EX2 これはラブコメです

 朝の支度を全て終え、晴れて登校することになった。

 陽菜と一緒に家を出る……のは恋人になっても変わらないな。元々、朝から通っていたやつだ。こうして一緒に家を出るのも何度繰り返したことか分からない。


(そういえば……今日は母さんがいないから鍵を閉めないとな)


 ポケットに手を伸ばそう、と俺が思考し、手を動かそうとした前に。


「ゆーくん、家の鍵は出さなくて大丈夫だよ。私が閉めちゃうから」


 と、手慣れた様子で扉の鍵を閉めた。


「よーし、じゃあ出発だー!」


 朝から元気なやつだな、なんて思っていたら、陽菜は「んっ!」と手を差し出してきた。


「手、つなご?」


 どうやらこれが待ち遠しかったらしい。俺は思わず苦笑し、陽菜の手に応じる。

 温かくて小さくて、柔らかい手。前にも登校途中で手を握ったりしたことがあったけど……今は違う。互いの指を絡めあうようにした、恋人繋ぎだ。


「えへへ。ゆーくんの手、おっきいね」


「それ、前にも聞いた気がする」


「うん。前にも言った。覚えてたんだ」


「そりゃな。教科書の内容を頭に詰め込むのには苦労するんだが、不思議とお前と過ごした時のことは暗記しなくても記憶に残るんだよ」


「そ、そーなんだ。なんか……嬉しいな」


 嬉しそうにはにかむ陽菜。嬉しさを表現するためか、ぎゅっと俺の手を小さく握りしめてくる。


(……可愛いなちくしょう)


 そんな愛らしい彼女と一緒に、朝の通学路をてくてくと歩いていく。今日はいつもより少しばかり早い時間帯に家を出ている。そのせいか、通学路の人けはまばらだ。たまにジョギングをしている人とすれ違うぐらいだ。


「つーか……よく分かったな。俺が家の鍵を閉めようとしてるって」


「んー。なんか今の一瞬、視えちゃったんだよね」


 視えた、というのはアレか。


「ああ、未来が視えるとかいうやつか」


 俺が陽菜に告白した時、陽菜もまた自分の抱える秘密を明かしてくれた。

 内心では驚いたものの陽菜の目を見ればそれが嘘じゃないことぐらい分かったし、これまでも心当たりがないわけじゃなかった。『勘が良い』ぐらいに思っていたけど、まさか未来予知だったとはなぁ……。


「あれ? 今はその力も抑えてるとか言ってなかったっけ」


「うん。そうなんだけど……それでも、たまに力が漏れ出ちゃうことがあるんだよねー」


「へぇー。それはまた便利なのか不便なのか分からんな」


「あははっ。ゆーくんとジャンケンする時は便利だよ」


「お前なぁ……」


 前からおかしいと思ってたんだよ。いくらなんでもこいつジャンケンが強すぎるって。


「でも待てよ? たまに力が漏れ出るって言ってるけどさ……お前、俺とのジャンケンの時は決まって予知を使ってなかったか?」


「どういうわけか、ゆーくんとジャンケンする時は毎回視えちゃうんだよねー。……というか、今思うと……ゆーくんと一緒に居たり、ゆーくんのことを考えるときとか、結構視えてるかも」


「えっ、なにそれ。もしかして俺からも異能の力的なものが出てたりして……」


「それはないない。絶対にない。ゆーくんからはなぁーんにも感じないもん」


「それはそれでショックだ……」


 俺とて健全な男子高校生。異能力の一つや二つ、憧れたことがあるというもの。

 しかも実在したとなれば猶更だ。まあ、自分の力で悩んでた陽菜の前でこういうことを言うのも悪いな……無神経だった。反省しなきゃだ。


「あ、別に気にしなくていいからね。ゆーくんとこういう話が出来て、むしろちょっと嬉しかったりするし」


「……それも未来予知か?」


「幼馴染、兼、恋人としての勘」


「……そりゃ鋭い」


 ちょっと得意げになってる顔もカワイイ……とか、思っちゃうのは幼馴染としての感覚なのか、それとも恋人としての感覚なのか。


「でもやけにハッキリと言い切るんだな。俺に異能力がないって」


「特別な力を持ってるとね、なんとなく分かるもんなんだよ。こういう感覚は個人差があって、私は特別敏感な方だけど」


「へぇー。じゃあ、俺らの学園にもいたりしてなー。異能力者」


「いるいる。ちょくちょくいる」


「マジかよ⁉」


「天上院学園って、そういう力を持った子が秘かに集まってるんだよ。久木原先生なんか政府から派遣されてる人だし。あ、そういえば去年の夏に校庭に大きなクレーターが空いてた事件があったでしょ。アレも異能力者同士の熾烈な争いがあって……」


「今から登校しようっていう人間に聞かせていい話じゃねぇ……!」


 というか鬼軍曹先生、どうりで人外じみた動きをしてると思ったよ。


「ふふふ。能力者たちは日常の中に潜んでいるのです」


「おぉ……意外といるんだな、能力者。陽菜もそういうやつらと関わりがあったりするのか?」


「そうだねー。天堂家ってやっぱり界隈じゃ有名だし。それを抜きにしても、やっぱり異能力者同士、悩みとかあるし……集まりとかも気が向けば参加してるって感じかな」


「能力者同士の集まり……なんかかっけぇな……! こう、人目を忍んで廃墟みたいなところで会合したりするんだろ? あ、それかテレパシー的なやつとか! 立体映像風の幻影とか出したり!」


「いや、最近はディスコ―ドだね」


「ディスコ―ド……」


 便利だけどさ。こう……あるだろ。風情みたいなもんが。

 いや、諦めるな俺。もうちょっと探ってみよう。


「能力者同士のコミュニティってなると、二つ名とかあったりしそうだよな。ルビとかふってるような」


「あるある。そーいうのあるよ」


「マジかー! たとえばどんなのがあるんだ⁉」


「私の朝ごはん食べてる時よりテンション上がってるね、ゆーくん」


「だって男の子だもん……」


 許してほしい。そんな現代ファンタジーが現実にあるとしたら、男の子としては放ってはおけないだろう。


「政府が定める『能力名コード』があるんだけど、これはみだりに口にしちゃいけないから言えないんだよね。規約とかあって、会話にも気をつかうから普段はあんまり使わない。だから私たちはお互いに『あだ名』をつけて普段はそっちで呼び合ってる感じかな。たとえば……温度を操る能力者がいるんだけど」


「温度を操る能力者! 絶対かっこいいやつじゃんそれ! どんな二つ名なんだ⁉」


「私たちの間では『エアコン』って呼ばれてるね」


「思ってたのと違う……」


「夏とか冬とか、すごい便利なんだよ?」


「いや便利なのは分かるけど……」


 俺の中に在る男の子心が心底ガッカリしてる。


「かっこいい二つ名かぁ……あっ! 『死灰者エンペラー』ってのがあるよ!」


「それそれ! そういうの! 『死灰者エンペラー』って、どんなやつなんだ⁉」


「どんなっていうか……隣のクラスの田中くんだけど」


「………………誰?」


「田中くんだよ。ほら、数学が得意な」


「だから誰だよ……」


 エンペラー田中かぁ…………いや、別に田中という苗字にとやかく言うつもりはないけど……エンペラー田中かぁ……。


「……その田中って、男子だよな? その、能力者同士の集まりには男子もいるのか?」


「うん。そーだよ」


「……そっか」


 もやっとする。つまるところ、俺の知らないところで陽菜は他の男子と仲良くやっているというわけで……彼氏としてだろうか。なんか、胸の辺りがもやもやする。

 そうやって一人悩んでいると、陽菜が何やらピンときた顔をして、


「ゆーくん。もしかして…………嫉妬してる?」


「…………悪いかよ」


「ううん。悪くないっ!」


「わっ」


 陽菜がぴょん、と兎のように跳ね、俺の腕に抱き着いてきた。

 小柄な身体に発育の良く柔らかい胸が遠慮なく押し付けられる。腕を包み込むように柔らかさに頭がクラッとくるものの、陽菜の方は全く気にしていない。


「むしろ、嬉しいよ。うん。とっても嬉しい。顔がにこにこーってするし、心臓だってドキドキしてる」


「……束縛してるみたいとか、俺は思ったんだけど」


「ゆーくんにならいいよ。束縛されても」


「お前なぁ……実家から束縛されてたようなもんだろ。あんま軽率にそういうこと、とびきりカワイイ笑顔で言うな」


 ……俺だから、と考えてもいいのだろうか。でも一応、釘差しとかないと。


「ふふっ。とびきりカワイイ笑顔、って思ってくれてるんだ?」


「そこを誤魔化しても仕方がないだろ」


「そういうところは付き合う前から変わらないよね、ゆーくん」


 付き合う前から変わらない、か……。

 思えば陽菜がこんな話をしてくれるようになったのも、俺と付き合うようになってから。陽菜の学園での友達はそれなりに知ってはいるけれど、そんな知り合いがいるなんて知らなかった。


 まあ、今はSNSが普及している時代だ。そうでなくても知らない交友関係があることはおかしいことじゃないけれど……知らない陽菜の一面を見ているみたいで、新鮮かも。


「……………………ゆーくん。あのさ、私で本当によかった?」


「何がだ?」


「だから……その。私が、ゆーくんの彼女さんで本当によかったのかなって……」


 腕に抱きついていながらも、陽菜の声が少しばかり弱気になった。


「異能力者とかさ、そーいうの……危ない面がないとは言えないし。もしかしたら、ゆーくんが危険に巻き込まれるかもしれないし……その時はさ。ゆーくん、私のこと……」


「捨てていい、とか言い出したら怒るぞ」


「……ゆーくん、もしかして心が読めちゃったりする?」


「幼馴染、兼、恋人としての勘だ」


 そんな特別な力を使わなくても分かるに決まっているだろうに。

 ただ、陽菜の言うとしたことに少しばかりカチンと来てしまったのは間違いなくて。


「ひゃっ」


 不意を突くように、陽菜の小柄な身体を抱きしめていた。


「ゆ、ゆゆゆゆゆーくん!? 周りに……見られちゃうよ……?」


「今は誰も居ない。それとも、通行人に注目される未来でも視えてるのか?」


「……………………んーん。そんな未来は、視えない」


「だったら安心しろ」


 陽菜を抱きしめる。離さないように。離れないように。


「……お前が天堂家となんか色々あるのは、前からおじさんに聞いてた。陽菜がなんだろうと、日常に何が潜んでいようと関係ない。今更その程度のことでお前から離れると思うなよ。むしろ巻き込め。能力だとかそんなもん関係あるか。いくらでも守ってやる」


「――――っ……」


 陽菜が息をのんだ。気がする。そんな気配を感じただけ。

 けれど陽菜は俺の身体を抱きしめ返して。


「…………うん。傍に居てね、ゆーくん」


「当たり前だろ。どんなやつがきたって渡すかよ」


「じゃあ……約束してほしいな」


「いいぞ。指切りでもするか?」


「指切りじゃなくて……んと……」


 さっきまで俺の胸に埋めていた陽菜が顔を上げる。潤んだ瞳が訴えていることは、一目見れば十分だった。


「――――」


 その瞳に吸い込まれるようにして、互いの唇を重ね合う。

 時間帯的に恥じらいがあったのだろうか。時間にしては一瞬で済んだ。


「…………もう一回、していい?」


「別に一回じゃなくても、お前が満足するまでしていいぞ」


「…………だめ。あと一回。でないと、癖になっちゃうもん」


 それの何が悪いのか、とは敢えて言わなかった。




 …………恋人になったことで変わったことは、もう一つあった。


 ただの幼馴染とは、通学途中にこんなことはしない。




     ☆


「…………」


「…………」


 幸いというか、私が未来を視ていた以上は必然だったというか。

 朝の通学路に目撃者はいなかった。それでもあの後、私とゆーくんは逃げるようにその場から離れ、流れでなんとなく手も離してしまった。


 なんか、流れでキスをおねだりしちゃったけど……はしたない子って思われたらどーしよー!


 うぅ~……でも、あんなこと言われちゃったら仕方がないっていうか……。

 胸がきゅんってしちゃって、つい魔が差したっていうか……あ、でも私たちはもう恋人同士なんだし、別に問題ない! うん、そうだよ! 問題ないから、大丈夫っ! ……と、思うことでどうにか気持ちに折り合いをつけたいよね……。


「……ま、俺も大口叩いちまったからな。ちょっとは体でも鍛えるか」


「普段から鍛えてるでしょ?」


「そうだけどさ。荒事とかの危険性があるなら、もっと鍛えといて損はないだろ。また天堂家からの刺客、みたいなのが来るかもしれないし」


 なんだかこういう話をしてると、ラブコメっていうより現代異能バトルもの感がするよね。私としては、お断りなんだけど。


「あはは。そんなの来ちゃったら逃げた方がいいよ。天堂家の資格となるとかなり上位の能力者だろうし。戦ったりなんかしたら、タダじゃすまないからさ。あ、大丈夫だよ。その時は、ゆーくんと逃げるつもりだし。そもそも私の能力を駆使して事前に予知して……」


 …………あれ? ちょっと待って。


「ねぇ、ゆーくん。今……『また』って言った?」


「ん? ああ、言った」


「じゃあ、前にも天堂家からの刺客が来たことがあったの!?」


「あー……なんか、一時期な、そういうことがあったわ。天堂家から指示を受けたどうこうとか言ってたっけな、あいつ」


「ど、どうしたの? その、刺客は?」


「あいつ、『陽菜は天堂の家に戻った方が幸せ』だとか、『今の暮らしを選んだことが理解出来ない』とか、ついには『バカな女だ』とか言いやがったからさ。俺も冷静に話し合おうとはしたんだけど、あいつの方から妙な手品で襲い掛かってきたから、喧嘩になった」


「け、喧嘩? 手品って……」


「なんか見えない手で掴まれたような感じがしてさ。壁に叩きつけられたりするんだよ。たぶん、ワイヤーを使った手品だと思うんだけど。リアリティがあってさ。喧嘩の最中だっていうのにちょっと男の子心がくすぐられたね、あれは」


 知ってる。それ確か天堂家最強の能力者じゃん。

 たぶんワイヤーじゃなくて本当に空間を操ってゆーくんを叩きつけてたんだよ。


「あとめちゃくちゃ足が速いんだ。気が付くと一瞬で背後に回り込まれてるし」


 それたぶん瞬間移動だよ。


「電柱とか建物とか瓦礫とか、急に周りの物が浮かび上がるし」


 それたぶん念動力だよ。


「よく生きてられたね……」


「所詮は手品だからな。少し発勁で弾いてやればいいだけだ」


「発勁……」


「あの時は、モテるために習った古武術が役に立つとは思わなかったぜ……」


「モテるために習った古武術……」


「でも仲間を呼ばれた時はヤバかったな。流石にちょっと焦った」


「え、仲間?」


「ああ。ちょっとボコボコにしてやったら、今度は大量の手品仲間を連れてきてな。確か九十九人いたかな。特徴的な数字だったから覚えてる」


 天堂家の精鋭部隊だよそれ。


「火を出したり雷を出したり、あの時は大道芸人大集合って感じだったなぁ……最近の手品ってすげーよな。俺もモテるために練習したことはあるけど、流石に大量のモデルガンを空中に出す、なんてことは出来なかったから感心したよ」


 それたぶんモデルガンじゃなくて本物の銃だよ。


「あの時はおつかいがあって急いでたからな。気の流れを読んでまとめて吹き飛ばしたけど……今思えば、もう少しあの凄い手品について教えてもらえばよかったかも。おじさんに言えば、天堂家の手品師って紹介してもらえるのかな?」


「…………ちょっと無理じゃないかな」


「無理か……そうか、残念だ……でもまあ、そんな場合じゃないか。今度は手品師じゃなくて、本物の異能力者ってやつが襲ってくるかもしれないからな。俺も鍛え直さないと……!」


「…………いや。鍛え直さなくていいと思うよ」


 どうやら、現代異能バトルものは私の知らないところでとっくに終わっていたらしい。


「でも……そうだよね」


 何となく腑に落ちて、つい笑みが零れてしまう。


 天堂家最強の能力者とか、精鋭部隊とか。そんなのが勝てるわけがない。


 だって私でも……ゆーくんには勝てないんだもん。


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