第22話 風見氷空と星野灯里

「風見くん。お疲れさん、明日もよろしくね」


「うーす。お疲れーっす」


 コンビニでの早朝バイトを終え、制服に着替えたオレはあんぱんを頬張りつつ朝日が照らす通学路を一人歩いていく。


 高校生になったことを機にバイトを始めたのが一年前。そろそろオレにも労働者が板についてきた気がするが、早朝は今になってもちょっとキツイ。これは授業中に睡眠をとるしかあるまい。特に、バイトを優先して学業を後回しにするなんて実に高校生らしいじゃないか。


「……おっ」


 気づけばオレは、天高く聳え立つタワーマンションの傍に来ていた。

 確かここは陽菜ちゃんの家じゃなかったかな。相変わらず良いところに住んでんなー。人のことは言えんかもしれんが。


「……風見くん?」


 なんて、目の前のお城を眺めていたら、聞き覚えのある女の子の声が。

 振り向くまでも無いけれど振り向こう。一応の礼儀として。


「星野さん。こんなところで会うなんて奇遇だねぇ。何してたの?」


「……王子様探し」


 さいですか。今日も精が出ますことで。


「……風見くんは?」


「オレはバイトの帰り」


 まさかこんなところで会うことになろうとは。

 星野灯里。何気に同じクラスだと知った時は驚いた。そーいえばぜんぜん教室に出席しない子がいたとは思っていたが。特別生徒として授業への参加が免除されているとは恐れ入る。

 まあ、そんなことはどうでもいい。むしろその方がありがたい。

 オレにとっては『苦手』に位置する子ではあるし。

 なぜって? そりゃあそうだろう。朝から王子様探しに励むような恋愛至上主義者と、恋愛拒絶主義者のオレは相性が悪いことこの上ないのだから。


「ところで、見つかりそう? 運命の王子様」


「……ぜんぜん。今日もレーダーの調子がおかしい」


「レーダー? あれってなんか、デカい機材になってなかったっけ」


 見たところ星野さんは何も背負ってはいないし、例のヘンテコなアンテナも持ってはいない。だが星野さんは手元に持っている謎の端末を見せると、


「小型化に成功した」


「さいですか」


 技術の発展がお早いことで。

 まあ、いいや。ひとまずここは退散するとしよう。相性の悪い相手といつまでも一緒に居ることはあるまい。


「……ま、いいや。王子様探しもほどほどにね。オレは普通に登校するからさ。ここでさよなら――――」


 その時だった。

 タワーマンションの中から、見覚えのある二人が一緒に出てきたのは。


「あれは……雄太?」


「……陽菜もいる」


 あの二人が出てきたのは、陽菜ちゃんの家があるタワーマンションだ。

 雄太が迎えに来た? いや、それはない。毎朝、陽菜ちゃんに起こされてるような幸せ者だ。わざわざ朝から迎えに行くなんて芸当は出来ないだろう。


 つまり雄太は、昨日時点から陽菜ちゃんの住んでいるマンションにいたということになり、それが現すものは……。


「……お泊り?」


 ちょこん、と首を傾げる星野さん。どうやらオレと同じ結論にたどり着いたらしい。


「だろうねぇ。なーんでそんなことになったのかは分かんないけど」


 二人はオレたちに気づいていない。

 なるほど。ふーん? これはこれは……。


「…………」


 一人で頷いていると、星野さんが電柱の陰に隠れはじめた。

 その視線は雄太と陽菜ちゃん、二人の背中に注がれている。


「……風見くんは来ないの? 面白そうなのに」


「そんじゃ、ご一緒させてもらおうかな」


 どうやら星野さんも、二人を尾行するつもりだったらしい。

 中々に話が分かる子だ。


「……あんぱんと牛乳を買ってくればよかった」


「定番の組み合わせだね。実は持ってるんだけど、いる?」


「……いる」


 バイト先で購入したあんぱんを手渡してやると、星野さんはその小さな口で、もぎゅもぎゅと頬張り始める。……なんか小動物に餌をやってるみたいだな。


「……風見くんは優しいね」


「お褒めに預かり光栄だよ」


「……きっと良い王子様になれると思う」


「就職先に困ったら考えるよ。ところで牛乳はいかがかな?」


「……もらう」


 よし。これで余計なことを喋る口はしばらく封じた。


 ……そんな感じで、刑事ドラマよろしくな朝食をとりつつ登校する二人の姿を尾行していく。


「何話してるんだろうねぇ……ここからじゃ聞き取りづらいな」


 会話を聞き取れる程度の距離で尾行を行うのは、距離的に難しい。

 さぞ面白い会話をしているには違いないんだが。


「……任せて」


 星野さんが手元の端末を操作すると、




『ゆーくん、眠そうだね』


『ん……まあな』




 二人の会話が聞こえてきた。


「……これで二人の会話も聞こえる」


「へぇー。相変わらず凄い発明品だね」


「……王子様レーダーの副産物」


「そ、そっか」


 アレの副産物と考えると色々と複雑だが、今この状況において便利なものであることには違いない。とりあえず会話の方に耳を澄ませてみよう。




『……あのさ。ゆーくん。さっきのアレ……どうしてそう思ったのか、もうちょっと具体的に教えてくれない?』




 さっきのアレ。気になるワードだな。




『アレ? 何の話だ』


『だからさ。その……私のこと、「良いお嫁さんになれる」って言ったでしょ? 私のどこを見て、そう思ったのかなぁって……』




「……月代くん、本当に素でああいうことを言うんだ」


「そういうやつなんだよ」


 星野さんは前から、雄太のことは陽菜ちゃんの口から聞いていたのだろう。

 それでも現物を目の前にして少しばかり驚いてるようだ。「あ、あれって現実に起きたことだったんだ。ファンタジーじゃなかったんだ」みたいな感じ。


「まあでも聞いてなよ。本当に凄いのはここからだから」


「…………」




『そうだな……食べる人への愛情を感じる料理とか、掃除する時に楽しそうに鼻歌をうたうところとか、明るくて一緒にいて楽しいところとか、見てるだけで温かくなれる笑顔とか……』


『も、もういいっ! もういいよ! すとっぷ!』


『……もういいのか? 別にまだまだ言えるけど』


『それ以上言ったら私の心臓がもたないよ!』


『大げさな奴だな……そもそもお前が教えろって言ったから……』


『だ、だって予想以上のが来たから……! ドキドキがっ……!』




「…………なに今の」


「気持ちは分かる」


 無表情な星野さんではあるが、若干胸やけているようにも見えた。

 とりあえず続きを聞いてみよう。




『あ、ゆーくん。ネクタイ曲がってるよ』


『そうか? 大丈夫だろ』


『ダメだよ。ちゃんとしなくちゃ』


『いいよ別に。面倒だし』


『また久木原先生に怒られちゃうよ』


『……それは嫌だな』


『でしょ? ほら、こっち向いて。直したげる』


『届くか?』


『さすがに届くよっ!』


『えらいえらい』


『もうっ。子ども扱いしてっ。頭を撫でないでよぉ~』




 そう言って、陽菜ちゃんはいそいそと雄太のネクタイを直し始めた。




「……二人は新婚なの?」


「違うんだなぁ、これが」


「……じゃあ、わたしたちが見ているものはなに?」


「幼馴染同士の何気ない会話」


「……………………?????」


 天才の頭の上にこれだけの疑問符を浮かべられれば上出来だろうよ。




『はい、できましたっ!』


『ありがとな』


『どういたしまして。デザート一つでいいよ』


『ちゃっかりしやがって……時間もあるし、そこのコンビニで買ってくか』


『ちょうど気になってた新作のデザートがあったんだよねー』


『あー、それ知ってる。色んな味があるやつだろ』


『そうそう。色々あって迷うよねー。チョコとイチゴが気になってるんだけどさ』


『じゃあ両方買うか。片方は俺が貰えばいいし』


『食べ比べしたいから、ちょっと分けてもらっていい?』


『最初からそのつもりだよ』


『やったー! ゆーくん大好きっ!』


『現金なやつめ……』




 そう言って、二人はコンビニの中へと入っていく。


「……あれも幼馴染同士の何気ない会話なの?」


「あれも幼馴染同士の何気ない会話だね」


「……『幼馴染 夫婦 違い』検索」


 残念ながら人類の英知の結晶たるインターネットでも、あいつらのことを検索することは出来ないだろう。

 それからしばらくして、二人はコンビニから出てきた。




『デザートありがとっ。今日のお昼が楽しみだよ』


『そうだな。俺としては弁当の中身も気になるけど』


『ゆーくんの好きな甘い卵焼きは入ってるから』


『他にも何が入ってるか気になってるんだよ』


『教えてあげよっか?』


『いや。いい。楽しみとしてとっとく』


『ふふっ。期待しててね。今日の晩御飯も私が作ることになってるから』


『そうなのか? そりゃまたどうして』


『ゆーくんママ、用事があるらしくてさ。で、ゆーくんは何か食べたいものある?』


『なんでもいい』


『なんでもいいが困るんだけどなー。献立を考える身にもなってよ』


『お前が作るならなんでも美味いだろ。だから、なんでもいい』


『嬉しいけど、私が困ってることに変わりないよね。うーん……じゃあ、放課後までに考えとこうかな。ゆーくん、今日もお買い物付き合ってくれる?』


『いいよ。働かざる者食うべからずってな』


『やったー。荷物持ち要員確保っ! 約束ねっ!』


『指切りなんかしなくても約束は守るっての』


『私がしたいだけだよ。ゆーびきーりげんまん……』




 二人は指切りを交わし、また和やかに会話をしながら通学路を進んでいく。




「…………一つ確認させて」


「なんなりと」


「…………二人は付き合ってるの?」


「いや。付き合ってない」


「…………あれで???????」


 星野さんに疑問符がかつてないほどに増えているけど、その疑問はもっともだ。


 それからしばらくして、オレたちは学園までたどり着いた。

 結局、最後まで気づかれぬまま尾行を成し遂げたというわけだ。完全に胸焼けしてるけど。


「じゃあ、ここまでってことで。ありがとね、星野さん。おかげで楽しかった」


「……私も楽しかった。こういうふうに友達と一緒に遊ぶことって、あんまりなかったから」


「尾行ごっこのご感想は」


「……二度とやらない」


 全くの同意見だ。興味本位で二人の会話を聞いてみたが、二人だけの時だと想像以上に糖度が増している。


「……でも」


 最後の別れ際。星野さんは、オレに向けて言葉を紡ぐ。


「……風見くんと一緒に遊ぶのは、面白かった。また誘っていい?」


「……ご自由に」


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