第23話 天堂陽菜②

「あ、ゆーくんだ」


 その日、私がゆーくんを見つけたのは、ある日の放課後。

 日直で帰りが遅くなった私が、職員室に教室の鍵を返しに行った後のことだった。


「ゆーく……」


 廊下を歩くゆーくんの背中を追いかけて、声をかけようとしたその時。


「えっ……」


 知らない女の子が、ゆーくんの傍に駆け寄ってくるのが見えた。

 その女の子はゆーくんと合流すると、二人で何やら楽しそうに談笑を始めて……腕を組んで、歩き出した。まるで――――恋人みたいに。


(だ、誰……!? 誰なのあの子!?)


 がつーん、って。

 ハンマーで頭を殴られたような衝撃って、こーいうのを言うんだなって思った。

 なんかくらくらするし。目がチカチカするし。


(ていうか私、なんで隠れちゃったの!?)


 気が付けば私は二人から見えないように物陰に隠れてしまっていた。

 まるで不倫現場を見つけてしまった奥さんみたいな……って、結婚どころか付き合ってすらいないんだけどね。悲しいことに。


 でも……あの子は、ゆーくんと腕を組んで歩いている。

 傍から見れば恋人同士だ。

 一瞬、頭が真っ白になったけれど、よくよく考えてみれば彼女が出来たら、ゆーくんなら私やかざみんに嬉々として報告するだろうし……。

 でも、じゃあ、あの子との関係って……。


(うぅ~……! 二人で何を話してるんだろ~……!)


 気になる。気になって仕方がない。

 だって、好きな男の子が知らない女の子と仲良くしてるんだもん。


「そういえば、ほしのんから貰った端末があったっけ……」


 遠くの会話を聞ける魔道具で、なんでも王子様レーダーを作った時の副産物らしい。

 ほしのん、たまに作った発明品を私にくれる時があるんだよね。

 まさかこんなところで役に立つとは思わなかったけど……。


『ほらほら先輩。もっと遠慮せずくっついていいんですよ?』


 どうやら相手は後輩の女の子らしい。じゃあ、一年生かな……遠くからだから、あんまよく見えないけど……それでも、カワイイし。万が一ということも……。


『なんていったって、これは演技の練習ですからね。もっとリアリティを出してもらわないと』


『無茶言わないでくれ。演劇部期待の新人様についていけるほど、俺は演技が上手くねぇからな』


『大丈夫ですって。先輩なら、こうやって私と練習すればすぐに上手になりますよ』


 演技……? 演劇部?

 そ、そっか。演劇部の練習だったんだ。なーんだビックリしちゃったよ。

 だったら、放課後で二人きりになった状態で腕を組んで歩いててもおかしくないよね~。


 …………いや、おかしいでしょ!!!


 いくら演劇の練習でもこんな人けのない廊下でやらないよ!!

 だったらせめて演劇部の部室とか、舞台とかでやるよ!!


『そういえば、これってなんで腕を組んでるんだ?』


『練習ですよ、練習』


『何の劇かきいてないんだけど……』


『じゃあ……恋人役とかでどうですか?』


 どうですかってどういうこと!?

 言っちゃってるじゃん! もう自白してるようなものだよこれ!


『なるほど。恋人役の練習か……』


 ゆーくん気づいて!!

 何かおかしいことに気づいて! お願いだから!!


(うぅ~……! そもそもなんで、演劇部の期待の新人とゆーくんがお知り合いなの?)


 頭を抱える私をよそに、端末からは変わらず二人の会話が聞こえてくる。


『中等部での最後の公演……成功できたのは先輩のおかげです』


『俺は何もしてねーよ』


『ふふっ。部員と衝突してしまった私のために、色々と手を貸してくれたじゃないですか』


 そんなことしてたの!?


 初耳なんだけど!!

 ……でも、あの一年生の子が中等部っていうと、去年のことかなぁ……うーん。確かに、ゆーくんと一緒に劇を観に行った覚えはあるような……。


『アレは、お前が陰で努力してたからこそだろ。俺の力じゃない』


『じゃあ、そーゆーことにしといてあげます』


『そーゆーことにしとけ。……で、今度は何の役をやるんだ?』


『ざっくり言えば、恋する女の子です』


『へぇー。お前に出来るのか』


『舐めないでください。これでも、期待の新人ですからね。それに……』


 演劇部の女の子は、ゆーくんに微笑みかけて、


『予習はもう、バッチリです』


 予習こいしちゃってる――――!!!


『……よくわからんが、まあ頑張れ』


 だよね! ゆーくんなら気づかないって信じてた!!


『はあ。先輩って相変わらずですねぇ……』


 それからまた一言二言会話を交わして、演劇部の女の子はゆーくんと別れて部活に戻っていった。

 ゆーくんはそれを見送って、グラウンドの傍まで歩いていく。


「緊張したぁ……」


 もしあれが、ゆーくんじゃなかったら終わってたかもしれない。

 だってあれ完全に恋する女の子の顔だったもん。私が男の子だったら「あれ? この子って俺のことが好きなんじゃ……?」って気づきを得てたレベルだよ。流石は演劇部期待の新人……でも相手が悪かったね。


 さてさて。尾行は終わり。今度こそ、ゆーくんに声をかけて……。


『どうした?』


 何かにぶつかった音。それから、地面に物が落ちた音。

 見てみると、ゆーくんの傍には女の子が尻もちをついていて、地面にはたくさんのボールが転がっていた。


『あ、すみません……! ボールを踏んで、転んでしまって……』


『そりゃ一人でこんだけの量を運んでたらなぁ……拾うの手伝うよ』


『ありがとうございます……痛っ』


『どうした?』


『あ、足が……』


『あー、くじいちゃったか……』


 見たところ、相手は野球部のマネージャーらしい。

 落としたボールを踏んで転んでしまったところを、ゆーくんは目撃して手を差し伸べてあげたらしい。


 ……あの子、可愛いなぁ。確か野球部のマネージャーの子っていったら、男の子たちから人気があるって、かざみんが言ってたっけ。


 何となく声をかけるタイミングを逃してしまった私は、物陰に隠れながら二人の様子を眺めることに。

 すると、バットがボールをかっ飛ばした軽快な金属音が聞こえてきて。


『――――危ないっ!』


 あらぬ方向に弾け飛んだボールが、マネージャーの子に迫る。


『きゃっ……!』


 あわやボールがマネージャーの子に激突しようとしたその時。


『よっと』


 ゆーくんの手が、飛んできたボールをキャッチしてマネージャーの子を守っていた。


『あ…………』


『大丈夫か?』


『は、はい……それより、貴方の手が……』


『これぐらい何でもないよ。それより、そっちの足の方が問題だろ』


『ひゃっ……!』


 言うや否や、ゆーくんはマネージャーの子を抱きかかえた。

 いわゆる『お姫様抱っこ』で…………なにあれズルい!! いや、怪我人に対して言うような言葉じゃないかもだけど!!


『あ、あのっ……これは……?』


『保健室に連れてくよ。この足じゃ歩けないだろ?』


『……重く、ないですか……?』


『全く。むしろ軽すぎて心配だな』


 そう言って、ゆーくんはマネージャーの子を抱きかかえて保健室まで連れていく。


『掴まってろよ』


『…………はい』


 ゆーくんの言葉に、マネージャーの子は、こくん、と頷いて。

 遠慮なくゆーくんに身を委ねて、されるがままに運ばれていく。


 …………。


 …………えっ? 何が起きたの?


 あまりにもスムーズにフラグが建って頭が追い付かないんだけど!?


 ゆーくんは、マネージャーの子を保健室まで連れて行くと、そのまま校門へと向かった。

 ……今度こそ本当に声をかけようかと思ったけど、なんか今にも物陰から女の子が出てきそうで、ちょっとかけづらい。


『痛ってぇ……今年の野球部は良いとこまで行けそうだな』


 見たところ、ボールをキャッチした手はやっぱり痛みはあるらしい。

 あの子の前では欠片も出さなかったけれど、やせ我慢してたみたいだ。


 ……そーいうとこだよ、ゆーくん。


 なんだかおかしくなって、笑みがこぼれてしまう。

 ああいう見栄っ張りなところ、変わらないなぁ……。


 ……その時、ランニングをしているサッカー部が戻ってきた。

 傍に居た女子生徒たちからの黄色い歓声に包まれながら凱旋を果たすサッカー部を見て、ゆーくんは一人呟く。


『はぁ……俺もモテてぇな……』


「どの口が言ってるの!?」


 ゆーくんが零したその一言だけはどうしても見過ごせず、私は気が付けば物陰から飛び出してツッコミを入れていた。


「うおっ、ビックリした……なんだよ陽菜、急に大声出して」


「そりゃ大声も出るよ! ていうか、ゆーくん! 普段からあんなことしてたの!?」


「あんなことってなんだよ!?」


「あんなことはあんなことだよ!」


 フラフラ歩いてると思ったら、ぽこじゃかフラグを建てておいて無自覚なんて、あまりにも質が悪い。

 ……いや、その質の悪い男に引っかかってるのが私なんだけど!


「とにかく! ゆーくん、放課後はもう一人でフラフラしないでね!」


「あのなぁ……フラフラも何も、お前を待ってたんだろうが」


「えっ……?」


 ゆーくんは、私を見て呆れたようにため息をついた。


「お前が日直だから、終わるまで散歩して時間潰してたんだろ」


「それって……私と一緒に帰りたいから?」


「他に何があるってんだよ。……ほら、さっさと帰るぞ」


 当たり前のように言ってくれた、ゆーくんに。

 私の胸はちょっぴりドキドキしていて。


(我ながらチョロいなぁ……)


 自分の単純さに呆れかえりながら……私は、ゆーくんの背中を追いかけた。


「待ってよ、ゆーくん!」



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