マルガリータ・クロイツとまちがいさがし 3

 …………下品で下劣、そしていやらしい相手だとマリーは思い知らされた。


 互いに搭乗機を使用不能となってから、大通りを使って二つの街をぐるりと巡るまでの間、対戦相手はほとんど姿を現さない代わりに、嫌がらせとしか思えない攻撃を延々と続けてきた。


 ある時は背後から、ある時は先回りして、さらにある時は建物の上から、執拗に攻撃してきて、こちらの神経を削ってくる。


 建物の影から飛んでくる投石、ちゃんと狙ってはいないようだけど無視するわけにはいかず、いやでも集中せざるを得ない。


 そこに響く勘に障る笑い声、馬鹿にした、おちょくっている感情を雄弁に語りながらも反響から居場所がつかめない。


 かと思えばチラリと見せる姿、ピンク色の目立つ手足を、残像を見せて誘ってくる。


 初めこそ、やっきになってその後を追いかけてたけど、その先に待ち受けてるのがあの白く輝く赤い炎に塞がれた袋小路と学んで、それから無視することにした。


 そうした嫌がらせ、こちらに姿を見せず、近寄らせずにぴったりと続ける体力と執念深さ、そしてそこまで動きながら、まるで影のように引っ付いてきて剥がれない。


 そして行く先々でを残して行く。


 白い壁に硬いもので引っ掻くことで引かれた線、始めこそ判読不明な文字の羅列が並んでいたけれど、それが絵画になって、意味が知れた。


 子供の描いた落書き、だけどもマリーの身体的特徴を捉えて似てると言わしめる技量、その上で下種で下品な誇張を加えて、見るに耐えない卑猥な構図が出来上がっていた。


 テーマは侮辱、とても芸術とは言えない嫌がらせ、それでも街の景観を集め、間違いを探さなければならない。


 思い出を取るためのカメラに、こんなものを乗せるのは不愉快だけど、マリーは大人のすました顔でシャッターを切った。


 そこへ、飛来する投擲物、建物の影、放物線を描いて、だけど今回は命中コース、回避するには体勢悪く、仕方なくサイコキネシスで弾き飛ばした。


 ガン、と甲高い音、石ではない何か、落ちて止まって、それで初めてそれが、愛機であるエリュシオンの装甲の一部だとわかった。


 それを引きはがし、投げつけ、そして弾かせた、死体を冒涜するに近しい暴虐に、マリーのすました表情がピクリと反応した。


「ひひゃはははははははひひひはっははははははぁははは!!!!」


 そこへまた、勘に障る笑い声、これは挑発で、乗ってはならない、乗れば相手に調子づかせるだけだと頭ではわかってるマリーだったが、その装甲にもまたひっかき傷による落書きを見つけたら、抑えられなかった。


「出てきなさい卑怯者!」


 喉より裂かれたマリーの声は、自身の耳を指すほどに鋭く、感情に任せたヒステリックな叫び声だった。


「そんなに顔を見合わせて戦うのが怖いのですか! 私がそんなに恐ろしいのですか! それとも自慢の巨大ロボットが無ければ何もできない臆病者だと! あなたは自分で自分を宣伝してるのだと! あなたはわかっていないのですか!」


 それでも凛とした声、大人が子供をたしなめるような、品格を保っているのはあくまでマリーの人としての性質から、ただ単にもっと強い罵詈雑言を知らなかった、使ってこなかっただけで、その内心はボキャブラリーが尽きるまで怒鳴り続けたいと渇望していた。


「察すが雌犬! いい声で吠えるじゃあないですか!」


 そこへ初めての返事、言葉としては初めての侮辱、そして初めて真っ当に、建物の角より対戦相手がぬるりと現れた。


 その全身、ピンク色のぴっちりとしたスーツ、肌に直に張り付いているようで、その鍛えられた筋肉質のスタイルをそのまま、ひけらかして、ただ腰回りの破けたミニスカートが卑猥にはためいている。


 太い首の上に乗っている頭は丸いフルフェイスのメットで隠して、だけどバイザーの向こうに隠れている目は、いやらしい目つきだと感じられた。


 対戦相手、間違いなく変態の類だった。


「さてさて、決着をつける前に忘れてたこと、ぼくちゃんやさしーから、自己紹介しちゃうよん」


 ふざけた言葉遣いに合わせてそのぶ厚い胸筋をビクンビクン揺らす。


「ぼくちゃんのお名前はー、えっとねー、ケンヤ=ペトロリアムっていうんだよー。けどそのお胸に全部のえーよーもってかれちゃってる獣ちゃんにもわかる単語で言うとねー。ピンクマーガリンで通じるんじゃないかなー」


 間延びした馬鹿にした声、それでも自己紹介、されたならばされ返すのがマリーの知ってるマナーだ。


「マリーよ。正確にはマルガリータ・クロ」「興味ない」


 マリーの言葉をバッサリ切るケンヤ、いやこいつはピンクだ。


 そのピンク、首を傾けながらも胸筋をビクンビクン、それがマリーの揺らしてしまう胸と合わせていると気が付いて、慌てて両腕で胸元を隠す。


「おいおいまたセクハラか? そんな痴女丸出しでさそっといて、見たら視姦だの変態だの、女ってやつぁ、自意識過剰な上に裁判とか覚えちゃってほーんと、太刀が悪いのねー。あーやだやだ」


 コロコロと口調の変わるピンク、だけど一貫して女性を侮辱するスタンス、この男とは絶対に仲良くなれないとマリーは確信する。


 と、そのピンクがするりと、腰より拳銃を引き抜いた。


 角ばった形、見たことない形状、だけど間違いなく銃、抜き放たれて、マリーも遅れて拳銃を、リボルバーを構えて銃口を向ける。


 けれどピンク、恐れる様子もなしに抜き出した銃を頬り捨てると、今度はスイッチを取り出した。


「なーに勘違いしちゃってるのよ雌犬、いや女狐? それは誉め言葉? まぁ雌獣ちゃんよー。ぼくちゃんは決着を付けに来たんだよ? まちがいさがし。それも正々堂々、とね」


 いたずらっぽく小首を傾けるピンク、マリーの反応を待たずに大げさな動きでスイッチを押す。


「太陽が昇っている方角を北と呼称して、中央の一番北側の橋、南側の欄干、手すりの下の格子が西側の方が一本多い」


 これまでとは違った真面目な声色、そして空より降り注ぐスポットライトに、どこからか鳴り響くドラムロール、最初にピンクが応えた時と同じ、だけど今度は少しだけ長い時間を有した。


「正解です!」


 音声に、フルフェイスのメットの中でこのピンクが、歯を剥いて笑っているのがマリーには感じられた。


「言ったろ? 決着だって。ぼくちゃんはもう見つけたよ。最初と今のを入れて全部で六つ、全部じゃないけど、五つ正解でいいならこれでクリアできる。だから離れたところでこそこそやっても良かったんだけどさー。ほら、卑怯者っていわれちゃったからさー」


 馬鹿にした声、態度、腹立たしいピンク、だけど二問正解されたのは事実に、マリーの顔は赤くなる。


 邪魔されてる間に探されていた。その落ち度、いら立ち、そして屈辱を伴ったしてやられた感が、わなわなとマリーを震わせた。


「いっとくけどー、これはそっちも見てたんだよ?」


 そこへ逆なでするようにピンクが言う。


「この橋だって渡ってたし、その何て名前だっけ? 一口も食べてないのにすぐに捨てる食べ物の映像記録を取っておく装置、それにもちゃんととってあったよ? 見てなかったの? 何やってたの? 馬鹿なの?」


 苛立つ口調、それにマリーが言い返す前にピンクがまたスイッチを押す。


「北側から四つ目の通り、中央から離れて三つ目の建物、北側の窓が西側が若干大きい」


 スポットライト、ドラムロール、その中でピンクが回る。


「正確!」


 ピタリと止まってバレリーナのようにピンクはポーズをとる。


「どうしたの? もうボク三問正解。このままワンサイドゲームでもいいの?」


 腹立つ声、だけどその通りで、マリーは急いで撮りためた写真を表示して確認しだす。


 だけどそれらは時系列準、しかもどれも似通った白い建物、どれがどこのものか、一目見ただけですぐにわかるものではなかった。


 カチリとなった音はピンクのスイッチ、いつの間にか寝そべった姿勢から真上に伸ばした右手が押していた。


「左右の街で一番高いビルの一番上、西側は円柱だけど東側は真四角」


 スポットライトにドラムロール、慌てて見上げるマリーの目が、そのビルを見つけて、そしてそれが正解だとわかるまでの間、じっくりと照らし続け、鳴り響いていた。

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