第21話 幼馴染と過ごす朝②
「ん…………」
意識がぼんやりと覚醒する。
起き上がった時に見慣れない部屋にいたことに首を傾げて、ここが天堂家であることを思い出した。
既にベッドはもぬけの殻。陽菜の姿はなく、リビングの方から物音が聞こえてくる。
時間的にはまだまだ余裕がある。いつもならここで布団に潜りこむところだったが、今日は珍しく起きる気になっていた。
「あ、ゆーくん。おはよー。珍しいね、早起きじゃん」
「おはよ……」
「顔洗ってきなよ。もうちょっとで朝ごはん出来るから。……あ、鞄とか制服とか、もう取ってきたの置いてるからね」
ひとまず洗面所で顔を洗い着替えを済ませてリビングに戻ると、テーブルにはお味噌汁、焼き魚に卵焼き、和え物といったメニューが並べられている。
お味噌汁には白い湯気が立っており、出来たてであることが伺えた。
「ゆーくん、ご飯これぐらいだよね?」
エプロン姿の陽菜がよそってくれた量は、お椀から少し山が出来るぐらい。欲しい量ピッタリだ。
「んー。そんぐらい。ありがとな」
「どういたしまして」
それから俺は席に着き、陽菜もエプロンを手早く畳むと向かいの席に座った。
開け放たれたカーテンからは晴れ晴れとした日差しが差し込んでおり、部屋の中を温かい光で濡らしている。
「お箸あるよね?」
「あるある」
「お茶も揃ってるし……うん。大丈夫だねっ」
食卓に全て揃っていることを確認しつつ、二人で手を合わせる。
「いただきまーす」
「いただきます」
陽菜の家で迎える朝食の時間が始まった。
「ゆーくん」
「ほいお茶」
「ありがとー」
「卵焼き甘っ」
「ゆーくん、甘いの好きでしょ?」
「ん。そーだな。美味い」
「自信作です」
「また作ってくれ」
「そう言うと思って、お弁当にも入れておいたよ」
「おー、助かるわ」
何気ない会話。いつもの会話。
昨日の夜のことなんて微塵も出てこない。まるで最初から、何事もなかったかのように。
(もう大丈夫なのかな……いや、
本家にいた頃からの癖のようなものだろうか。
昨日のように辛さを吐露してくることなんて珍しいことだ。
何にもないならそれでいいけど、まだ辛いというのなら……俺は、傍に居てやりたいと思う。
(せめて何かリアクションしろよな……)
腕の中にいた女の子の温もりが、未だ忘れられない。
不思議と胸がドキドキしてくるような気さえして、夜はあまり寝付けなかった。
目は閉じていたけど、閉じているだけだった。
素知らぬ顔をしている陽菜を見てたら……それを気にしている自分も、どこか馬鹿らしくなってきて。
(……こんなこと、気にしてるのは俺だけか)
☆
目の前で、ゆーくんが朝ごはんを食べてる。
いつも通りに。全く、何にも変わらないみたいに。
「あ、ゆーくんおかわり? よそってあげるから貸してー」
「ご飯ぐらい自分でよそえるよ」
「えー。せっかくカワイイ幼馴染がよそってあげようとしてるのにー」
「
何となく手持無沙汰になって、自分で作った朝食を黙々と口に運んでいく。
「…………」
もぐもぐもぐもぐもぐ……。
(昨日は……ゆーくんと一緒に、寝ちゃったんだよね……)
覚えてる。
ゆーくんの温もり。男の子らしい体つきと、私を抱きしめてくれた腕。
今もまだドキドキしてる。思い返すだけで頬っぺたが熱くなるもん。
……その上で、改めて昨日の自分の発言を思い返す。
――――今日はさ……
――――……ゆーくん。お願いがあるの。
――――…………朝まで、私を抱きしめて?
「……………………」
うわ――――!!!!!
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!!
恥ずかしいよ――――!!!!!
なんで!! なんで昨日の私はあんなこと言っちゃったの――――!!!
消したい! 昨日の記憶を全部消したい! それが無理なら過去に戻って自分の口を塞いでやりたいぐらいだよ!!
……ていうか、ゆーくんもゆーくんだよ! 女の子が弱ってるところに付け込むなんてさ!
しかも……しかも! ぜんっっっぜん気にしてるそぶりもないし!
「お。味噌汁美味いなー」
ゆーくんのバカ! こっちは昨日のことで頭がいっぱいなのに、なに一人だけ朝食を堪能してるのさ! 美味しいって言ってくれてありがとね!! 嬉しい!!
「いっそ毎日作ってほしいぐらいだ」
あー……うん。ちょっと待って。落ち着いて私。
別に深い意味はないんだよね。知ってる。だからぬか喜びはしないもん。
……うそです。めちゃくちゃ嬉しいです。
「……じゃあさ。毎日、作ってあげようか?」
「せっかく良いお嫁さんになれるんだ。そういうのは好きな相手にしてやれよ」
それが貴方なんですけど!!???
……なんて言えれば、苦労はしない。
そんな勇気があるならとっくの昔に告白してる。
結局さ。私も勇気がないんだよね。だから……未来だって視れないんだ。
本当なら、自分で封を解いて未来でもなんでも視ればいい。もし未来で私たちが結ばれているならさっさと告白してしまえばいいんだから。
……でも、そうじゃなかったら?
私とゆーくんが結ばれない未来が視えたとしたら。
それを考えると、とてもじゃないけど視る気になれない。だから私は勇気がない。
……まあ、何より。未来を視るなんてつまらないよね。分からないからこそ毎日が楽しいんだもん。……これは言い訳かなぁ。
「…………あれ?」
そういえば、後半の部分に気を取られてスルーしちゃったけど……。
「ゆーくん」
「何だよ」
「私のこと、良いお嫁さんになれるって思ってくれてるの?」
「思ってるけど」
「どうして?」
「どうしてもこうもあるか。俺がそう思ったからだ」
なんで肝心な部分は教えてくれないのさ!!
……でも、いいや別に。後で聞いちゃお。
「お、お嫁さんっていえばさ……なんか、二人でこうやって朝ごはん食べてると……ちょっと新婚さんみたいじゃない?」
「言われてみればそうだな」
言っちゃった言っちゃった言っちゃったー!
正直、ご飯作ってる段階からちょっと思ってたもん。
お弁当作ってる時とか特にさ。たとえば、ゆーくんと結婚したら……こんな感じかなぁって。えへへ……思い出すだけで頬が緩んじゃうよ。
「それでいうと、あの寝室で二人で同じベッドで寝るのも新婚っぽいよな」
「はうっ」
一人ではしゃいでたら、ゆーくんから凄いのが返ってきた!
うぅうう……! 改めて言われたら、また恥ずかしくなってきちゃった……!
「あ、あれは……私がちょっと変なテンションになってたっていうか……め、迷惑だった……?」
それは気にしていたことでもある。急に寝室に押しかけて、一緒に寝ようだなんて……ゆーくんはどう思ったのかなって。
「迷惑とは言ってない」
……つまり、どういう意味!?
「お前、結構温かくてさ。なんか抱きしめてて気持ちよかった」
うぅっ。そういうこと言われたら、なんか……なんだろう。ドキドキしてきちゃう。
「冬には重宝しそうだよな。いっそ、冬の間はずっと一緒に寝るか?」
だーかーらー! そういうことを言うのやめてー!
色々と期待しちゃうからー!
「ははっ。冗談だよ」
「……だろうね!」
ほらやっぱり! 分かってたもん! 分かってたから期待なんてしてなかったもん!
……うそ。ちょっとしてた。
☆
朝食も食べ終えて、片付けや身支度も済ませた俺たちは、登校の準備を始めた。
時間的にはまだ少し余裕はある。今日はちょっと早めに学園に着くかもしれない。俺にしては珍しい。これなら久木原先生のお怒りを買わずに済む。
「ゆーくん、ハンカチ持った?」
「持ってる」
「お弁当は?」
「持ってる」
「あ、今日は午後から雨降るらしいよ。折り畳み傘は?」
「俺は小学生か!」
……やっぱり、何度見ても陽菜は特に変化がない。寝室のことを振ってみても、表情に影が差した様子はなかった。どうやらもう……大丈夫そうだな。
「……………………」
――――お、お嫁さんっていえばさ……なんか、二人でこうやって朝ごはん食べてると……ちょっと新婚さんみたいじゃない?
新婚生活を送る陽菜か……きっと今日みたいにエプロンをつけて朝食を作ったり、一緒に朝ごはんを食べたりするんだよな。旦那さんと一緒に……って、なんで今、旦那さんで自分の顔を思い浮かべた。
「ゆーくん。いきなり自分の頬っぺたを叩き始めたけど、どうかしたの?」
「なんでもない」
「えー。明らかに何かあるような顔してるよー?」
「なんでもないったらなんでもない! 先行くぞ!」
「あ、待ってよー!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます