弁当にロールキャベツ入れてんのか。珍しいな」


「うん。ちょっと今の内から、練習しておこうかと思ってさ。……食べる?」


「じゃあ、もらう」


「はい、どーぞ。…………味はどう?」


「……ん。美味い。また今度作ってくれ」







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