マルガリータ・クロイツとまちがいさがし 2
……これまでの経緯から、見たことのない兵器が現れることは予測してはいた。
ただそれは、規格とかメーカーとかの話で、ここまで規模の異なる技術と出会うこと、マリーは予測できてなかった。
今、マリーが駆るエリュシオンは、通常の鋼鉄人形よりも大型の特別機だ。これと同サイズの人形は珍しく、これ以上ともなると、何かしらの専用機か、ただの見掛け倒しとなる。
そんな常識を覆す巨体が今、スタジアムの壁を乗り越えて大通りに足を踏み出した。
ズウン、と響く足音、この距離で明確にわかるほどはっきりと地面が陥没し、ひび割れている。
それだけの重量、それを動かす動力、そこまでして得られるメリットを、マリーは見いだせなかった。
少なくとも、軍事用の機械ではないだろう。見る限り銃砲の類は無く、センサーやレーダーも見当たらない。こうして動いているエリュシオンに対してあまりにも無防備だし、動くたびに建物にぶつかったりしているのを見れば、その程度のセンサーも積んでないとわかる。
デザインもそう、赤い頭、黒い体、緑の足に左手桃色で右手が、黄色? 塗分ける戦術の優位性も見られず、かといって特段かっこいいわけでもない。フォルムだって、無意味に四角く、アンバランス、案の定足の駆動範囲が狭くて、膝が腰まで上げられないように見える。
技術が低い、と切って捨てればそれまでだけども、その巨体と、だというのに軋みもせずにちゃんと動けていること、動かせるだけの動力とエネルギーを兼ね揃えていることから、油断ならないと判断した。
その上で、速やかに倒す必要があるとマリーは判断した。
これは間違い探し、別に相手を倒す必要はない。むしろ戦闘は避け、できるだけ問題である建物の構造などは保存し、情報収集に徹するのが基本に思えた。
けれども、相手の巨体はそんな細かなことができるようには思えない。
こうして見てる間にも、肩がぶつかりビルが崩れてる
ただ歩くだけで道が壊れる巨体には、この街は狭すぎるし脆すぎるようだった。
だから、速やかに倒す。
決めてからのマリーと、駆るエリュシオンは素早く、だけども静かだった。
相手の武装が何なのか、わからない内は静かに接近、周囲の情報を集めながら間合いに入ったらできるだけ鋭角な角度で霊力子ビーム砲を撃つ。相手よりも巨大な戦艦を破壊できる一撃ならばチリも残らないだろう。
絶対的な自信、だけどその前に、可能な限りのデータは集めておく。相手のエネルギー源が何なのかわからないため、爆発に巻き込まれる恐れがあったからだ。
静かに、慎重に、建物の影に隠れながら距離を詰めつつ、じれったいほど微弱なデータ収集を続けていた。
……元より『駆逐』を目的に作られたエリュシオン、逃げ隠れする相手へのセンサーは完備しているものの、偵察用の人形のような地形把握用のレーダーは最低限のものしかない。
その上で相手が壊した部分を取り除いての間違い探し、しかも地形は左右反転、そこまで高度な解析を行おうと思えば戦闘など二の次にしなくてはならない。
だから倒す、というのは合理的ではあるが卑怯と言われると困ってしまう。
あれこれ胸を揺らしながら葛藤しながら、気が付けばもう狙い討てる距離、位置取りもまっすぐな道路の真ん中に立っていて、今隠れている建物の角から飛び出せば正面に出てしまうが、そのまま平行に撃てば建物への被害は最小に抑えられるだろう。
なら仕掛ける。
決めたマリーはチャージを開始する。
威力はどの程度がいいか、最大までは必要ないかもしれない。けれども半端は良くないなと計算してる前で、巨体が動いた。
屈伸のように身を屈めると両手を伸ばし、足元の一軒家をそれぞれ掴んで引きはがすと立ち上がり、そして右手の家を握りつぶすや、雑に大空へと投げ撒いた。
これは流石に意図的な破壊、相手は勝負を捨てたのか、街を壊そうとしている。
なら、もう待てないと飛び出し照準を合わせるのと、画面が埋め尽くされるのとほぼ同時だった。
巨体、あんな図体なのに素早い動き、左手にも持っていた家の瓦礫を、投げつけてきていた。
それも真っすぐ、狙って出なければあり得ない軌道、つまりは見えていたということ、あの壊しながら動いていたのはワザとということだった。
油断ならないと思っておきながらのこの油断、胸を揺らしながらマリーは挽回すべく出力を上げてさらに加速、回避に飛び出る。
が、その軌道さえも読み切ったと言わんばかりに更に迫る影、黄色、右腕だった。
ロケットパンチ、人形に乗るものであれば一度は耳にし、そして初対面では絶対にしてはいけないと言われる、実現性は低いが根強いファンが必ずいる装備、ただしそのサイズは巨大で、拳一つでエリュシオンの胸一つ押しつぶせる体積、回避は無理、ならばできることは引き金を引くことだけだった。
ずびいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!
霊力子が空気を焼き、迫る拳に直撃する。
吹き飛ぶ指、溶解する腕、肘から先が捥げ、残る推進部分も押し負け光と共に相手巨体の本体へと直撃する。
急な射撃に間の障害物、狙ったほどの威力とはならなかったがそれでも、相手の巨体は胸の真ん中に赤く溶けた大穴、首がぼとりと落ちて、そのまま仰向けに倒れていく。
爆発は無し、ただ倒れた地響きに胸が揺れるだけ、そう思ってた矢先、警告アラームが鳴り響く。
項目は高熱、外部装甲が高熱にさらされているとの警告だった。
その熱量、地球の大気圏突入時に匹敵していた。
それだけの熱、どこから?
疑問、同時に画面が歪み始める。
否、カメラが歪みを捕らえていた。
吹き飛ばした腕、胸の穴、落ちた首、その断面より立ち昇るのは白く輝く赤い炎、矛盾した色合いの燃焼はマリーの知らない煌き、画面越しだというのにそれがただの炎ではないと直感した。
そしてその直感を裏付けるように、エリュシオンの手と足に、同じ炎がまとわりついていた。
振っても壁に押し付けても消えない炎、ナパームか、それに準じた現象、その高温が装甲を溶かし、骨格をきしませ、内臓コンピューターを疲弊させている。
たらりと流れる汗は冷や汗ではない。
このままでは蒸し焼き、ともなれば選択肢は一つしかなかった。
大急ぎでこれまで集めた情報を持ち込んでいた携帯端末に移す。
元よりエリュシオンには備え付けてなかった装備、ただ今回の温泉旅行で、思い出の写真を撮れるように借りていたカメラ付きの市販品、それに助けられるとは、持つべきものはバスガイドの友達ねと、帰ったらお礼言わなきゃと、考えてるうちにダウンロードが終わる。
即座にハッチを開くと、そこにはあの白く輝く赤い炎、焙り焼きから直火焼きに変わった高熱、それら一切をマリーはサイコキネシスで吹き飛ばし、同時に飛び出て地面に転がり着地する。
……後方で膝をつくエリュシオン、その前身は炎に包まれ幻想的に輝いて、だけどもそれは、これから消える前の輝きに他ならなかった。
すまない。
心の中で謝りながらマリーが立ち上がるのと、声が響くのとはほぼ同時だった。
「ひひゃはははははははひひひはっははははははぁははは!!!!」
下品で下種な笑い声は、間違いなく敵のものだった。
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