第12話 待ち合わせ
ジャンケンの一件から計画されたお出かけの日。
陽菜から「映画館に行きたい」というオーダーが出たので、今日は氷空や陽菜の友人を誘って駅前近くの映画館を訪れることになった。
集合場所の広場に向かってみると、やけに人の視線が一ヶ所に集まっていることに気づく。何かイベントでもやっているのかと思って目を向けてみると、そこにはスマホを片手に佇む陽菜の姿があった。
フリルの付いた白いワンピースタイプの服装に身を包んでおり、全体的にガーリー系にまとめている。こういう外に出る時って、あいつ結構気合い入れるんだよなぁ……。見た目だけなら絵本から飛び出してきたお姫様みたいだし。
「あの子、可愛くね?」
「ちょっと声かけてみよっか」
周囲の男たちに小声でそんなことを相談されているとも知らず、陽菜は集合場所で突っ立っている。
……かと思ったら、スマホとにらめっこしながら髪を整えようとしている。
どうやらカメラ機能を鏡代わりにしているらしい。それからしばらく髪との格闘が続き、満足のいくものになったのだろう。一人で「よし」と頷くと、スマホをしまった。
「ったく……そういうところだぞ、お前」
思わず愚痴を零しながら、俺は早歩きで陽菜のもとへと向かった。
陽菜は俺が近づいていることに気づいたらしく、目線が合うや否や、ぱっと笑顔を花咲かせる。
……だから、そういうところなんだってば。
「あ、ゆーくん! こっちこっちー!」
「こんなとこで騒ぐな。そんなもん見れば分かる」
「えー。なんか機嫌悪くない?」
「そう見えるんだとしたら、お前のせいだろ」
「なんで!」
「ちょっとは自分の無防備さを自覚しろってことだよ」
「ゆーくんに『自覚しろ』って言われるの、結構な屈辱だよね」
「どういう意味だコラ」
幼馴染のよしみで忠告してやってるというのに、当の本人には全く自覚がないらしい。
「なんだ、男がいんのかよ」
「行こうぜ」
どうやら合流者が現れたことで周りの男たちは諦めたらしく、ぞろぞろと気配が散っていく。
「…………お前なぁ。将来、悪い男に引っかからないようにしろよ?」
「うーん。どちらかというともう引っかかってる気がしてるというか……」
陽菜はなぜか俺の顔をじっと見つめて、どこか諦めたようなため息を吐き出した。
よくわからんがなんか失礼な感じがしたぞ今。
「ていうかさ。どしたの、ゆーくん。なんか今日はお小言おばさんみたいだよ」
「誰がお小言おばさんだ」
とりあえずこいつが本当に何も分かっていないということだけは分かった。
「スマホを見ながら髪を直す前に、もっと周りをよく見ろって話だよ」
「見てたの!?」
「見てた見てた。満足そうに『よし』って言ってたところまで見てた」
「全部じゃんっ! あーもーっ! 恥ずかしいよぉ……! だったらもっと早くから声かけてくれればいいのにっ!」
「身嗜みを整えようとしてる時に声をかけるのもなんだと思ってな」
「整えてるところを見られるよりは良かったよ!」
「そんだけ気合入れてオシャレしてきたやつが、そこからちょっとでも綺麗にしようって微調整してたんだぞ。声をかけるより完成を待った方が、良いもん見られると思っただけだ」
「き、気合入れてって…………わ、分かる……?」
「伊達に幼馴染をやってねーよ。一目見りゃ、今日のお前がいつもより頑張ってオシャレしてきたことぐらい分かる。綺麗だぞ」
「あう…………」
率直な感想を口にすると、陽菜が黙り込むようにして俯いた。顔を見ることは出来ないが、耳が微かに赤く染まっている。照れているのだろうか。
「お前、そんなに今日が楽しみだったんだな」
「そ、そーだよ……私、楽しみにしてたよ……? だから……えっと……」
「実はな。俺も楽しみにしてたんだ」
「はぇっ……ゆーくんも?」
「ああ。たぶん、今のお前と同じ気持ちだ」
「わ、私と同じ? そ、それって……」
陽菜も今朝、チャットで言ってたっけ。
楽しみでドキドキして眠れなかったって。正直言うと、まったくの同意見だ。
「楽しみだよな――――今日の映画!」
滾る思いに乗せて拳を握る。
実は今日、陽菜が見たいといった映画は前々から追っていたシリーズ物の完結編である。
長年追い続けてきたファンとしては是非とも見たいと思っていた。
陽菜と一緒に見てきたシリーズなので、きっと思いは同じなのだろう。いや、もしかすると俺以上かもしれない。なにしろ映画のために、これだけ気合入れてオシャレしてきたのだから。
「…………うん。そーだね。楽しみだね」
……が、なぜか陽菜の目は死んでいた。
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