ボーイとびんご 1

 落ちない。


 擦っても落ちない。


 舐めても落ちない。


 舐めて擦っても落ちない。


 ふざけんな。


 焙られるような怒りに、ボーイは頬を歪めて食いしばる。


 説明なしのいきなりの競技会場召喚、そこまではまだ許そう。


 一面が赤い色の岩肌、それも高所の岩山の上、乾いた空気、周囲も似たような岩肌ばかり、面白みのない風景、これも、まだいい。


 だが見回しながら感じた腕の違和感、袖を捲って、見て、察して、イラっとした。


 両腕、手首の内側、見慣れた皮膚に見慣れない文様、右手には升目に数字の羅列、そして左手には汚い字でのルール説明、住民破壊してビンゴしろと書かれてある。


 落書き、気が付かぬ間に書かれた文様、侮辱、いら立ちを感じながらもこれがルールかと落ち着いたふりをして、指で拭って、落書きでないとわかった。


 ……それでも、現実を否定するように擦り、舐めて、わざわざゴザまで出して、だけども決して落ちることはなかった。


 入れ墨、タトゥー、モンモン、インクを針とかで差し入れ後に残したやーつ、ボーイにはあまり縁のない文化ながらこれが決して落ちないものだとは知っていた。


 ふざけんな!


 溢れる怒りに何度目かの深呼吸、感情的になることが相手を喜ばせることと知ってなおの行動、だけども許せるものではない。


 殺す。


 絶対に殺す。


 半分殺してから苦しめて残りも殺す。


 心に誓い、やっと手首から離れて、競技に戻る。


 瞼の裏に焼き付いてしまった入れ墨には『住民の破壊』とあった。


 表現の差異はあるにしろ人殺しを前提とした協議は大いに結構、今は手首を忘れて楽しむとしよう。


 気持ちを切り替え行動開始、最初に行うのは、状況確認だった。


 ダン!


 赤い岩肌を踏みつけると同時に手の平に魔方陣、まるで広がる流血のように足の下に広がったのはの一種、絨毯だった。


 赤地に金の縁取り、そこに織り込まれているのはただの模様と呼ぶには複雑すぎて、美しすぎる図形、幾何学模様を反復して作られるアラベクスと呼ばれる文様だった。


 ただの敷物にするにはもったいない図形、壁に飾って絵画の代わりにしたい美しさ、だけどもボーイはそれを土足で踏みにじる。


 そしてそれに反旗を示すかのように絨毯が震え、そして浮かび上がった。


 魔法の絨毯である。


 意のままに飛び、持ち主を運ぶ、神話に等しい物語に出てくる伝説のアイテム、その価値を知らずか、あるいは知っての行動か、ボーイはこの絨毯をただの乗り物として利用し、空高くに浮かび上がった。


 ただでさえ高い高度、加えて絨毯には手すりもない。その上で直立の姿勢でバランスを保つボーイに恐怖は無い。


 ただその目を見開き、獲物を探すハゲワシの眼差しで地表を見下ろす。


 …………そうして見つけたのは、小さな村だった。


 遠くて小さいが間違いなく人工物の集まり、色合いから木造建築ばかりの古風な一軒家ばかりだが細かく動く影から人がいると見てとれる。


 獲物、破壊すべき住民たち、八つ当たりの対象、ぶっ殺す。


 乾燥した唇に舌なめずり、迷わずそちらへと飛んでいく。


 どう楽しむか、どう殺すか、あれやこれやと掻き立てられる想像、だけども近づくにつれ、それも霧散していく。


 悲鳴、それから喧騒、そして愚かにも絶対に聞き入れられることのない神へ救いを求める祈りの連鎖、経歴血まみれのボーイにとっては聞きなれたBGM、だが問題は、始める前に始まっているということだった。


 誰かが俺の楽しみを奪いやがった。


 微妙な八つ当たり、自己中心的な思考、それを客観視できないほどに、キレていた。


 殺す。


 全速前進、周囲の警戒などお構いなしに突っ込み到着したのは村の入口らしい木の枠の下、地面に降り立つと共にまたもいら立ち、ただ今度のは落胆も多分に含んでいた。


 木の枠、その柱、ロープで縛りつけられているのはまさしく西部劇に出てきそうな保安官シェリフ、その手足を捥がれた悲惨な、そして楽しいはずの姿、だけどもそこに流血は無く、破けた肌の下、むき出しになっているのは配線と金属だった。


 ロボット。


 魔法やら神やらに比べたらまだ現実的な存在、そして同時に入れ墨の文言、殺すではなく破壊出会った意味を察し、落胆する。


 ボーイは生き物を殺すのが好きだ。


 だからといって生き物に似た何かを壊すのが好きなわけではなかった。


 落胆、そこからの更なるいら立ち、最早怒りに達した感情、叫びたい衝動に駆られるところへ、さらに間が悪く声をかけられる。


「やぁ君! 凄いな! その敷物は通販で買ったのかい?」


 能天気とも言えるほどからりとした声、睨み殺すつもりでボーイが見た先、いたのは派手な髪色の男だった。


 その顔には酷い火傷とむかつく笑顔が同居し、着ているのは胸糞悪くなるような制服、絶対に仲良くなれないタイプの人種、だけどもボーイは、その手に巻きつかれたロープがこの保安官に巻き付かれているものと同じであると見てとった。


 つまり、こいつがやった。


 服装から同じ参加者、つまり敵だとは予測できるがそれ以上に、こいつが横取りの犯人であること、そして生きた人間であることの方が重要だった。


 いら立ちの中にうすら浮かぶ邪悪な欲望、そんなこと経験すらしたことなさそうな笑顔を向けて、派手な髪色の男はフレンドリーに話しかけてくる。


「自己紹介が遅れた! 俺の名前はファルコ! 訳あってここの住民を何人か破壊しなければならないんだ!」


 馬鹿正直に暑苦しく自白するファルコという男、頭は悪そう、ならば御するのは簡単だろう。


「じゃあ君の番だ! 名前は? 番号は? 参加者なのか?」


「応えるかよ」


 応えになってない答えを返しボーイ、ナイフを引き抜く。


 間合い、反応、獲物、観察、言葉になる前の一連の行動、それを遮る影がかかった。


 視界の端、見えたのは保安官が縛られている柱がゆっくりと倒れてくる光景だった。


 なんだよ!


 悪態、同時に回避のためのバックステップ、しかし踵が引っ掛かり重力が消える。


 感触は馴れたもの、敷きっぱなしだった絨毯、それに足を取られた。


 不運、嘆くよりも先に魔法、絨毯を浮かべて体を掬わせ回避に回る。


 成功、難なく柱の下より抜け出す。


 が、足は引っ掛かったまま絨毯が暴走する。


 不運、体がくるりと反転し頭上天頂より地面へ、がつりと着地しべちょりとうつ伏せ、倒れた。


 そうして晒す、みっともない格好、恥を晒した屈辱、取り返すべくガバリと上半身起こしたところに突風、柱が倒れて起きた鎌風が顔にかかり、同時にずきりと、右の眼球に痛み、ゴミが入った。


 不運、たかだかゴミが入っただけのこと、だけども涙は溢れ、痛みは耐えがたく、視野はぼやけて良く見えない。


 そんなボーイを見て、ファルコは不敵にからりと笑った。


「よかった。


 その言葉の意味をボーイはまだ理解できなかった。


 ただ、何かをされたことだけは直感で理解した。

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