第14話 映画館①
「……どこだろ。王子様、近くにいるの……?」
王子様レーダーとやらを持ったまま周囲をきょろきょろと見渡す星野さん。
現れた氷空にはあまり興味がないらしい。その間に俺と陽菜は、氷空を連れ出して会議タイムへと繰り出した。
「で、何がどうなってんだ。王子様」
「そうだよ。事情を説明しなよ。王子様」
「まずはその王子様ってのやめてくれない?」
俺と陽菜の追及に対し、顔を引きつらせながら後ずさる氷空。
「言い逃れは出来ねーぞ。さっき思い切り反応したよな、お前」
「試しに言ってみたら見事にヒットしちゃったよねー。いやー、かざみんにしては珍しく迂闊っていうかさ。かなり動揺してるよね」
「……言えばいいんだろ、言えば」
話を聞いてみたところ、落下してきた星野さんと、氷空がたまたまぶつかって、その時に王子様認定されてしまったと。……うん。だいたい聞いてた通りだな。
「あー。そういえばかざみんとほしのんって同じ星座だった気がする。あのアプリの占い、ほしのんゾッコンだからさ。そこに運命的な出会いしちゃったんだからしょーがないよ」
「オレとしては『しょーがないよ』の一言で片づけられたくないんだけどなぁ……」
「氷空。お前の気持ちは分かる。分かるぞ。あの占い、ロクなもんじゃないよな」
この前は酷い目に遭った。もうしばらく占いはごめんだ。
「ただまあ、幸いというべきか。星野さんはお前がその王子様と気づいていないっぽいぞ」
「じゃあそのまま黙ってておいてくれ。王子様なんて柄じゃないんでね」
「分かってる分かってる。その方が面白いもんな」
「誰が面白さを追求しろと言った」
しかし氷空が王子様か。恋愛をしないというこいつが王子様になるとは……世の中、分からないもんだな。
「…………あ。壊れちゃった」
そうこうしているうちに、星野さんの持っているレーダーが歪な音を立てて停止した。回転のし過ぎでモーターが破損してしまったのだろうか。
「……もしかして、今の反応も不具合? 王子様、いるかと思ったのに……」
無表情ながらに、しゅんと落ち込む星野さん。
「おい氷空。アレを見ても心が痛まないのか」
「まったく痛まない」
なんて酷いやつなんだ。
「そんなことより映画観よーぜ、映画。席はもう取ってあるんだろ?」
話を軌道修正させられた感じがするが、ここで突っ込んでも仕方がない。
「ああ。言い出しっぺとして、一応は俺がな」
人気作だから座席も埋まって大変だった。理想を言えば四人並んで座ることが出来ればよかったんだろうけど……。
「悪いが、通路を挟んで二人ずつの組み合わせでしか席をとれなかったんだ。各自好きな席をとってくれー。ほい、チケット」
今日の俺の立場は幹事役。チケットの選択権は他のやつらに譲ろう。
こうした気配りもまたモテるために必要なテクニックなのだ。
……でも冷静に考えたら幹事役ってモテる印象ないな。むしろ損してる気がしなくもないというか。
「……じゃあ、わたしはここ。陽菜、一緒に座ろ」
星野さんは手際よく俺の手からチケットを取っていった。が、星野さんがとったチケットの内の一枚を、隣から氷空がひらりと奪い取った。
「ちょい待ち。星野さん、オレでよければ隣をご一緒していいかな?」
「……構わない」
「あんがと。そーゆーわけだから、陽菜ちゃんは雄太の隣な」
「えっ。い、いいの?」
「いいのいいの」
「……ありがと、かざみん」
氷空と陽菜の間で繰り広げられた謎のやり取りはともかくとして……意外だな。
あれだけ王子様を嫌がってた割に、割り込んでまで星野さんの隣に座ろうとしているとは……なるほど。氷空のやつ、本心では星野さんの王子様になりたがっているということか。言えば協力してやったのに……やれやれ。素直じゃない友人を持つと苦労するぜ。
「……おい雄太。言っておくが、今お前が考えていることは全くの見当違いだからな?」
「はいはい。分かってる分かってる。そういうことにしておいてやるよ」
「うわー。腹立つー」
「あ、それ分かる。ゆーくんにだけは『分かってる』みたいな顔されたくないよねー」
「えっ。なんで
そんなやり取りもありつつ、俺たちはさっそく映画館に入った。
大人気シリーズの完結編ともあって盛況らしく、館内は人混みになっている。
「まずは売店だよねー。ゆーくんも買うでしょ? メロンソーダと塩味のポップコーン」
「確定かよ」
「だっていつもそうじゃん」
「そりゃそーだけど」
陽菜と映画を観に行くのはこれが初めてじゃあないし、俺も今日は別に違った味を買いたいというわけではないからいいけどさ。
ちなみに星野さんと氷空は特にジュースなどは要らないらしく、売店に向かっているのは俺と陽菜の二人だけだ。
「おい、陽菜」
「えっ?」
人の波に押されそうになる中、俺は幼馴染の手を繋ぐ。
離れないようにしっかりと指を絡めて、今にも流されてしまいそうな小柄な身体をしっかりと傍に引き寄せた。
「ゆ、ゆーくん……?」
「こんだけ人がいるんだ。離れないように傍にいろ」
「そ、そーだね……うん。ありがと」
なんだ。急に大人しくなったな。……まあ、陽菜の場合は実家にシアタールームがあるしな。こうして映画館に訪れるまでもなく立派な音響設備で映画を鑑賞することが出来る。
わざわざ映画を観る為に人混みに巻き込まれるのに慣れていないのかもしれないな。
「気分が悪くなったら言えよ」
「う、うん。言う……ひゃっ」
人混みが大きく動いた。どうやら別の映画の上映時間が訪れたらしい。
小さな肩が周囲の人にぶつかり、陽菜の身体がよろめいた。そのまま倒れさせるわけがない。しっかりと腕の中に抱き寄せる。
「大丈夫か?」
「だ、だいじょうぶ……ありがと、ゆーくん」
「これぐらいで礼なんか要らねーよ」
……陽菜の身体、小さいな。元々、小柄な部類なのもあるけど。思っていたよりもずっと華奢で繊細だ。この辺は子供の頃と変わらねーな。……あとは、まあ。柔らかくて大きくなった胸ぐらいだろうか。この混雑で随分と密着している。柔らかい二つの感触に何も感じないわけじゃないが……というか、前に見たあの布をどうしても意識してしまうというか……。
「……ん? おい、陽菜。大丈夫か?」
「ふぇっ? な、なんで?」
「いや……なんかお前、心臓の鼓動が……」
どんどん早くなっている気がする。激しい動悸……それに顔も赤い。
「おい、体調が悪いなら無理するな」
「な、なななななんでもないよっ!」
「なんでもないわけあるか。顔だってこんなに赤くて熱いのに……」
「なんでもないったらないのっ! それよりほら、早く売店に並ぼうよっ!」
耳まで赤くした陽菜に連れられ、俺たちは人混みをかき分けるようにして列に並んだ。
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